15.河童の形代
「……悪口言って、ごめんなさい」
「……石を投げてしまって、ごめんなさい」
河童の領域まで連れてこられた子供たちは、カシャンボの前でたまこに謝罪した。
「たまこ。がきんちょどもを許すだか?」
「許すけろ……あたいが突然声をかけて、みんなをびっくりさせちゃったのも悪かったけろだから」
カシャンボが問うと、たまこは子供たちを見ながら答えた。
「たまこがそう言うなら、わしだってこれ以上怒る理由はないべな」
カシャンボはぐるりと後ろを向くと、岩座の裏に隠してあった箱を手に取って子供たちの前に置いた。
「ほれ、がきんちょども。尻子玉さ拾うだあよ」
箱の中には五人分の黄色い玉があったが、それを目にした子供たちは引きつった表情を浮かべた。
「これが、尻子玉……」
「……僕のが、どれだか」
「どれだっていいべな! うだうだしとると、今度こそ食っちまうだあよ!」
カシャンボがカエルの目を見開いて一喝すると、子供たちは慌てて尻子玉に手を伸ばした。
「ひっ! じゃあ、これでいいです!」
「僕はこれ!」
尻子玉を手にした子供たちを見たカシャンボは、両手をこすり合わせて、低いうなり声を発した。
「ンンン──河童妖術・尻子返玉ゥ!」
喉を震わせたカシャンボが詠唱すると、尻子玉が淡い光を放ち出し、子供たちの体内にスゥッと吸い込まれていった。
「これでよしだべ……おい、がきんちょども。これに懲りたら、二度と河童いじめるんじゃないだあよ」
「はい!」
「仲良くします!」
無事に尻子玉を取り戻した子供たちは、カシャンボを見上げて誓った。たまこはその様子を見ながら黄色いくちばしを開いた。
「この子たちは、あたいが村まで連れて帰るけろ。みんな、行こうけろだよ」
「うん、ありがとう……いじめちゃって、ごめん」
「……ごめんなさい」
「んーん。あたいも驚かせてしまって、ごめんなさいだけろ」
たまこと子供たちは仲良く青い鳥居をくぐり、河童の領域を出ていった。カシャンボはその光景を見届けてから、桃姫と雉猿狗を見やった。
「おめえらのおかげで、助かっただあよ。危うく、河童と村の戦争が勃発するところだったべな」
「……そんな心配するくらいなら、すぐに返せばいいのに」
呆れた桃姫が声に漏らすと、カシャンボはカエルの目を大きく見開いた。
「河童にもメンツっちゅうもんがあるだあよ! そう簡単には引けんべな! それに河童をいじめたらどうなるか、村の連中が思い知っただけでもよかっただあよ!」
カシャンボの言葉に集まっている河童たちもきゅうりをポリポリと食べながらうんうんと頷いた。
「いずれにせよ、問題が解決したようで何よりです」
雉猿狗がほほ笑むと、カシャンボは大きな口を開いた。
「わしら河童は、義理堅い妖怪だべな。おめえらの力になれることがあるなら、なんでも言うだあよ」
「ならばカシャンボ様。私たちを、ここで匿ってはいただけませんか?」
「匿う? いったい誰からだあよ?」
雉猿狗の言葉にカシャンボは疑問符を浮かべた。そのとき、桃姫が雉猿狗の袖を引っ張った。
「雉猿狗……やっぱり私、迷惑かけたくない」
「……桃姫様」
雉猿狗は桃姫の悲痛な顔を見て声を漏らした。
「カシャンボ様。実は、私は鬼に追われているんです……だから、すぐに行かないと……河童や村を、鬼の襲撃に巻き込んでしまうかもしれません」
桃姫の告白に河童たちがざわめき、カシャンボがカエルの目を細めた。
「なして、鬼に追われるようなことがあるだあよ」
「……それは」
カシャンボに尋ねられて顔を伏せた桃姫。
「桃姫様、私が説明いたします」
雉猿狗は桃姫の意思を汲むと、岩座に鎮座するカシャンボの巨体を見上げて話し出した。
「こちらにいらっしゃる桃姫様は、かの有名な鬼退治の英雄・桃太郎様のひとり娘にございます。それゆえ、鬼どもは彼女の命を付け狙っているのです」
雉猿狗の言葉にカシャンボと河童たちは驚愕した。
「おめえ、本当に桃太郎の娘っ子なのか?」
「はい……知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、鬼は妖怪の宿敵だあよ! 桃太郎を知らない妖怪は、日ノ本にはいないべな!」
「そうなんだ……!」
熱が込められたカシャンボの言葉に、桃姫は驚きの声を上げた。
「だども、確かにここにいられたら困るべな……なんせここの結界は"対人間"のものだあよ……力のある鬼なら容易に入り込めるべな」
カシャンボは眉間にシワを寄せると、両腕を組んでゲコゲコと喉をうならせた。
「ンンン……だとすると。そうだべな……"ぬらりひょんの館"ならば、どうだべかなあ」
「……ぬらりひょん、ですか」
雉猿狗が聞き返すと、カシャンボは頷いた。
「わしの古くからの友人だあよ。奥州の森にでけえ屋敷を構えてて、鬼を通さない強力な結界が張られてるだあよ」
「それは、私たちにとって理想の場所と思えます……ですが、見ず知らずの私たちを館に入れてくださるでしょうか」
「そりゃあ、おめえらがぬらりひょんに気に入られたら入れるだあよ! ゲコゲコゲコ!」
首を傾げながら尋ねた雉猿狗にカシャンボはガラガラとした低い声で笑って返した。
「んだが、わしの知ってるぬらりひょんはそんなに冷たいやつじゃないだあよ。訪ねてみる価値はあると思うべな」
「分かりました。いずれにせよ、私たちには行く宛がございません。日ノ本を放浪し続けるわけにもいきませんし……"ぬらりひょんの館"がある奥州を目指してみようと思います」
「それがいいべな……あ、そうだべ! わしが一筆書いてやるだあよ!」
カシャンボはぐるりと後ろを向くと、筆を手に取って書をしたためた。そして振り返り、一枚の紙を雉猿狗に差し出した。
「ほれ。この〈紹介状〉があれば、ぬらりひょんとの話が早くつくだあよ。"河童を救った信用できるふたり"って書いておいたべな」
「それは素晴らしいです! お心遣い感謝いたします」
カシャンボの計らいに歓喜した雉猿狗は、礼を言いながらお辞儀をすると、〈紹介状〉を受け取って帯の中に仕舞った。
「それからもう一つ、渡しとくものがあるだあよ」
大きな口をガパァと開いたカシャンボは、黄色い舌を伸ばして、先端に巻かれた小さな木像を桃姫に差し出した。
「うっ……!」
「さっさと受け取るだあよ」
「はい……」
桃姫は気後れしながらも、河童のミイラのように見える不気味な木像をカシャンボの舌から受け取った。
「なんでしょうか、これは」
謎の木像を見た雉猿狗が疑問の声を漏らした。
「そいつは〈河童の形代〉だあよ。天照様へのわしら河童の祈りがぎっしりと詰まってるんだべな」
カシャンボの言葉を聞いた桃姫と雉猿狗は〈河童の形代〉をよくよく見た。確かにそれは、河童の領域の御神木を削り出して作られた合掌している河童の木像だった。
「おめえら奥州に行くなら伊勢を通るべな。そんなら、そいつを天照神宮に捧げてみるだあよ」
「天照神宮に?」
「そうすると、どうなるんです」
「それは捧げてみてからのお楽しみだあよ。ゲコゲコゲコ!」
桃姫と雉猿狗が眉をひそめながら尋ねると、カシャンボは巨体を震わせながら愉快そうに笑うのであった。




