7.元服の儀
一方その頃──奥州伊達領の仙台城天守閣では、17歳になった桃姫と五郎八姫の元服の儀が執り行われていた。
「ごろはち、我が娘ながら立派に育ったな。誇らしいぞ、俺は」
「桃姫様、私はこの日が来るのをずっと夢見ておりました」
政宗は茶褐色の独眼を、雉猿狗は翡翠色の瞳をうるませ、華々しく成長したふたりの女武者を見つめた。
「その鎧、おふたりとも、とてもよくお似合いですよ」
桃姫と五郎八姫の凛々しい姿を見つめながら雉猿狗が感嘆の声で告げた。ふたりは政宗が特注で作らせた軽鎧を身にまとっていた。
桃姫は、かつて桃太郎が鬼退治で身につけていた鎧を模した白の軽鎧、五郎八姫は政宗の鎧に似てはいるが、動きやすさを重視した黒の軽鎧であった。
「こんな立派な鎧がいただけるなんて……政宗公、本当にありがとうございます」
桃姫が政宗に頭を下げて感謝の言葉を述べると、隣に立つ五郎八姫がニヤリとした笑みを浮かべながら口を開いた。
「もも、伊達の鎧を身にまとったからには、もう立派な伊達の女武者でござる。戦場に出ることになっても文句は言えないでござるよ」
五郎八姫のいたずらっぽい言葉に、桃姫は明るい笑みを浮かべながら答えた。
「覚悟はできてるよ。この1年、いろはちゃんと仙台城で訓練した日々……私は伊達の女武者なんだってこと、しっかりと理解できた」
桃姫の真剣な表情を見た政宗が苦笑して言った。
「桃姫、ごろはちの冗談を真に受けるでない……お前を無理に戦場に引きずり出すようなことはせん。桃姫が戦うべき相手は鬼だ。人斬りなんぞやらせたら、俺が鬼になってしまう……なぁ雉猿狗殿?」
政宗の言葉を聞いた雉猿狗はうやうやしく頭を下げて政宗に感謝の意を示した。
「ありがとうございます、政宗公。おっしゃる通り、桃姫様が斬る相手は人ではございませぬ」
雉猿狗はそう言って太陽のほほ笑みを桃姫に向けた。桃姫が静かに頷いたそのとき、天守閣の大窓から青い目をしたハヤブサが飛び込んできた。
「おお、梵天丸! どうした、お前も祝いにきたのか?」
政宗が言いながら伸ばした右腕に、梵天丸と呼ばれたハヤブサが止まると、鋭い眼光で大窓の外を睨みながら"キィ"と鳴いた。
「……ん?」
政宗が大窓の前に移動して広瀬川を望む外の景色を見ると、遠くの青空に浮き木綿が見えた。その背には夜狐禅が乗っている。
「夜狐禅くん!?」
政宗の背後から外の景色をのぞき見た桃姫が驚きの声を発した。政宗は浮き木綿と夜狐禅を天守閣の中に招き入れた。
「失礼いたします、政宗公」
室内に入ってきた浮き木綿から飛び降りた夜狐禅は政宗にお辞儀をした。
「お久しぶりです。桃姫様、雉猿狗様」
あまり表情の起伏がない夜狐禅であったが、わずかに口元を緩めながらそう言うと桃姫は久しぶりの再会に嬉しそうに頷いて返した。
「何用だ? 伊達の居城に妖怪がやって来るとは、ただ事ではあるまい」
語気を強めた政宗が夜狐禅を問い詰めるように言うと、雉猿狗がその間に割って入った。
「申し訳ございません、政宗公。私がぬらりひょんの館に手紙を届けるよう梵天丸様にお願いをしたのです」
雉猿狗が言うと、政宗は眉をひそめた。
「夜狐禅様、お持ちいただけましたか?」
「はい」
夜狐禅は着物の胸元から黄金の額当てを取り出した。
「……っ!」
桃姫は息を呑み、夜狐禅が差し出した額当てを受け取った。
父の額当てだとひと目でわかった桃姫は、そっと触って確認してから雉猿狗を見た。
「その額当ては、あの祭りの夜に御館様が身につけておられた物。私が三獣の祠に納めておきましたが、立派に成長された桃姫様にこそ相応しいと考え、夜狐禅様にお願いしたのです」
「そうだったんだ……」
雉猿狗の言葉を聞いた桃姫は、今は亡き桃太郎が愛用していた黄金の額当てを握りしめながら声を漏らした。
そんな桃姫の顔を見た夜狐禅は、紫色の瞳を細めながら静かに口を開いた。
「奥州から備前まで遠い道のりでしたが、雉猿狗様の手紙を読み、これは桃姫様が身につけるべきだと思いました。それで館を飛び出してきたのです」
「ぬらりひょんさんには怒られなかった?」
「"すぐに行って来い"の一言でした……だから、僕に見せてください──桃姫様が、桃太郎の額当てをつけた御姿を」
夜狐禅の言葉に桃姫は深く頷き、父の形見である黄金の額当てを額に巻いた。きつく結ぶその手に、決意が宿っていた。
「……桃姫様ッ!」
「おお……!」
そのあまりにも美しく凛々しい姿を目にした雉猿狗と政宗が思わず感激の声を漏らす。
「もも、かっこよすぎるでござる!」
五郎八姫が興奮して声を上げ、夜狐禅も静かに頷いた。
「ありがとう、雉猿狗。ありがとう、夜狐禅くん。この額当てを通して、父上の想いが伝わってきたよ」
桃姫の言葉で天守閣は温かい空気に包まれた。そのとき、突然ふすまの向こうから大声が響いた。
「殿! 一大事にございます!」
声のあとにふすまが開かれると、正座した家臣団が政宗に向けて一斉に頭を下げていた。
「ええい、元服の儀を執り行っている最中だぞ! 手早く申せ!」
元服の儀の興を削がれた政宗が苛立ちながら声を発すると、家臣のひとりが額から汗を吹き出しながら口を開いた。
「はっ! 京の伏見城より急報が。太閤殿下がお亡くなりになられました!」
「なに!? それは誠か!?」
「はっ! 相違ございませぬ!」
報告を聞き受けた政宗は独眼を見開き、熱い息を吐きながら大窓へと歩み寄った。
「……日ノ本の歴史が、大きく動き出す」
政宗は青々とした蒼天を独眼で睨みつけ、不敵な笑みを浮かべた。
「……我ら伊達も、動く時がきたのだ」
力強く告げた政宗。伊達軍を率いる大将としてのその背中を、桃姫と雉猿狗、夜狐禅が緊張の面持ちで見つめる中、五郎八姫だけは父と同じ不敵な笑みを浮かべていた。
豊臣の世が終わり、新たな時代の幕が上がる期待感に胸をふくらませた五郎八姫は、父親ゆずりの茶褐色の瞳に熱を込めるのであった。