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6.力の道満・技の晴明

 鬼ノ城の地下、役小角の赤い部屋にて──千年前の古い記憶から役小角は意識を戻した。


「────!! ────ッッ────!!」

「──なにを騒いでおるか、"師匠"……"大空華"、おぬしが咲かしてみせよと申したのだぞ。かかか……!」


 長い白髪を頭の天辺で結った役小角は、年老いた顔に満面の笑みを浮かべながらそう告げると、一言主を封じる自身のへその下、丹田を撫でた。


「──そして、わしは見事に見つけたのだ……千年前のあの日、蝦夷の死地にて──のう、悪路王よ」


 机の上に置かれた小さな祭壇には、赤い紐で結ばれた一房の白い頭髪──悪路王の髪の毛が置かれていた。


「──さぁ、空虚で退屈なこの世に、"大空華"を咲かせようではないか……わしの千年の片想い、悪路王の"大空華"をのう──くかかかかかかッッ──!!」


 役小角の笑い声は閉じられた赤い扉の外で待つ前鬼と後鬼の耳にも届いた。

 そんな二体の大鬼が主人の帰りを大人しく待っていると、ギィ──と音を立てながら赤い扉が開かれて、役小角が顔を覗かせた。


「──……中に入るがよろしい」


 "千年善行"によって顔面に貼り付いて剥がれない満面の笑みを見せつけながら、特徴的なしゃがれ声を発した役小角。

 前鬼と後鬼は互いに顔を見合わせて、赤と緑の呪符越しに困惑の表情を浮かべた。

 赤い扉の先、役小角の部屋には決して"立ち入ってはならない"──そのように主人の役小角によって"しつけ"られている二体の大鬼である。


「──何をしとるか……はよう入れ」

「……グググ」

「……グガァ」


 役小角は吐き捨てるように言うと、前鬼と後鬼は低い唸り声を発しながら怖ず怖ずと歩き出し、役小角が待つ赤い部屋へと足を踏み入れた。

 赤い部屋の中央には口にした人間を鬼人に転化させる役小角お手製の鬼薬が詰まった赤い大瓶が鎮座し、その前に〈黄金の錫杖〉を突いた役小角が笑みを浮かべながら立っていた。


「──前鬼、後鬼……おぬしらを折伏して、使役したのは千年前──夏の生駒山であったな……覚えておるか?」

「……グガガガ」

「……ググガァ」


 役小角の言葉に牙をのばした口から声にならない声を上げて返す前鬼と後鬼、役小角はそんな二体の大鬼を漆黒の眼を細めて見つめながら告げた。


「──言葉にならずともわかるぞ。その顔に貼り付けられた忌々しい呪符を剥がして欲しいのであろう? ──だが、それはならん。剥がせばその瞬間、"鬼封じの法"が解かれ、おぬしらはわしの四肢を引きちぎり、むさぼり喰らうのじゃからな。かかか……!」


 役小角の言葉を聞きながら、前鬼と後鬼の黒い鬼の爪が生えた手がわなわなと動いた。


「おお……怒うとる怒うとる……かかか! ──そうよなぁ、千年の間、わしの小間使いとして使役されて、悔しいよなぁ、憎いよなぁ──して、今日でその苦役を終わりにしてやろうと思うたのじゃよ──」

「──ガァッ!」

「──グガガッ、ガッ!」


 役小角の言葉を聞き受けた前鬼と後鬼は、呪符の裏に隠された黄色い鬼の目を大きく見開くと、大口を開いて、牙の隙間から赤い床によだれを垂らしながら歓喜するように吼えた。


「そうだ。もっと喜べ──千年の悪夢が終わるのだ──今、目覚めさせてやろう──オンッッ──!!」


 役小角は〈黄金の錫杖〉を宙空に浮かべると、両手で印を結びながら虚空蔵菩薩のマントラを詠唱した。


「──ノウボウ──アキャシャキャラバヤ──オンアリキャ──マリボリ──ソワカ──」


 役小角のマントラによって、前鬼の顔を覆った赤の呪符と後鬼の緑の呪符とがそれぞれ淡い光りを放って輝き出し、それと同時に二体の灰色肌の大鬼は猛烈に苦しみ始めた。


「──アッガガァアア──!! ガギャアアッッ──!!」

「──グギャギャアアッ──!! グガアアアッッ──!!」


 二体の大鬼は、体内を駆け巡るあまりの激痛に赤い床に両膝をつくと、自身の分厚い胸板を鬼の爪で激しくかきむしりながら赤い天井に向かって黄色い鬼の目をひん剥いて吼えた。


「この世で味わう最後の苦しみだわいの……惜しみなく、存分に楽しむがよろしい──くかかかかかッッ!!」


 愉快そうに笑う役小角の言葉など耳に入らないほどの苦痛を受けた前鬼と後鬼の口が突如として大きく開かれると、その喉奥から"人の手"が二本、ヌッ──と這い伸びてきた。


「──おお、おおッ……! 出てきよったぞッ──かかかッ……!」


 その光景を目にして嬉々とした顔つきで声を発した役小角。二体の大鬼の口内から伸びたそれぞれの"人の手"は、大鬼の上顎と下顎を掴むと、一気に引き裂くようにして大鬼の口をガバッ──とこじあけた。


「──ガッガッ……! アッガァ……!」

「──グガッ……! ガッ……ガァ……!」


 断末魔の声を漏らした前鬼と後鬼は、黄色い瞳孔をグルンと上向かせて絶命し、持ち上げていた両腕を降ろした。すると、その大鬼の体内から、陰陽師の道着をまとった男が二人、ぬるりとすべりだすように"生まれ"いでた。

 二人の陰陽師は前鬼と後鬼が顔に貼り付けていた赤の呪符と緑の呪符をそのまま自身の顔に貼り付けた状態で顕れると、抜け殻のようになった大鬼の体を脱ぎ捨てながら直立し、待ち構えていた役小角に対して、左手のひらに右手の拳を押し当てる"拱手"をしながらほほ笑みを浮かべた。


「──おひさしゅうございます。御大様おんたいさま──」

「──御大様おんたいさま、千年ぶりにございますな──」


 緑の呪符を顔に貼りつけた黒髪長髪、色白細身の陰陽師の男と、赤の呪符を顔に貼りつけた大柄で筋骨隆々、坊主頭の陰陽師の男とがうやうやしく役小角に挨拶をする。


「……晴明、道満──久しいのう……」


 役小角が満面の笑みを浮かべながら頷いて答えて返したこの二人の男は、千年前の日ノ本で活躍した伝説的な陰陽師──安倍晴明あべのせいめい芦屋道満あしやどうまん、その人であった。


「かかか……どうであった。前鬼と後鬼の中での暮らしは──?」


 役小角が笑いながらたずねると、晴明と道満は互いに顔を見合わせて苦笑した。


「──不思議な心地でございました。生きているような死んでいるような……」

「──御大様は、一言主を腹の中に取り入れて千年の時を生きることができる……しかし我らは生きられぬ──そのための苦肉の策だったとはいえ……鬼の"入れ物"の中で千年の時を過ごすというのは、決してよいものではありませぬ」


 晴明と道満の言葉を聞き受けた役小角は、宙に浮かぶ〈黄金の錫杖〉を掴み取って握ると口を開いた。


「かかか。すまなかったのう……とはいえ、すべてはおぬしらも夢見た"千年大空華"を完遂するため──千年の眠りからおぬしらを呼び覚ました意味が、わかるな──?」

「──"近い"……のでございますね」


 役小角の言葉を耳にした晴明が緑の呪符をつけた顔から覗く紫色の唇をにんまりと歪ませながら言った。


「まさしく──千年に及んだ儀式もいよいよ大詰め……わしらの夢を日ノ本に花ひらかせる瞬間が近づいておるのだ──我が弟子、"力の道満"、"技の晴明"よ──おぬしらの助力、しかと借り受けるぞッ──!!」

「──御意にッッ──!!」

「──御意にッッ──!!」


 師匠である役小角の呼びかけに対して、"拱手"しながら力強く呼応した晴明と道満。そんな二人の陰陽師の足元には、千年にわたって肉体を縛り付けていた呪符が失われ、息絶えた前鬼と後鬼の亡骸が倒れ伏していた。


「──時は来たッッ──!! ──これよりッッ──!! ──"千年悪行"をッッ──!! ──執り行ァァァァアアアうッッ──!!」


 深遠なる大宇宙をその両眼に宿した役小角は、〈黄金の錫杖〉を高く掲げると、声高らかに"千年悪行"の開始を宣言をした。

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