表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/192

10.八天鬼・燃羅の力

「おつるちゃんの仇……絶対に取るからね」


 赤いかんざしを拾い上げた桃姫は、復讐の誓いを込めてから、薄桃色の帯に仕舞った。

 〈桃月〉を両手で構え直した桃姫の勇ましい姿を見やった鬼蝶は、斬り裂かれた左耳を手で押さえながら憎々しげに顔を歪ませた。


「なんで私が、こんな小娘相手に怯まなきゃならないのよ──ふッざけんじゃアないわよォッ!!」


 14歳の少女にたじろいでしまった己を否定するように鬼蝶は激しく叫んだ。


「そんなに死にたいなら、骨の髄まで燃え尽きなさいなァッ!!」


 吼えるように叫んだ鬼蝶。ギンと見開いた左眼から火炎の渦を撃ち放った。

 銀色の波動を発した桃姫は、飛来した熱線を冷静に避けると、舞うように一回転しながら鬼蝶との距離を詰め、火炎を放つその横顔めがけて〈桃月〉の刃を振り払った。


「──なんッ!?」


 流れるような動作に驚愕した鬼蝶。桃姫の一撃をかわせないと瞬時に判断し、左眼を閉じて強引に熱線を止めると、あえて桃姫の身体に向かって突進するように踏み込んだ。


「ぐぅっ……!」


 路地裏に建ち並ぶ木造家屋の外壁に強かに背中を叩きつけられた桃姫。衝撃によってうめき声を発すると、放っていた白銀の波動が霧散するように消えた。

 鬼蝶は全身を使って桃姫の身体に蛇のように組みついて拘束すると、黒く鋭い鬼の爪を喉元にグッと押し当てた。


「驚いたわ……なるほどね……"狼の子は狼"……どれだけ小さく、か弱く見えても、たった一噛みで命を奪う危険な牙を隠し持ってるってわけ」


 鬼蝶は鬼になって初めて味わった"命の危機"に対し、怒りと興奮を同時に覚えると、顔を紅潮させながら熱い吐息混じりの声で告げた。


「油断して愛でていたら……危うく、顔面を噛みちぎられるところだったじゃないのよ」


 家屋の外壁に押さえつける力を更に強めながら鬼蝶は語尾を荒げると、真っ赤な唇を桃姫の耳元に近づけて、妖艶にささやくように言葉を紡いだ。


「ねぇ、桃姫ちゃん? 私が殺してきた三千人の命に意味なんてものは、なァんにもないの──でもね、たまに思っちゃうのよ……あれ、今殺した命って、もしかして"意味がある命"だったんじゃないの……? なァんて」


 苦笑した鬼蝶は、激しい怒りが宿った濃桃色の瞳を間近で見つめながら、赤い"鬼"の文字が宿る黄色い右眼を近づけた。


「桃姫ちゃん、あなたからはそれを感じるの……人々の祈りを抱えて、希望の光を託されている命……だから巌鬼も行者様も、あなたを殺すことに躊躇してるってわけ」


 鬼蝶は熱い吐息を桃姫の頬に吹きかけながら言うと、燃える左眼を薄っすらと開いた。


「でもね、私はそんな"意味がある命"を"残虐"したその瞬間にこそ──サイッコウに生きてるって心地を実感できるのよ」


 鬼蝶の両目はうっとりと歪み、桃姫の喉に押し当てる鬼の爪に力が込められた。


「だから桃姫ちゃん、あなたの"意味がある命"……私に"残虐"させてよ……ねぇ、おねがァい♪」

「……ぐ、うう」


 桃姫の首筋に鋭い爪がグググと食い込んでいくと、残忍な笑みを浮かべた鬼蝶は、燃える左眼を見開いた。


「おつるちゃんが待ちくたびれてるわよ──早く逝っておあげなさい」


 ささやいた鬼蝶。赤く燃える左眼と黒い鬼の爪、その両者が桃姫の命に狙いを定めた次の瞬間。


「──フッ!」

「……!?」


 一陣の風のように鬼蝶の背後から迫る桃銀色の刃。鬼蝶は反射的に桃姫を解放し、身をひるがえしながら両腕を交差させ、十本の鬼の爪でその一太刀を受け止めた。


「あなたの相手は私だと言ったはずですッ!」

「ケモノ風情がァッ! 私の興を削ぐなァアアッ!」


 雉猿狗が叫ぶと、激昂した鬼蝶が〈桃源郷〉の刃を押し返し、弾き飛ばした。距離を取った雉猿狗は〈桃源郷〉を構え直しながら桃姫に呼びかける。


「桃姫様、お立ちください!」

「……っ!」


 桃姫は家屋の外壁を支えにして立ち上がりながら駆け出すと、鬼蝶の隙をついて雉猿狗の隣に移動した。


「雉猿狗! ふたりなら!」

「はい! 桃姫様!」


 二振りの仏刀を構えながら声をかけ合った桃姫と雉猿狗。この状況なら鬼蝶を討ち取れる──その希望が見えた瞬間、鬼蝶が笑い出した。


「あははは! ふたりならなんですってェ? アハハハッ!」


 高笑いする鬼蝶。左眼のみならず右眼からも炎を噴き出し始めた。


「私がどうやって堺を燃やしたか、わかってみたいね……いいわ……八天鬼・燃羅の力──存分に味わわせてあげる」


 両眼から火柱を上げる鬼蝶が低い声で告げると、不穏な気配を感じ取った雉猿狗が桃姫の腕を掴んで引っ張った。


「桃姫様、こちらへ!」

「……!?」


 困惑する桃姫を鬼虫の死骸の後ろに引き込んだ雉猿狗。


「──八天鬼術・燃羅炎駒」


 両手で印を結んだ鬼蝶が詠唱した次の瞬間、ドォォオオン──という爆発音とともに猛烈な爆風と熱波が鬼蝶から放たれた。

 路地裏の木造家屋を吹き飛ばす熱風。鬼虫の後ろに隠れた桃姫と雉猿狗は、苦悶の表情を浮かべながら、飛び交う粉塵と瓦礫を必死に耐えしのいだ。

 熱風が収まり、息を止めていたふたりが戦慄しながら呼吸を再開すると、瓦礫の山と化した路地裏にひとり立つ鬼蝶が静かに口を開いた。


「これが八天鬼人。人間を超越した素晴らしき鬼の力──奪われる側から奪う側になる。その甘美な喜び」


 炎がこぼれる両眼を薄く開き、うっとりとした笑みを湛えた鬼蝶。紫の着物から、赤いアゲハ蝶がパタパタと飛び立つと、燃え上がりながら鬼蝶の周囲で渦を描いた。

 焼け焦げた鬼虫の死骸から恐る恐る顔をのぞかせた桃姫と雉猿狗は、鬼蝶のその姿を見て絶句した。


「ですが、何事にも終わりの時は訪れるものです。今宵の祭りも、また」


 丁寧な口調で告げた鬼蝶が両手を掲げると、着物に描かれているマムシがぬるりと這い出して絡みつき、舞っていたアゲハ蝶が集まって赤い炎でボウッと燃やした。

 灼熱の炎に包まれたマムシが形状を転じていき、一振りの炎の薙刀へと変化すると、鬼蝶は両手で固く握りしめた。


「この〈蝮揚羽〉にて、"お開き"にいたしましょう」


 炎の軌跡を描きながら〈蝮揚羽〉を構えた鬼蝶は、その切っ先を桃姫と雉猿狗に向けた。


「天下人・織田信長が正室・鬼蝶──いざ、参る──」


 凛とした声で名乗りを上げた鬼蝶は、見開いた両眼から炎を噴き上げながら桃姫と雉猿狗に向かって飛ぶように跳躍した。


「ぐ……! ダァアアッ!」


 雉猿狗は鬼虫の死骸を両手で持ち上げながら立ち上がると、迫りくる鬼蝶めがけて放り投げた。


「獣女」


 鬼蝶は吐き捨てるように言い放つと、〈蝮揚羽〉を下から上に一振りして寸断しながら着地した。


「ん……?」


 鬼蝶が目をやると、路地裏の入口に向けて、雉猿狗に手を引かれながら走り去る桃姫の背中が見えた。


「……笑わせないでちょうだい」


 失笑した鬼蝶は、ふたりの背中を睨みつけながらダンッと地面を蹴って跳躍した。

 ビュウウウという凄まじい風切音を立て、宙空を滑るように飛びながら〈蝮揚羽〉を後方に引き下げた鬼蝶は、路地裏を抜けて大通りに出た桃姫の背中に狙いを定めた。


「桃姫様! お逃げください!」


 それに気づいた雉猿狗が桃姫の手を離しながら、かばうように前に出ると、〈桃源郷〉を両手で構えた。


「──焼け死になさいッ!!」


 両眼から盛大に炎を噴き出した鬼蝶は、吼えながら身体を一回転させて、〈蝮揚羽〉を勢いよく振り下ろした。

 対する雉猿狗は〈桃源郷〉の刃を横に倒し、地面を両足で踏ん張りながら全力で振り上げた。


「──獣心閃ッ!!」


 渾身の力で振るわれた灼熱の刃と桃銀色の刃。燃える堺の大通りで、鬼と獣の猛烈な力がぶつかり合い、赤光と桃光が入り混じるまばゆい極光があたりを照らし出すのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ