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16.雉猿狗の閃光

「──鬼蝶ォオオッッ──!!」


 羅刹般若に向けて畳を蹴り上げ、叫びながら跳躍した雉猿狗。己の命の維持に必要な最後の神力を振り絞って、赤い手甲をつけた右手に、黄金色に光り輝く"神雷珠"を作り出すと、羅刹般若の燃える左目に向けて力強く叩き込んだ。


「──それがいったい何になるってのよ……!! 獣女ァッッ──!!」


 雉猿狗のその攻撃に対して鬼蝶が叫びながら八本足をバタバタバタ──と蠢かして羅刹般若を我武者羅に突進させると、雉猿狗の体を般若顔と天守閣の壁との間に挟んで勢いよく押し潰した。


「──グッッ──!! 神術・神雷暴爆じんらいぼうばくッッ──!!」


 衝撃で壁に大きなヒビが入ったその瞬間、嗚咽を漏らしながら黄金の瞳で叫んだ雉猿狗。

 右手に握った"神雷珠"が炸裂して、黄金に極光する稲妻の爆発を般若の顔面で引き起こした。


「──ゴォオオオッッ……!!」


 左目に押し付けられた"神雷珠"の爆発をまともに食らった羅刹般若は、低い唸り声と共に口から炎を吐き出しながら、巨顔を支える力を失ってガクッ──と八本足を崩折れさせ、般若顔を畳の上にドスン──と落とした。

 それと同時に、般若顔の黄色い両眼から噴き出していた真っ赤な豪炎がピタリと収まって沈黙した。


「……雉猿狗ッッ──!!」

「桃姫、駄目だ……!!」


 己の命を削った雉猿狗の決死の一撃。その光景を目にした桃姫が叫び声を上げると、政宗は桃姫の体に腕を回して、桃姫が駆け出そうとするのを力付くで止めた。


「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……」


 羅刹般若が崩折れたことにより、壁との圧迫から逃れることができた雉猿狗は、壁に背中を預けるようにして何とかして立っていた。

 しかし、苦悶の表情で顔面蒼白となりながら、掠れた吐息で荒い呼吸を繰り返した雉猿狗。命の輝きを失いつつある〈三つ巴の摩訶魂〉が浮かぶ自身の胸を左手で抑えながら、黄金の波紋が完全に消え失せた翡翠色の瞳をか細く細めた。


「──……うーん、雉猿狗。やっぱりあなたって……弱いわ……──」


 鬼蝶は羅刹般若の後頭部で冷たくそう告げる。そして、般若顔の黄色い両眼に再びボウッと豪炎を灯して噴き出させると、巨顔を支える八本足に力が込められてググッ──と立ち上がった。

 雉猿狗は眼の前で立ち上がった巨大な般若の顔面、その口から噴き漏れる熱風を全身に浴びながら観念したように静かに目を閉じた。


「──……違うわね……私が強くなりすぎたんだわ……──」


 命を維持する神力すらも使い果たした雉猿狗に対して、鬼蝶は"羅"の文字が赤く輝く瞳で桃姫の姿を見ながら告げた。


「──……雉猿狗、私の"力"の一部にお成りなさい……──」


 力なく目を閉じて沈黙した雉猿狗に告げた鬼蝶。羅刹般若が人の手に似た前足の一本を持ち上げると、黒い爪が伸びる指で、雉猿狗の体を掴んで軽々と持ち上げる。


「……あ、ああっっ──!!」


 羅刹般若の"焼却炉"のように轟々と火炎を燃やした大口がグバッ──と開かれると、鬼蝶が何をしようとしているのか察した桃姫が声にならない声を上げた。

 雉猿狗の体がその"焼却炉"の中に押し入れられようとしたその瞬間──翡翠色の瞳を薄く開き、口元を動かして、声にならない"祈り"の声を発した。


 ──桃姫様……生きてくださいませ──。


「──雉猿狗。さようなら──♪」


 絶句する桃姫の顔を見つめながら、陰惨な笑みを浮かべた鬼蝶が告げると、羅刹般若の大口がバクンッ──と音を立てながら勢いよく閉じられ、牙が伸びる口の端から真っ赤な火炎が盛大にブホッ──と漏れ出た。


「ッ──!! ──雉猿狗ォォオオオッッ──!!」

「──サイッコオオオオオオオオオオオッッ──!!」


 桃姫の絶叫を耳にしながら、恍惚の笑みを浮かべ、両手を広げて絶叫した鬼蝶。その瞬間、"羅"の文字が光り輝く両眼から猛烈な豪炎が天井に向かって噴き出される。

 それと同時に、羅刹般若の両眼からも赤い炎が噴き上がり、その光景を目にした政宗は、今すぐに天守閣から脱出しなければならないと直感した。


「──桃姫、ごろはちッッ──!! 脱出するぞ──!!」


 叫んだ政宗は、破壊されたふすまの先、階下に繫がる階段を見たが、暴れた羅刹般若によって潰されていて階段として機能していない。

 次いで政宗は、夜空が広がる崩れた外壁を見て唸るように声を上げた。


「……南無三ッッ──!! 俺の体にしっかり、掴まれ──ッ!!」


 右腕に桃姫、左腕に五郎八姫を抱えた政宗は覚悟を決めて吼えるように叫ぶと、崩れた外壁に向かって全力で駆け出し、二人を抱えた状態で夜空目掛けて跳躍し、仙台城の天守閣から飛び出した。


「──ヴァオオオッッアアアアアアアアッッ──!!」


 鬼蝶の両眼、羅刹般若の両眼──そしてその全身各所から壮絶な火柱を噴き上げながら地獄の咆哮を放った八本足の"異形"の鬼。

 次の瞬間──地鳴りのような凄まじい轟音と共に豪炎の渦が天守閣の大広間に巻き起こり、気を失いそうになるほどの熱風を背中に浴びながら、桃姫と五郎八姫を両腕に抱えた政宗は、火炎で照らされて赤く染まった仙台の夜空を飛ぶ。


「……うぉぉおおおっっ──!!」


 政宗は独眼を大きく広げながら叫び声を上げ、天守閣の下の階の屋根瓦の上に落ちると、そこから滑り落ちて、更に下の階の屋根瓦にぶち当たった。

 そして更に下の階の屋根瓦に背中から衝突して滑り落ち、そして上に向かって高速で流れていく石垣を尻目に見ながら、桃姫と五郎八姫を強く抱きしめ──背中から地面に激突した。


「がっ、ふッッ──!!」


 独眼が飛び出でんばかりの激痛にうめき声を上げた政宗。両腕に抱かれた桃姫と五郎八姫は、天守閣から落下した衝撃のそのすべてを政宗の体が受け止めたことによって奇跡的に無傷であった。


「ッ──父上っ! 父上殿ッ──!!」


 五郎八姫はすぐさま政宗の腕の中から起き上がると、地面に仰向けに倒れる政宗の肩をゆすりながら叫んだ。


「う、動かすな、ごろはち──内臓が、だいぶん、やられておるのだ……げほッ──」


 苦悶の表情で告げた政宗は、口から真っ赤な鮮血を吐き出した。


「──…………」


 一方、雉猿狗が羅刹般若に"喰われる"光景が脳裏に焼き付いた桃姫は、政宗の腕から静かに離れてその場に座り込むと放心状態となった。


「──医者っ……すぐに医者を呼んでくるでござる……!!」


 政宗の容体が想像以上に悪いのを見て取り、気が動転した五郎八姫がそう声を上げて立ち上がろうとすると、咄嗟に政宗がその腕を掴んで引き止めた。


「待て、ごろはち……俺の体のことは俺が一番よくわかっておる──こいつは、医者を呼んで助かるような……状態では、ない……ごほッ──」

「……っ」


 身悶えるような激痛に耐えながらそう告げた政宗は、赤黒い血の塊を口内から吐き出すと、無惨にも赤々と燃え上がる仙台城の天守閣を見上げた。


「……ああ、仙台城──ごろはち、お前がほしいと言った天守閣が燃えてしまった……ああ、ちくしょう……」


 政宗は独眼から一筋の涙を流すと、眼帯も濡らした。そして、地面にしゃがみこんで放心状態になっている桃姫の姿を見やって、口を開いた。


「……桃姫、ごろはち……逃げろ──雉猿狗殿の言葉を忘れるな。お前たちを生かすために雉猿狗殿は犠牲になったのだぞ──」

「……雉猿狗……」


 桃姫は光が失われた暗い濃桃色の瞳で呟くと、政宗は五郎八姫の顔を見て告げた。


「……ごろはち、お前がやるのだ。お前が、桃姫をここから連れ出すのだ……桃姫は鬼退治の希望だ──お前にも、それがわかるであろう」

「……う、ううっ……でも父上……父上を置いては行けないでござる……」


 掠れた声で告げる政宗の言葉を聞いた五郎八姫は、涙を流しながら声を震わせた。桃姫は茫然自失とし、五郎八姫は涙を流す。

 死期が迫っていることを強く感じ取った政宗は、そんな二人の動き出そうとしない状態を見て、思わず天を仰いだ。

 そして、その仰ぎ見た先──豪炎を噴き漏らす天守閣の内部から、巨大な般若顔の蜘蛛が夜空に向かって勢いよく飛び出すのを見るのであった。

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