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40.女武者・桃姫

 伊達家の居城である仙台城にて、雄大な広瀬川を望む天守閣に招かれた桃姫と雉猿狗。

 正座しながら改めて自己紹介をすると、雉猿狗が花咲村を立ってからこれまでの経緯を政宗と五郎八姫に話した。


「なるほど、そのような旅路が……だとしても、ぬらりひょんの館に逃げ込むとは、やや危険な選択ではないかな。なぁ、ごろはちよ?」

「ごほん……拙者の名は五郎八姫。"いろは"と、気軽にそう呼んで欲しいでござるよ、"もも"──この仙台城、ももと雉猿狗殿の新しい我が家として使ってほしいでござる」


 あぐらをかいて座る当主政宗の隣で同じくあぐらをかいて座った五郎八姫が、快活な笑みを浮かべながら桃姫と雉猿狗に告げた。


「……いろはちゃん……私たち、本当に仙台城で暮らしていいの……?」


 対面して座った桃姫が五郎八姫に尋ねると、五郎八姫は当然だというように大きく頷いてみせた。


「行く当てのない私どもにとっては、願ってもないことでございますが……政宗公もいろは様と同じ意見でございますか?」


 桃姫の隣に座った雉猿狗が政宗に尋ねると、政宗はちらりと五郎八姫の横顔を見た後に口を開いた。


「俺はごろはちを次期当主にしようと考えている。まだ20年は俺が伊達家を率いようとは思うが、ごろはちほど伊達家の跡継ぎに相応しい者はおらん……つまり、ごろはちの意見は俺の意見と受け取ってもらってよい」


 政宗はそう言い切った後に立ち上がり、天守閣の開かれた大窓へと移動した。そしてキラキラと水面を光らせながら流れる広瀬川と仙台城下町の景色を独眼で眺めながら口を開く。


「雉猿狗殿の言葉が本当だとすれば、桃姫を他の場所に預けるのは危険だ。この仙台城は青葉山の上に建つ堅固な山城。鬼どもが攻め込むことは到底不可能──鬼に追われる桃太郎の娘が暮らすには、これ以上ない最善の場所ではないか?」


 そう言って振り返った政宗がニヤリと口の端を上げながら穏やかな笑みを浮かべると、桃姫と雉猿狗は安堵した気持ちになり、互いに顔を見合わせて頷いた。

 そのとき、襖の向こう側から女性の声が聞こえた。


「失礼いたします、殿。お食事のご用意が整いました」

「うむ……持って参れ」

「はい、ただいま」


 政宗が返事をすると、食事が盛られた食器が並ぶお盆を抱えた侍女たちが天守閣の大広間に入ってきて食事の準備を整えた。


「さぁ、メシにしようか」


 笑みを浮かべた政宗が五郎八姫と桃姫、雉猿狗に言うと、四人分の食事が並べられた天守閣で四人は食事を始めた。


「この仙台城の天守閣……俺は要らないと言ったんだが、幼いごろはちが何としてでも欲しいと申してな。今となってはこうして絶景が見られるのだから設けてよかったと思っておるのだ──がっはっはっは」

「父上殿、昼間から酒を飲むのはやめるでござるよ」


 焼き鯛を箸で摘みながら酒を飲む政宗に対して、五郎八姫が眉根を寄せながら苦言を呈した。


「何を言っとるか、ごろはち。酒を飲まない戦国大名が日ノ本のどこにいるかよ!」

「飲むなとは言ってないでござる。昼間から飲むなと言ってるのでござるよ……」

「女々しいことを言うな、ごろはち。ああ、おまえが男児であれば、どれだけ話が早かったことか」


 政宗は五郎八姫に愚痴るように言うと、食事する桃姫と雉猿狗を見ながら口を開いた。


「なぁ、聞いてくれ……俺は亡き妻との間に男児が産まれてくると確信しておった。だから、五郎八ごろはちとあらかじめ名前を決めておいたのだ」


 政宗の言葉を聞いた桃姫と雉猿狗は苦笑いを浮かべ、五郎八姫は盛大にため息をついた。


「ところがどうした! ないではないか! 肝心の"モノ"がないではないか! 足の裏を探した、尻の穴を探した、へその中と耳の中と鼻の中も探した! ないないない、どこにもないではないか……! まあ、口の奥には一本ちっこいのがあったけどな──がはははははははっ!!」

「……父上殿ッ!」


 政宗は大笑いしながら、酒を注いだおちょこをグイッとあおり飲むと、五郎八姫は赤らめた顔でぴしゃりと声を発した。


「まあ、そんなわけで"ごろはち"と名付けるはずだった息子はいなくなり、"ごろはち"という名の娘が生まれたわけだ」

「……"いろは"でござる」

「俺は"ごろはち"と呼ぶ。誰が何と言おうとお前は"ごろはち"だ──現にお前は、伊達の侍たちに憧れて侍口調で喋っておるではないか。そんな喋り方の女は他に見たことがないぞ」

「それとこれとは話が別でござる……! はぁ、もう好きに呼べばいいでござるよ」


これまでも父・政宗と数々の言い合いをしてきたのだろう五郎八姫は、諦めるようにそう言うと食事に集中した。


「……政宗公。豪快な御人ですね」

「……うん」


 雉猿狗と桃姫はそんな独特な父娘のやり取りを見ながら微笑み合った。

 そして食事を終えた四人は、仙台城を出ると本丸御殿に面した砂利が敷かれた中庭に出た。そこで、五郎八姫は木刀を手に取ると、桃姫に手渡す。


「もも、先程の雉猿狗殿の話によれば、ぬらりひょんの館にて相当の研鑽を積んだとのことでござるな」

「うん……妖々剣術のことだね」


 桃姫は受け取った木刀を握りしめ、五郎八姫の黒い瞳を見た。


「一つ、手合わせ願うでござる。拙者も剣の腕には覚えがあるでござるからな」


 政宗にも似たニヤリとした笑みを浮かべながらそう告げた五郎八姫は、二本の木刀を両手に携えて構えた。


「伊達の剣術は二刀流でござる」

「奇遇だね、いろはちゃん」


 桃姫は五郎八姫にそう言って微笑むと、立てかけられていた木刀をもう一本手に取って、両手に一本ずつ握りしめた。


「──妖々剣術も二刀流なんだよ」

「……これは楽しみでござるな」


 濃桃色の瞳に熱を込めて腰を落とした低い体勢で二刀流の構えを取った桃姫に対して、胸を張った高い体勢で二刀流の構えを取った五郎八姫が笑みを浮かべる。

 本丸御殿の縁側には、並んでその様子を見守る政宗と雉猿狗の姿があった。


「……ごろはちは、14で戦場に立ち、15で人を斬った──伊達領のすべての道場で免許皆伝を得ている本物の女武者だ」


 腕を組んだ政宗が自慢げに言うと、雉猿狗が静かに笑みを浮かべて口を開いた。


「……桃姫様は、14で鬼を斬り、15で妖々剣術を会得しました──女武者、桃姫として堂々たる経歴かと」


 雉猿狗も負けじと桃姫の自慢をする。


「ふっ──ならば、見てみよう。同い年、16同士の若き女武者がぶつかるとどうなるのか」

「ええ……見てみましょう」


 政宗と雉猿狗は互いに育て上げた自慢の娘同士を、並々ならぬ熱量を込めて見守った。


「──行くよッ! いろはちゃんッ!!」

「──あいッ! ももッ!!」


 仙台城を見上げる本丸御殿の中庭の砂を蹴り上げ、勢いよく跳躍した若き女武者・桃姫と若き女武者・五郎八姫が今、ぶつかり合うのであった。


 天照の桃姫様 第二幕 斬心 -完-


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