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15.河童の形代

「いじわるして、ごめんなさい……」

「尻子玉、返してください……」

「石を投げてしまって、ごめんなさい……」


 桃姫と雉猿狗に河童の領域まで連れてこられた子供たちは、カシャンボの前でたまこに謝罪した。


「どうだべ、たまこ。がきんちょども、許すだか?」

「許すけろ……あたいが突然声をかけて、みんなをびっくりさせちゃったのも悪かったけろだから」


 岩座の上に鎮座したカシャンボがたまこに問いかけると、たまこは子供たちにそう告げた。


「たまこがそう言うなら……わしだってこれ以上怒る必要ないべな」


 そう告げたカシャンボはぐるりと後ろを向くと、背後に隠してあった箱を手に持って振り返った。そして蓋を開けると、子供たちの前に置く。


「ほれ、がきんちょども! 好きな尻子玉さ拾うだよ!」


 石畳の上に置かれた箱の中には、奪った人数分詰め込まれた黄色い尻子玉があったが、それを目にした子供たちは困惑の表情を浮かべた。


「これが……尻子玉……」

「ぼ、僕のは……どれだろう……?」

「あのぉ……どれが自分のか……分かりません」

「どれだっていいべな! うだうだ言っとると、今度こそわしが残さず喰っちまうだよ!」


 戸惑う子供たちに向けてカシャンボがカエルの目を見開いて一喝すると、子供たちは慌てて箱の中の尻子玉に手を伸ばして掴み取った。


「ひぃっ……! こ、これでいいです……!」

「僕はこれで!」


 子供たちはどれも同じように見える尻子玉を手に取って掲げると、カシャンボが両手をこすり合わせながら渋い声を発した。


「んんんっ──河童妖術・尻子返玉!」


 喉を震わせたカシャンボが野太い声で詠唱すると、尻子玉は淡い光を放ち出し、スゥッと子供たちの体の中に吸い込まれていった。


「これでよしだべ……おい、がきんちょども、もう二度と河童いじめするでないぞ」

「はい!」

「二度としません!」

「仲良くします!」


 無事に尻子玉を取り戻した子供たちは半べそになりながらカシャンボを見上げて宣言した。

たまこはその様子を見ながら黄色いくちばしを開いた。


「この子たちは、あたいが村まで連れて帰るけろ。みんな、行こうけろだよ」

「うん、ありがとう……いじめてしまって、ごめんね……」

「ごめんなさい……」

「んーん、あたいも驚かせてしまって、ごめんなさいだけろ」


 たまこは子供たちに村までの道案内を買って出ると、子供たちは改めてたまこに謝罪し、そして仲良く青い鳥居をくぐって河童の領域を出ていった。


「お前ら、ありがとだよ! このまま事がでかくなってたら、河童と村の大戦争が勃発するとこだったべな!」

「そんな心配するくらいなら……すぐに返せばよかったのに」


 カシャンボの言葉に対して桃姫が呆れたように声を漏らした。


「河童にもメンツっちゅーもんがあるだよ! そんな簡単には引けんべな! それにこの一件で、河童をいじめたらどうなるか、村の連中が理解しただけでもよかっただよ!」


 カシャンボが告げると、集まっている河童たちもきゅうりをポリポリと食べながらうんうんと頷いた。


「いずれにせよ、問題が解決したようで何よりです」


 雉猿狗がほほ笑みながら応えると、カシャンボは大きな口を開いた。


「わしら河童はよぉ、義理堅い妖怪だべな。お前らの力になれることがあるなら、何でもわしに言うだよ」

「……それならば、私たちをここでかくまっ──」


 カシャンボの言葉を聞いた雉猿狗は、安全な場所を求めているという本来の目的を告げようとしたが、隣に立つ桃姫がグッと雉猿狗の青い着物の袖を引っ張って止めた。


「桃姫様?」

「雉猿狗……やっぱり私、河童さんたちに迷惑かけたくない……カシャンボ様、私たちはもう行きます」


 カシャンボの巨体を見上げながらそう言った桃姫の行動に、雉猿狗は困惑した。天照大御神によって加護されている河童の領域で暮らすことが目的でここまで足を運んだはずだったのだ。


「実は、私たちは鬼に追われているんです……河童さんや近くの村を、鬼の襲撃に巻き込むわけにはいきません……」


 桃姫の告白に河童たちがざわめき出し、カシャンボがカエルの目を細めながら問いかけた。


「鬼……? なして、お前らが鬼に追われるようなことがあるだよ?」

「それを話したら、河童さんたちを巻き込んでしまうかもしれなくて……」

「おい、娘っ子! わしらにここまで話しといてそれはないべな……! さっさと言うだよ!」


 桃姫に対して業を煮やしたカシャンボが喉を鳴らしながら声を荒げた。


「桃姫様、私が説明いたします」

「雉猿狗」


 雉猿狗は桃姫の意思を汲むと、岩座に鎮座するカシャンボの巨体を見上げて話し出した。


「こちらにいらっしゃる桃姫様は、かの有名な鬼退治の英雄・桃太郎様の一人娘でございます。それゆえ、鬼どもは彼女の命を付け狙っているのです」

「なんと!? お前、桃太郎の娘っ子だったのか! それを早く言うべな! 鬼は妖怪の宿敵! 桃太郎の逸話は、人間よりも妖怪たちのほうがよぉく知っとるくらいだよ!」

「そうなんだ……!」


 カシャンボの告げる言葉に桃姫は濃桃色の瞳を大きく見開いて驚きの声を上げた。


「なるほどだよ……確かにそいつぁ、ここにいられたら困るべな……なんせ、この河童の領域の結界は"対人間"のものだよ……力のある鬼なら容易に入り込めるだよ」


 カシャンボは困ったように眉間にシワを寄せると、両腕を組んで喉をゲコゲコと唸らせながら思案を始めた。


「んんん……だとすると。そうだべな……"ぬらりひょんの館"ならば、どうだべかなぁ」

「ぬらりひょん……ですか」


 カシャンボの言葉に雉猿狗が聞き返した。


「ああ、わしの古くからの友人だよ……奥州の森に"ぬらりひょんの館"っつーでっかい屋敷があるんだべな。その屋敷にはぬらりひょんに許された者しか入れない、鬼ですら立ち入れない強力な結界が張られてるんだよ」

「それは、鬼に追われている私たちにとっては理想的な場所と思えます……ですが、見ず知らずの私たちが訪れたとして、快く館に迎え入れてくださるのでしょうか?」

「そりゃあ、お前らがぬらりひょんに気に入られたならば、館に入れるだよ! ゲロゲロゲロ!」


 首を傾げながらカシャンボに尋ねた雉猿狗に対して、カシャンボはガラガラとした低い声で笑って返した。


「んだが、わしの知ってる限り、ぬらりひょんはそんなに冷たいやつじゃないだよ。訪ねてみる価値はあると思うべな」

「分かりました。いずれにせよ、私たちには行く宛がございません。日ノ本各地を延々と放浪し続けるわけにもいきませんし……"ぬらりひょんの館"がある奥州の森を目指してみようと思います」

「ああ、それがいいべな……あっ、そうだべ! わしがぬらりひょんへの"紹介状"を一筆書いてやるだよ!」


 カシャンボはそう言うと、岩座の上でぐるりと後ろを振り返って小棚に置かれていた筆を手に取り、書をしたためた。

 そして再び振り返ると一枚の紙を雉猿狗に差し出す。


「ほれ! こいつがあれば、ぬらりひょんとの話が早くつくだよ。"河童を救った信用できるふたりだ"って書いておいたべな!」

「それは素晴らしい……! カシャンボ様、お心遣い感謝いたします!」


 カシャンボの粋な計らいに感動した雉猿狗は、お辞儀をして感謝を述べると、"紹介状"を受け取って腰帯の中にスッと差し入れた。


「それからもう一つ、お前らに渡すものがあるだよ……これだ、べろぉん」


 カシャンボは大きな口をガパァと開くと、黄色い舌先に巻かれた小さな木像を桃姫の前に差し出した。


「うっ……!」

「ほれ、さっさと受け取るだよ」

「はい……」


 桃姫は気後れしながらも、焦げ茶色に縮んだ河童のミイラのように見える不気味な木像に恐る恐る手を伸ばして受け取った。

 木像を渡したカシャンボの長い舌は、口の中にシュルシュルと巻き取られるとガパンと閉じられた。


「何でしょうか、これは」


 雉猿狗は桃姫が手にした謎の木像を見ながら疑問の声を漏らした。


「そいつは"河童の形代"だよ。アマテラス様への河童たちの祈りがぎっしりと詰まってるんだべな」


 カシャンボの言葉を聞いた桃姫と雉猿狗は"河童の形代"をよくよく見た。確かにそれは、河童の領域の御神木を削り出して作られた、合掌している河童の木像だった。


「お前ら奥州に行くなら伊勢を通るべな……そしたら、"河童の形代"を天照神宮の本殿に捧げてみるだよ」

「天照神宮の本殿に……そうすると、どうなるんですか?」


 桃姫はカシャンボの青い巨体を見上げながら問いかけた。


「そいつぁ、捧げてみてからのお楽しみだよ。ゲロゲロゲロゲロ!」


 カシャンボは愉快そうに笑い、桃姫は手に持った"河童の形代"をじっと見つめるのであった。

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