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14.カシャンボ様

 桃姫と雉猿狗が切り開かれた木々の間を歩いて進むと、唐突に開けた空間が現れた。

 火の灯った燈籠が左右に並ぶ石畳が神社の参道のように真っ直ぐ続き、その先には古びた青い鳥居が建っている。


「この鳥居の先が、河童の領域のようですね」

「うん」


 雉猿狗の言葉に桃姫が頷くと、ふたりは広い空間を取り囲む木々の間から河童たちの視線を感じながら参道を歩いていった。

 青い鳥居の奥には、槍を持つ細く長い河童と刀を持つ太く短い河童の石像が立ち、その間の注連縄を巻かれた岩座の上に、巨大な青い御神岩が威容を放っていた。


「…………」


 思わず息を呑む桃姫。雉猿狗は桃姫の様子を横目で見た後、青い鳥居の前で一礼した。

 桃姫も同じように礼をすると、ふたり並んで鳥居をくぐって河童の領域に足を踏み入れた。

 桃姫は左の細長い河童の石像の前に、雉猿狗は右の太く短い河童の石像の前にきゅうりの詰まった藤籠を置く。そして参道まで戻ると、雉猿狗が青い御神岩を見上げて声を発した。


「河童の領域にお招きくださり、感謝申し上げます。私の名は雉猿狗と申します」

「私の名前は桃姫です」


 ふたりはあたりを取り囲む木々の間から河童たちの強い視線を感じつつ名乗った。


「私たちはとある事情で旅をしております。村の方々からの頼みを聞いて、今宵こちらに参りました」


 ザワザワと木々の奥からざわめきの声がふたりの元まで漏れ伝わる。


「よそ者が、いったい何の用だべなぁ?」


 雉猿狗の言葉に応えるように、訛りの強いガラガラとした低い声が辺りに響いた。

 そして青い御神岩がもぞもぞと動くと、ぐるりと反転して桃姫と雉猿狗にその真の姿を現した。


「あっ」


 思わず桃姫が声を上げる。御神岩の正体は、背中に甲羅を背負い、ゴツゴツとした岩のような青い肌を持つ巨大なイボガエルだった。


「つまらん用件なら、このカシャンボ様がぺろりと喰っちまうだよ」


 べろんと巨大な太く黄色い舌を大きな口から出し、舐め回すようにぐるんと動かした後に口内へ戻したカシャンボ。


「あなたが河童たちの長なのですね?」


 その巨体に圧倒されながらも雉猿狗がカシャンボに向けて問うと、桃姫が一歩前に進み出て声を上げた。


「カシャンボ様! お願いです! 村の子供たちに尻子玉を返してください!」

「桃姫様!?」


 桃姫の切実な訴えに、雉猿狗はしまったという顔をした。


「あん? 尻子玉返せだぁ?」

「桃姫様、その話は河童たちと友好関係を築いてからにしましょう!」


 カシャンボはカエルの目を細めて桃姫を睨みつけながら言うと、雉猿狗は桃姫の背中に声をかけた。


「そんなこと言ってられないよ雉猿狗! 今にも村の子供たちのお腹は破裂しそうなんだよ!」


 振り返った桃姫は真剣な顔で雉猿狗に言うと、カシャンボを再び見上げて口を開いた。


「お願いします! きゅうりを差し上げますので! 尻子玉を返してください!」

「返せねぇべなぁ」


 桃姫の悲痛な願いに、カシャンボは冷たく返した。


「どうして!?」

「なぜなぁら、わしがぜんぶ喰っちまったからだよ! ゲロゲロゲロゲロ!」

「そんな!」


 上を向いて愉快そうに笑うカシャンボに、桃姫は悲鳴のような声を上げた。


「がきんちょどもの尻子玉ぁ、プニプニして美味かっただよ……ゲロゲロゲロゲロ!」

「この人でなし……! 河童でなし!」


 笑い続けるカシャンボに桃姫がぶつけるように声を上げるが、それすらもカシャンボには嘲笑の対象でしかなかった。


「桃姫様、帰りましょう。どうやら私が想像していた以上に、河童というのは意地悪な妖怪だったようです……残念ですが」


 雉猿狗が桃姫の背中に向けて言うと、桃姫はため息をついて肩を落とした。


「じゃあ、どうするの……? 村の子供たちは」


 悲しげに雉猿狗を見つめる桃姫に、雉猿狗は静かに首を横に振ってから口を開いた。


「あとは村の方々が決めることです。私たちは別の場所を目指しましょう」


 そう言って参道を去ろうと歩き出すと、木々の中からザザザッと音を立てながら河童たちが姿を現した。

 驚いて振り返る桃姫と雉猿狗。細長い姿をした河童たちとずんぐりむっくりな青い河童たちが、藤籠のきゅうりに我先にと手を伸ばし、パキパキと音を立てながらくちばしでかじってむさぼり始めた。


「何見てんだけろ! さっさと帰れけろ、人間!」


 太っちょの河童が雉猿狗と桃姫に向かって言うと、二人は顔を見合わせてため息をつき、再び鳥居へと歩き出した。


「おっとお! なんでそげな嘘つくけろっ!」


 桃姫と雉猿狗が鳥居の手前まで来たその時、可愛らしい声が後ろから響いた。

 振り返ると、桃色をした太っちょで小さい河童がカシャンボの前に仁王立ちしていた。


「なんだぁ、たまこ。嘘って何だよ?」


 困惑したような声でカシャンボが言うと、たまこと呼ばれた桃色の小さな河童は短い腕を伸ばしてカシャンボを指さした。


「おっとおは、ほんとは尻子玉食べてないけろっ!」

「えっ?」


 たまこの言葉を聞いた桃姫は驚きの声を漏らした。


「な、何言ってるだよ、たまこ……わ、わしは尻子玉さ、ちゃんと喰っただよ」

「食べてないけろ! あたい知ってるけろ! 本当は尻子玉なんてまずくて食べたくないって、だって食べたふりして後ろの箱に戻してるとこ、あたい見たけろ!」

「うっ……! そもそも、たまこ! お前が村のがきんちょどもにいじめられたから、わしたちは仕返しをしたんだべ!」

「……!」


 カシャンボとたまこの口論を聞いていた桃姫が思わず駆け出し、きゅうりをむさぼる河童の群れをかき分けて、たまこの隣まで行った。


「たまこちゃん、村の子供たちにいじめられたの?」

「う、うう……」


 桃姫の問いかけに、たまこは言葉を詰まらせた。


「ああ! たまこが勇気を出して川遊びに混じろうとしたんだよ! そしたら"気色悪い"だの"あっち行け"だのと言われて石を投げられたんだべな! だから、わしら河童は怒ったんだべ!」

「そういうことですか」


 カシャンボの訴えを聞いた雉猿狗が得心したように呟いた。


「それなら、私が村の子供たちにそのことを伝えて謝らせます! どうか、それで許してあげてください!」

桃姫がカシャンボに向けてそう言うと、深々と頭を下げた。

「うー……どうすべかなぁ」

「おっとお……尻子玉返してやってけろ……」


 カシャンボとたまこの会話を聞いた雉猿狗は、桃姫とたまこの隣までやってくると口を開いた。


「カシャンボ様、尻子玉は子供たち全員分あるのですね?」

「人間のクソの味がする玉なんて、どんだけプニプニしてようが、美食家のわしが喰うわけないべな!」

「よかった! 一生うんちが出なくなる子はいなかったんだ!」


 カシャンボの言葉を聞いた桃姫が心底安堵するように喜びの声を上げた。


「おい! まだ尻子玉返すなんて言ってないべよ! さっさと村の子供たちさ連れてきて、たまこに謝らせるだよ……! いいか! 連れてくるのは子供だけだよ!」

「わかりました、カシャンボ様! 雉猿狗、行こう!」

「はい、桃姫様」


 カシャンボの要求に応じた桃姫は、雉猿狗と共に青い鳥居をくぐり抜けて山道を降っていった。

 まだ会議をしている村人たちのもとへ行くと、カシャンボとの会話の内容を伝えた。


「ああん!? 子供だけ河童んとこに送れだぁ!? そんな与太話信じられるかってんだよ!」

「よそ者……! さてはお前ら河童の手先になっただな!?」


 桃姫と雉猿狗に対して、疑いを通り越して敵意すら向ける村人たちだったが、源助の母親がピシャリと声を上げた。


「いい加減にしなよあんたら! 本当は河童の領域に行くのが怖いくせにさ!」

「うっ……」


 源助の母親の言葉を聞いて騒いでいた村人たちが黙り込んだ。

 そして桃姫と雉猿狗の顔を見た源助の母親は、ふたりに近づいて口を開いた。


「一刻も早く息子を助けたいんだ。お願い、できるかい?」


 切実に発せられた息子を想う母の言葉を聞いた桃姫と雉猿狗は深く頷き、その様子を見ていた村長が声を上げた。


「実際にカシャンボと会えたこの方々の言うことに従うべきであろう。今からおふたりには子供たちを河童の領域に連れて行っていただく……皆の者、それでよいな?」


 村人たちを見回した村長に誰も反論の声を上げることはなく、桃姫と雉猿狗は尻子玉を抜かれて苦しむ五人の子供たちを連れて、再び河童の領域へと向かうのであった。

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