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33.免許皆伝

「──鵺狒々! 爪を振り回し、噛みつくだけ! それで終わりでござるか!? 芸がないでござるな……!!」


 妖々剣術の軽快な動きで翻弄するように鵺狒々の攻撃をかわし続ける妖々魔が声を上げると、不意に鵺狒々は夜空を睨んで獣の咆哮を張り上げた。


「──バジャォオオウ!! 妖術・爆裂轟雷ばくれつごうらいッ!!」


 鵺狒々は虎の毛並みをした全身に電撃を走らせると、上空の雨雲から一本の稲妻を妖々魔に向けて落とした。


「……ぬっ!? 妖術を扱えたでござるか……!?」


 意表を突かれた妖々魔は両手の妖刀を左右交差させて稲妻に向け、この雷撃は受け止めざるを得ないと覚悟を決めた。


「──神術・不破雷導ふわらいどうッ!!」


 その時、宣言するように響いた雉猿狗の声。上空の別の雨雲から斜めに黄金色の稲妻が走り、妖々魔に向かって落ちる稲妻にぶつかって合流すると、その軌道を変えて鵺狒々の長い尻尾を目掛けて落雷した。


「ガバァァッ!? オレ様の稲妻がッ!? 横取りされたッ!?」


 鵺狒々の黒い鱗の生えた長い尻尾に黄金の稲妻が直撃して大蛇が絶命すると、鵺狒々が驚愕の事態に吼えるように叫んだ。


「"稲妻"を扱えるのは、あなただけではございませんよ」


 両目を黄金色に染め上げ、バチバチと光り輝く雷光をその身に帯電させた雉猿狗がほほ笑みながら告げた。


「──妖々剣術、奥義ッ!!」


 間髪入れずに、鵺狒々の背後から桃姫の声が響く。いつの間にか、桃姫は廃寺の倒れた柱を伝って屋根の上に登っていた。

 〈桃源郷〉と〈桃月〉を両手に構えた桃姫は、全身から白銀色の"闘気"を発して刃に纏わせると、廃寺の屋根から勢いよく跳躍し、鵺狒々の頭上を取った。


「──妖心斬ッ!!」

「ッ……!! おごッ……!! おぐォオオッ!!」


 桃姫が両手に構えた二振りの仏刀で八の字に頭の天辺から足の先まで斬り落とされた鵺狒々。両手を上げたまま為す術なく絶叫すると、赤い瞳をぐるりと上に向けた。


「──こいつは……治せね」


 そして観念したように断末魔の声を上げた鵺狒々は、巨大なその体を三枚に斬り分けられた状態でドサリと石畳の上に背中から倒れ込んだ。


「見事でござる、桃姫殿!」

「……師匠ッ!」


 妖々魔が声を上げると、桃姫は鵺狒々の亡骸を飛び越えて妖々魔の元へ駆け寄った。


「桃姫殿の妖心斬、見事でござった!」

「師匠のおかげです……! 師匠のおかげで、私は強くなれました……!」


 師匠・妖々魔と弟子・桃姫が互いにその労をねぎらっている中、かすかに動き出した鵺狒々の異変に雉猿狗だけが気づいた。


「……ッ」

「バジャジャ……!」


 寸断された鵺狒々の左半身が動き、拳をぐっと握りしめると、真ん中の口が声を上げ、右半身の瞳がぎろりと桃姫の背中を睨んだ。


「──神術・爆裂轟雷ッ!!」


 瞳を黄金に発光させながら、天に向けて宣言した雉猿狗──人差し指を雨雲に向けて突き上げると、勢いよく振り下ろして鵺狒々の崩れ落ちた体に向けた。

 その瞬間、雨雲から発せられた黄金の稲妻の太い一筋が、鵺狒々の三枚おろしにされた体目掛けて降り注いだ。


「……オレ様の、わざ……盗るんじゃ……ねェ……」


 稲妻の直撃を受けた鵺狒々の右半身が燃え上がりながら、恨めしそうに声を絞り出す。そして鵺狒々の体は轟々と燃え盛る業火に包まれた。


「……雉猿狗!?」

「雉猿狗殿!!」

「──大丈夫です。もう終わりました」


 桃姫と妖々魔が雉猿狗と、その背後で燃え盛る鵺狒々の姿を見て声をかけると、翡翠色の瞳に戻った雉猿狗は太陽のような微笑みで二人に答えた。

 こうして鵺狒々退治を見事に成し遂げた三人が大浮き木綿に乗ってぬらりひょんの館に帰還すると、留守番をしていた夜狐禅が今にも泣き出しそうな顔で三人の無事の帰りを喜ぶのであった。

 それから一ヶ月後、〈桃源郷〉と〈桃月〉の二刀流となった桃姫は妖々魔とさらなる妖々剣術の研鑽に励み、妖々魔でさえも到達し得ない高みにまで桃姫は達していた。


「──桃姫殿、それがしを戦場で討ち取った若き女武者の話……覚えているでござるか……?」


 鍛錬の終わりに、妖々魔は庭園にて桃姫に語りかけた。


「はい。伊達の女武者……ですね」

「いかにも。して、それがしは思うのでござる。近いうちに、あの女武者とそなたが相対する日がくるやもしれぬと……いや、日夜強くなっていくそなたの姿を見ていると、不思議とそのような予感がするのでござるよ」


 妖々魔はそう告げると、面頬の隙間から覗く青い眼を穏やかに光らせた。


「桃姫殿、その折にはぜひ、妖々剣術をそやつに思い知らせてやってほしいでござる」

「はい……! 妖々剣術の実力、必ず証明してみせます!」


 桃姫が笑みを浮かべて力強く答えると、妖々魔が群青色の兜を下げて深く頷いた。

 すると、廊下で鍛錬の様子を見守っていた夜狐禅が夜空を見上げて声を上げる。


「あっ……頭目様!」


 中庭に向かって降りてくる三枚繋ぎの大浮き木綿がすうっと高度を下げて降りてくると、ぬらりひょんが軽やかに飛び降りて黒杖を上げた。


「ご苦労──浮き木綿、解散」


 大浮き木綿はぬらりひょんの号令を受けてバラバラに分かれると、それぞれ三枚の浮き木綿になってふわふわと中庭を舞っていった。


「頭目様、おかえりなさいませ!」

「うむ。どうじゃ、わしの留守の間、何も問題はなかったじゃろ?」


 夜狐禅がぬらりひょんの帰還を歓迎すると、ぬらりひょんは飄々とした顔でそう問いかける。

 その言葉を聞いた夜狐禅と桃姫が目を合わせ、互いに苦笑を浮かべた。その様子を見ていた妖々魔がぬらりひょんに声をかけた。


「ぬらりひょん殿。それがし、本日をもって館を発とうと思うでござる」

「……えっ」


 妖々魔の言葉を聞いて驚きの声を上げたのは桃姫であった。


「実は、それがしはぬらりひょん殿の帰りを待っていたのでござる……なにせ、桃姫殿に教えることはもうないでござるからな」

「……師匠」

「桃姫殿、そなたが気づいているかどうかは別として、そなたはとうにそれがしの強さを凌駕しているでござるよ」


 妖々魔はそう告げると、自身の武者鎧の胸元に付けられた赤い飾り紐をスッと抜き取って、桃姫に差し出した。


「我が弟子、桃姫殿。そなたの免許皆伝を今ここに認める──妖々剣術の使い手として、これからも精進されよ」

「ッ……はい、師匠!」


 桃姫は妖々魔から受け取った赤い飾り紐を見つめると、自身の長くなった桃色の髪を飾り紐で束ねて結んだ。


「そして、ぬらりひょん殿。約束通り、妖刀を一振り置いていくでござる」


 妖々魔は大中小の妖刀のうち、大刀である妖刀〈夜桜〉を黒鞘ごと腰帯から外してぬらりひょんの前に差し出した。


「よいのか? 〈夜桜〉はおぬしの妖刀の中で一番の業物じゃぞ」


 〈夜桜〉を受け取ったぬらりひょんは、ずしりと来る重量と妖刀ゆえの禍々しさをその手に感じながら言葉を発した。


「それがし、妖々剣術を桃姫殿に伝授し終えて、肩の荷が下りた心持ちでござる。それがしが妖怪でなく亡霊であったならば、今この瞬間に成仏して跡形もなく消え去っていたところでござろうな。はっはっは」


 妖々魔はそう言って笑うと、ぬらりひょんに背を向けた。


「そんな軽やかな気分となったそれがしには、その大業物である〈夜桜〉を持ち続けるのは荷が重いでござる。ゆえにこの館に置いていくことにしたでござるよ……ああ、身が軽い軽い」


 そう告げて中庭を去ろうとする妖々魔の背中に、夜狐禅が駆け寄って声をかけた。


「妖々魔様の入館をさせていただいた僕が、退館のお手伝いもさせていただきます」

「かたじけない、夜狐禅殿」

「それで、妖々魔様……館を離れた後は、どちらに向かわれるおつもりですか?」

「そうでござるな……では、蝦夷地へでも参ろうか。猫丸殿が向かった北の大地……ぬらりひょん殿が頭の上がらぬと言うほどの偉大なる妖怪女王・カパトトノマト殿にも一目お会いしたい所存でござる」


 妖々魔と夜狐禅が話しながら中庭を去っていくと、遠ざかる妖々魔の背中に向かって桃姫が大声を上げた。


「──師匠! また必ずお会いしましょう! お世話になりました!」


 弟子の声に妖々魔は背を向けたまま手甲を振って応え、夜狐禅に連れられてぬらりひょんの館から退館していくのであった。

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