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9.マムシのむすめ

「伊達男などと……! 俺の家臣団を焼き殺しておいて、馴れ馴れしく呼ぶな……鬼女ッ!」


 政宗は声を荒げると、鬼蝶はやれやれと首を横に振ってから口を開いた。


「私のこと覚えてないわけ……? 安土城で信長様に謁見したときに、会ったじゃないの──」


 鬼蝶の言葉を聞いた政宗の脳裏に一気に記憶が蘇った。

 20年以上前──政宗が伊達家当主を継いだばかりの頃、安土城まで足を運び、織田信長に謁見した。

 織田家という弱小勢力に生まれながら、一代で天下人となった信長の迫力に圧倒されながらも──その隣に座る、見目麗しい女性の存在に視線を奪われた。信長の正妻──彼女の名は、帰蝶。


「……帰蝶殿、なのか──?」


 政宗は愕然として声に漏らした。鬼と成り果てた鬼蝶は、あの頃には絶対に浮かべなかったであろう陰惨な笑みを浮かべた。


「御名答──久しぶりね、伊達男さん……あはははははッ!!」

「……なぜだ……なぜ、鬼になんぞ堕ちたッ!! 帰蝶殿、なぜッ!?」


 政宗が訴えるように告げた言葉は今の鬼蝶にとっては何の意味も成さない言葉であった。


「真の絶望を味わったことのないあなたには到底理解し得ない領域よ……鬼に成り果ててでも生きようとする、この私の気持ちはね」

「おい鬼蝶。昔話しているところ悪いが、俺は桃姫を連れて鬼ヶ島に戻るぞ」


 鬼蝶と政宗の会話をさえぎった巌鬼は低い声を発すると、桃姫に向かってドス、ドスと歩き出した。


「──さぁ来い、桃姫。俺と鬼ヶ島に来るのだ」

「ッ……ふざけるな、巌鬼ッ!」


 近づきながら告げる巌鬼に対して、〈桃源郷〉と〈桃月〉を両手に握りしめた桃姫は拒絶の声を発した。


「私が鬼ヶ島に行くわけないでしょッ!? 父上を殺した鬼なんかとッ!!」

「拒否は受けつけん。貴様は俺と来るのだ」

「──行かないって言ってるッ!!」


 体勢を低くした桃姫は妖々剣術の構えを取り、畳を蹴り上げて巌鬼に向かって跳躍した。


「──ならば痛いぞッ!!」


 巌鬼は吼えながら、背中に担いだ大太刀〈黑鵬〉を桃姫に向かって右手で振り下ろした。

 その瞬間、桃姫は残影を残しながら横っ飛びして巌鬼の斬撃を回避した。


「──ほう、速いな……!」


 桃姫の成長に目を見張った巌鬼が感心したように声を発すると、桃姫は息もつかせぬ速さで畳を力強く蹴り上げた。

 宙空で二振りの仏刀を重ねた桃姫が裂帛の声を上げる。


「──ヤェエエエエエッ!!」


 巌鬼の左胸目掛けて突き出された桃姫渾身の一撃──しかし、巌鬼はその巨体に見合わない素早さで瞬時に身を伏せた。

 桃姫の両手が突き伸ばした桃銀色の二重の刃が巌鬼の白い髪を切り裂きながら空を切った。


「──ッ!?」

「鍛えていたのは俺も同じだ──」


 身をかがめた巌鬼は宙空を舞う桃姫の体を見上げながら告げた。

 左手で鬼の拳を固く握りしめ、白い軽鎧をまとった桃姫の胴体目掛けて高速で打ち込んだ。


「グ、っハッ──!!」


 桃姫は濃桃色の瞳を大きく見開き、激しい嗚咽を漏らした。そして〈桃源郷〉と〈桃月〉を手放すと、グルンと白目を向いた。

 力が抜けた桃姫の体が畳に落下しようとすると、すかさず巌鬼の左手がすくいあげ、その体を抱き上げる。


「──桃姫様ッ!!」

「あなたの相手は私でしょ、雉猿狗ッ──!!」


 雉猿狗が桃姫に向けて叫ぶと、笑みを浮かべた鬼蝶が雉猿狗に向けて両眼から熱線を放った。


「くッ──!!」


 雉猿狗はすんでのところで熱線をかわすが、そのときには巌鬼に担がれた桃姫が天守閣の崩れた外壁から立ち去ろうとしていた。


「鬼蝶、あとは貴様の好きにしろ──ふンぬッ!!」


 〈黑鵬〉を背中に戻し、桃姫を左手で肩に担いだ巌鬼は、かけ声を発しながら五階建ての仙台城の天守閣から飛び降りた。


「……桃姫様を鬼ヶ島に連れ去り、どうなさるつもりですか」


 雉猿狗が大広間に残された鬼蝶を睨みながら言うと、鬼蝶は鼻で笑ってから口を開いた。


「そんなの私が知るわけないでしょ。とにかく巌ちゃんは桃姫ちゃんのことが気になるみたいでね──ここに来るときも"殺すな"って私に言ってきたんだから……あれは──恋ね」

「……ッ」


 鬼蝶の言葉を聞いた雉猿狗は、ふるえる両手に握り拳を作った。


「それより雉猿狗、本当に残念だわ。あの日、私の誘いに乗って鬼ヶ島にきていたら、きっと私たち、"仲良く"できたはずなのにねェ」

「こんな状況で、質の悪い冗談を言わないでください……桃姫様と私が鬼に降るなんて選択、取るわけないと知っているでしょうに」


 雉猿狗は怒りの感情を顕わにすると、翡翠色の瞳に宿る黄金の波紋を拡大させ、両手の拳にバチバチと黄金の神雷をまとわせた。


「ふーん、そう。じゃあ、もう後腐れなく殺しちゃってもいいってことね?」


 鬼蝶が赤い唇を裂いて陰惨な笑みを浮かべると、雉猿狗の両隣に政宗と五郎八姫が移動して、刀の切っ先を鬼蝶に向けて構えた。


「ふふ……ただの人間に、いったい何ができるっていうのかしら」


 鬼蝶は政宗と五郎八姫の顔を見ながらあざ笑うと、両眼の業炎を噴き上げ、燃えるアゲハ蝶を出現させて体にまとわせた。


「──今回は手加減なし……最初から本気で行くわよ。覚悟なさい──」


 炎の渦を描いて舞い飛ぶアゲハ蝶を指先で愛でながら低い声で告げた鬼蝶。


「父上……!」

「臆するな、ごろはち。臆すれば、負けるぞ」


 五郎八姫がふるえる声を漏らすと、政宗は独眼で鬼蝶を睨みつけた。


「──マムシのむすめ・鬼蝶……いざ、参る──」


 静かな声で告げた鬼蝶が、体にまとわせた燃えるアゲハ蝶を両手に移動させると、一振りの炎の薙刀〈蝮揚羽〉を形成し、両手で握りしめる。


「……大変なことになった」


 "独眼の龍と梵天丸"が描かれた屏風の裏に身を隠していた夜狐禅は小さく呟いた。

 妖術で気配を消しながら鬼蝶の背後を走り抜けると、崩壊した外壁から屋根瓦の上に飛び降りる。

 そして夜風を浴びながら外で待機していた浮き木綿を呼び寄せ、その背中に飛び乗った。


「桃姫様をお助ください、頭目様……!」


 紫色の瞳を見開いて声を上げた夜狐禅は、奥州の森にあるぬらりひょんの館に向けて、全速力で浮き木綿を飛ばすのであった。

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