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32.妖心斬

「うるせェッ! 新参の下級妖怪ごときが、この鵺狒々様に指図するんじゃあねぇッ!」


 ただでさえ赤い顔を激昂でさらに真っ赤に染め上げた鵺狒々が、長い両腕を振り上げて妖々魔に襲いかかる。


「ちょうど刀が欲しかったところだッ! テメェのその妖刀、オレ様の得物にしてやらァッ!」

「……師匠!」


 両腕を夜空に掲げて立ち上がった鵺狒々の巨体と比べて、あまりにも小さな妖々魔の背中を見つめ、桃姫が悲鳴のような声を上げた。


「……桃姫殿、しかと見届けるでござるよ」


 妖々魔は咆哮する鵺狒々に一切動じることなく、静かに声を発しながら両手に構えた二振りの妖刀に妖力を込めていく。


「──妖々剣術、奥義──」


 妖々魔は赤い眼をスッと面頬の影の中に隠すと、迫りくる鵺狒々に向けて宣言するように告げた。


「──妖心斬ッ!!」


 妖々魔の両手から放たれた閃光の如き妖力を込めた至高の一撃が、X字の軌道を描きながら交差するように斬り上げられる。襲いかかる鵺狒々の両腕が、天高く舞い上がった。


「──バジャァァアアッ!?」


 一瞬にして両腕を失った鵺狒々が、困惑の奇声を張り上げる。ドサッドサッと肩から切断された長い両腕が中庭に落下すると、鵺狒々は赤い瞳を見開いて絶叫した。


「オレ様の腕がァッ!? せっかくつなげた腕が……!? ホァアアッ!!」


 鵺狒々は切断された右腕を口にくわえ、左腕を左足の指で掴みながら、妖々魔を睨みつけてうなるような声を発した。


「テメェの面、覚えたからなッ!! テメェの面!! この目に焼きつけたぞォッ!!」

「──妖々魔にて候」


 激怒する鵺狒々を振り返り、妖々魔が静かに名乗りを上げる。


「許さねェッ!! 絶対許さねェ!! 妖々魔ァアアッ!!」


 血走った目で咆哮した鵺狒々は、夜空に向けて高く跳躍し、館の屋根に着地してからさらに森の中へと跳び去り、その姿を闇夜に消した。


「うむ……なかなかにしぶとい猿殿でござるな」


 鵺狒々が消えた夜空を見上げながら赤から青に眼を戻した妖々魔が呟くと、桃姫と雉猿狗が駆け寄ってきた。


「師匠!」

「桃姫殿」

「あれが、妖々剣術の奥義なのですね!」


 桃姫が目を輝かせながら感嘆の声を上げると、腹部を手で押さえた夜狐禅がゆっくりと歩み寄ってきた。


「夜狐禅くん、大丈夫!?」

「はい……ですが、手傷を負った鵺狒々は非常に危険です……近いうちに必ず館に戻ってきます──それも、もっと凶暴になって」


 夜狐禅の言葉を聞いた妖々魔は、しばし沈黙してから青い眼を明滅させながら口を開いた。


「……夜狐禅殿。猿殿が向かった先に心当たりはあるでござろうか?」


 妖々魔の問いかけに思案していた夜狐禅が、一つの場所を思い出して答える。


「"西の廃寺"……かつて頭目様が鵺狒々を封印した洞窟がある、西の廃寺に逃げ込んだ可能性があります。あの場所は封印される前から鵺狒々の根城でした……」

「ふむ……腕を繋ぎ直される前に、すぐに向かうべきでござろうな」


 妖々魔がそう言って中庭から立ち去ろうとすると、その背中に夜狐禅が声をかけた。


「お待ちください……浮き木綿様、集合!」


 手を上げた夜狐禅の呼びかけに応じて、三枚の浮き木綿が集まってきて合体し、一枚の大浮き木綿となる。


「こちらに乗って向かわれれば早いです。浮き木綿様なら西の廃寺の場所もよく知っていますから」

「うむ、かたじけない」


 夜狐禅の提案を受けた妖々魔は軽やかに浮き木綿の背に飛び乗ると、両手の手甲で宙に浮かぶ木綿布の端を掴んだ。


「待ってください、師匠! 私も鵺狒々退治に同行させてください!」

「雉猿狗もお供いたします!」


 それを見た桃姫と雉猿狗が声を上げ、大浮き木綿の空いている場所に飛び乗って座り込んだ。

 三人を乗せた三枚繋ぎの浮き木綿は見た目に窮屈そうになったが、それでも浮遊しているのは妖々魔自身が宙に浮いていることも関係していた。


「夜狐禅くん、行ってくるね……! もう変なのがやってこないように、館の結界しっかり張ってね!」

「はい……手負いの鵺狒々は非常に危険です、どうかお気をつけて……!」


 三人を乗せた浮き木綿は空高く舞い上がると、西の廃寺に向かって滑るように夜空を飛翔していく。


「うわぁ! 初めて浮き木綿さんに乗ったけど……飛んでる、飛んでるよ雉猿狗!」

「はい。私の"雉の部分"が久方ぶりの飛翔を喜んでおります」

「はっはっは。陽気で結構なことでござる、お二方」


 夜空から眼下に広がる奥州の森の景色を見て歓声を上げる桃姫と雉猿狗に、先頭で大浮き木綿の端を手綱のように握った妖々魔が声を発した。

 そしてあっという間に西の廃寺が見えてくると、浮き木綿は高度を落とし、三人を境内に降ろした。


「おるのでござろう、猿殿……出て参れ」


 かつては立派な佇まいを誇っていただろうが、今では雨風にさらされ朽ち果てた廃寺に向かって、妖々魔が二振りの妖刀を構えながら声を張り上げる。

 その両隣に桃姫と雉猿狗が立ち、それぞれ〈桃月〉と〈桃源郷〉を構えた。


「……はェえよ……くるのが……はェえよ……」


 廃寺の奥から、低く這いずるような野太い声が三人の耳に届く。


「夜討ち朝駆けが兵法の基本にて候……いかがでござるか、腕の調子は?」

「──バジャァアッ!!」


 妖々魔がからかうように廃寺に向けて声をかけると、内部から咆哮とともに巨大な岩石が投げつけられ、三人は咄嗟に身をかわした。

 投げつけられた岩は妖々魔がいた地点に激突し、石畳に深い亀裂を刻み込む。


「……ああ、一度治すコツを掴んだからな……まだ完治はしてねぇが、つながってはいるぜ……」


 廃寺の奥の闇から猿の赤い瞳が光り、ヌボォと鵺狒々がその巨体を現した。


「……油断してたんだよ、オレ様は……ぬらりが不在の館に、まさかテメェみたいな"手練れ"がいるとは思わなかったからよォ……だから今度は本気で行かせてもらうぜ」


 告げた鵺狒々は赤い瞳を爛々と光らせ、赤い顔をさらに深紅に染め上げると、茶色い体毛を黄色く変色させ、さらに黒い縞模様を全身に走らせた。

 そして鵺狒々の長い尻尾の毛が一斉に抜け落ち、黒い鱗が生じ始める。尻尾の先端部がまるで花の蕾が開くかのように裂け開かれ、その中から大蛇の頭部が姿を現した。


「バジャァアアッ! 上級妖怪・鵺狒々様を怒らせたらどうなるか! たっぷり教えてやらねェとなァッ!」


 猿の頭、虎の体、蛇の尻尾──本領を発揮した姿となった鵺狒々が、両手の爪を鋭く伸ばして雄叫びを上げると、妖々魔目掛けて飛びかかってきた。


「──ふッ!」


 妖々魔は軽やかに身を翻して鵺狒々の猛烈な突撃をかわすと、桃姫に向けて声をかける。


「……桃姫殿! それがしが注意を引きつけるでござる! よろしいか桃姫殿、これは"実戦試験"にござるよ!」

「はいッ!」

「よしッ!」


 桃姫と妖々魔が互いに気合いの声を交わすと、鵺狒々は憎き相手である妖々魔に狙いを定めて執拗に追い回し始めた。

 鵺狒々の注意が妖々魔に向けられている隙に、桃姫と雉猿狗は鵺狒々の背後を取ったが、尻尾から伸びる大蛇が大きく口を開けて威嚇し、そう簡単に斬りつけられる状況ではなかった。


「桃姫様! 〈桃源郷〉もお使いくださいませ!」


 雉猿狗は桃姫に向けてそう告げると、桃銀色の刃を持つ打刀〈桃源郷〉を桃姫に投げて寄越した。


「雉猿狗は!?」

「──私は、私にできることをいたします!」


 〈桃源郷〉を掴んだ桃姫が問いかけると、雉猿狗はそう答えながら、翡翠色の瞳に走る黄金の波紋を広げるのであった。

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