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11.ドーマン・セーマン・鬼封じ

 一方その頃──玉座の間に戻った巌鬼は、黒岩で造られた玉座に腰かけていた。


「……俺はいったい、桃姫に何を期待している……俺は本物の鬼だ。鬼として生まれ、鬼として生きる、ただそれだけだ……なのに、くだらぬ泣き言を駄弁ってしまった」


 桃姫に弱音を吐いたことを後悔しながら顔を伏せた巌鬼は、玉座の左右に伸びる肘置きを強く握りしめて、爪痕を刻み込んだ。


「この迷いを断ち切るためには……この手で、桃姫を殺すしかないか」


 決意を固めて声を発すると、チリンという金輪の音が鳴り響いて巌鬼は顔を上げた。


「かかか。そうじゃ、温羅坊。おぬしは根っからの悪鬼よ──天地がひっくり返ろうとも、鬼の宿命からは逃げられんわいの」


 闇の中から満面の笑みを浮かべた役小角が出てくると、その後ろから道満と晴明も現れた。


「……なぜここにいる……仙台城はどうした」

「それはこちらの台詞です。あなたこそ、なぜこんな所にいるのです?」

「貴様が桃太郎の娘を拐って来たのを、俺は見たぞ」


 晴明と道満が立て続けに言うと、巌鬼は牙を剥き出して吼えるように答えた。


「それがどうしたというのだッ! まだ許してはおらんぞッ! 鬼の体を隠れミノに使った外道どもがッ!」

「……っ!」


 鬼ヶ島首領の咆哮をまともに食らった道満と晴明は、鼓膜と心臓を激しく揺さぶられるほどの圧巻の鬼迫に思わず後ずさった。

 そんな弟子たちとは異なって眉一つ動かさない役小角は、変わらずの笑みを浮かべながら巌鬼に一歩、近づいた。


「妻に娶ろうとしていたのであろう?」

「ッ……!?」

「しかし温羅坊、それは土台無理な話じゃよ。誰が鬼の妻になんぞなりたがるものか。かかか。ほんに、哀れな鬼ですわいのう」

「黙れッ……黙れェッ!」


 漆黒の眼を細めながら笑う役小角に黄色い眼を見開いて激昂した巌鬼。肘置きを両手で握り砕いて破壊し、勢いよく玉座から立ち上がったその瞬間。


「桃太郎に鬼退治させたのは──このわしじゃよ」


 役小角に飛びつこうとした巌鬼の巨体が凍りついたように硬直すると、道満と晴明がにんまりとした笑みを浮かべた。


「……なにを言ってやがる……クソジジイ」

「御大様。どこまでも勘の鈍い鬼ですな、こいつは」

「かかか。いうでない、道満」


 笑った役小角は〈黄金の錫杖〉の金輪をチリンと鳴らしながら高下駄を持ち上げ、さらに一歩巌鬼のもとへと歩み寄った。


「よく聞け、温羅坊。わしが師匠となり、桃太郎を育て上げたのだ。仏刀を授け、三獣を与え、鬼ヶ島の悪鬼どもを退治させた──すべてが、わしの采配じゃ」

「……ならばなぜ貴様は……今ッ……この鬼ヶ島にいるのだッ……!?」


 鬼の心を動揺させながら訴えるように吼えた巌鬼。役小角は満面の笑みを崩さず、後方に並び立つ陰陽師もまた、薄笑いを顔に浮かべた。


「俺とともに鬼ヶ島で暮らし……ともに悪行をして来たではないかッ……!? あの日々は、いったい、なんだったのだッ……!?」

「かかか。あんなものは悪行のうちには含まれん──本当の悪行は、今日より始まるのだ」


 深淵の闇を覗かせた炯眼で役小角が告げると、道満と晴明が駆け出して左右にザッと立ち並んだ。


「わからん、まるでわからん……鬼を殺しておきながら、鬼を助けるなど……おかしい……完全に、おかしい」


 巌鬼は役小角を見下ろしながら怯えの声を漏らした。かねてから素性の知れない老人だと思ってはいたが、事ここに至り、底知れぬ恐ろしさが侵食するように這い上がってきた。


「なぜだッ!? なぜあの日、赤児の俺を助けたッ!? 答えろッ! 小角ッ!」


 悲痛な叫びを発した巌鬼。母鬼を喰らおうとした自分を制し、鬼蝶を教育係として与え、日ノ本を地獄へと変えることに全面協力してくれた唯一の人間。

 経歴不詳で常に笑みを浮かべている薄気味の悪い老人であったがそれでもしかし、命の恩人であり、確かに育ての親だったのだ。


「……貴様、いったい……何者だ……」

「世の中、知らんほうがよいこともあるでな──温羅坊」


 玉座の背もたれまで後ずさった巌鬼が震える声で尋ねると、役小角は得も言われぬ不気味な威圧感を発しながら答えた。

 その瞬間──巌鬼の全身の筋肉がグワッと盛り上がり、黄眼を憤怒で真っ赤に染め上げると、玉座の間が揺れるほどの強烈な咆哮を放った。


「──鬼の敵がッ!! 俺の名前を気安く呼ぶなァッ!!」


 体中の血管をふくらませ、壮絶な雄叫びを吼え放った巌鬼。鬼の手を大きく広げながら役小角めがけて勢いよく飛びかかった。


「やれ」


 満面の笑みを浮かべた役小角が小さく呟くと、道満と晴明が両手で素早く印を結びながら、続けざまに声を張り上げた。


「──ドォーマンッ!」

「──セェーマンッ!」


 そして役小角が、右手に持つ〈黄金の錫杖〉を迫りくる巌鬼の巨体に向けて掲げると、左手に力を込めながら片合掌した。


「──鬼封じィイイッ!」


 甲高い声を発した役小角。眼前まで迫った巌鬼の足元に紫光する五芒星の陣が浮かび上がるやいなや、描かれた五つの梵字から太い鎖が伸び上がった。

 役小角の顔面に鬼の爪が触れる寸前、巌鬼の両腕と両脚、大きく開かれた牙の伸びる口に巻きついて瞬く間に縛り付けた。


「ぬッ!? ぐガァッ!」


 紫光する陰陽の鎖に絡め取られ、身動きを封じられた巌鬼は、赤眼をひん剥きながらよだれを垂らして激しいうなり声を発した。


「暴れるな悪鬼め! 我ら陰陽師が、これまで何百の鬼を封じてきたと思うておるのだ!」

「しかし、これはなかなか……ふふっ、御大様。立派に育て上げましたねぇ!」


 目を見張った道満と晴明が両手で印を結びながら互いに得意とする法力と呪力を五芒星の陣に向けて注ぎ込み、巌鬼を拘束する強靭な光鎖を練り上げ続けた。


「そうであろう、そうであろう。丹精込めて育て上げたこの温羅巌鬼こそが、千年大空華の総仕上げには必要不可欠ですわいの! くかかかッ!」

「グらァアアッ──!」


 高笑いする役小角の声を耳にした巌鬼は、キツく締め上げられた状態でさらにもがき暴れた。紫光する五本の鎖がギチギチと音を立て、五芒星の陣から引きちぎれそうになる。


「こいつ、三人がかりの鬼封じを耐えるか!」


 巌鬼の怪力に慄いた道満は、両手で結ぶ印に力を込めて、さらなる法力を五芒星の陣に向けて送り込んだ。


「道満、晴明、決して手を抜くでないぞ! 万が一この鎖が弾け飛べば、わしらは残らず温羅坊に喰い殺されるでなァッ! かかかァッ!」

「御意に! オン・ソラソバッ!」

「御意に! オン・デイバヤッ!」


 師匠の呼びかけに呼応した弟子。道満は法力を、晴明は呪力を、役小角はその両者を注ぎ込み、陰陽術の集大成として、三人がかりの鬼封じを実行する。


「ガァアアッ……!」


 印相が極まり、極光の色を放ちだした光鎖がさらに強く締め上げられた瞬間、巌鬼は鎖を噛み締めた口を開きながら力ない声を漏らした。

 裏切りの憤怒に燃えていた赤眼をグルンと上に向けた巌鬼は、倒れ込むようにして、漆黒の玉座にドカッと座り込んだ。


「でかしたぞ、おぬしら」


 満足気に呟いた役小角が懐から黒い球体を取り出すと、気を失った巌鬼に向けて放った。黒い球体はふわふわと巌鬼に向かって漂い、頭上でピタリと止まる。


「──ノウボウ・アキャシャ・キャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ」


 〈黄金の錫杖〉を左右に揺らして鳴らしながら、虚空蔵菩薩のマントラを唱えた役小角。黒い球体がグルングルンと回転し始めると、ズズズと巌鬼の巨体が吸い上げられていく。


「お見事でございます。御大様」

「御大様特製の〈鬼捕珠〉、千年ぶりにお目にかかれましたな」


 晴明と道満が嬉々とした声を上げながらその様子を見届けると、巌鬼の体が〈鬼捕珠〉にすべて吸い込まれ、ふわふわと役小角の手元に戻った。


「満開の大空華を咲かせるには、これ以上ないほど質のよい"鬼贄"が手に入りましたわいの」


 巌鬼を捕えた〈鬼補珠〉を愛おしそうに撫でながら告げた役小角は、白装束の懐へと大事に仕舞った。


「ふたりとも、鬼から出たばかりというに御苦労であったのう。しばし、休むがよろしい」

「御意に」


 ねぎらう役小角に道満と晴明が拱手で応じると、玉座の間から歩き去っていく。残された役小角は目を細めると、城主不在となった黒岩の玉座を見やった。


「温羅坊。おぬしと過ごした日々は、確かによい暇つぶしになったよ。かかか──はてさて……桃の娘は、どうしたものかのう」


 呟きながら身を翻した役小角は、〈黄金の錫杖〉で黒い床をつき、チリンチリンと金輪を鳴らしながら玉座の間を後にするのであった。

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