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27.宝物庫

 鬼ノ城の宝物庫。それは、城主のみが開くことを許された、鬼術で封印されし黄金の扉。

 宝物庫の前に立った巌鬼がその重厚な扉へと鬼の手を伸ばした。


「ふん!」


 力を込めて押し開くと、次々と燭台に火が灯り、宝物庫の内部が暖かな光に包まれ照らし出された。


「桃太郎によって鬼ヶ島から"奪われた"財宝……いったいどれほど取り返せたのかしら?」


 背後からのぞき込んだ鬼蝶の問いかけに、巌鬼は財宝が整然と飾られている内部を睨むように見回した。


「まったくだ……宝物庫と名乗るにはほど遠い」


 苛立ちをにじませながら告げた巌鬼は、蔵のような造りの宝物庫に足を踏み入れた。

 金塊に銀塊、小判に宝石、絹織物に茶器、武者鎧に名刀、掛け軸に仏像──価値ある品々は置かれているが、宝物庫の広さに比べれば寂しい品数だった。


「桃太郎に奪われる前の、もとの宝物庫に戻す。それも鬼ヶ島首領としての重要な使命だ」


 太い腕を組んで語る巌鬼の背後から、満面の笑みを浮かべた役小角が近づいてきた。


「温羅坊、おぬしはもとの宝物庫など知らぬであろう。桃太郎が現れたのは、おぬしがまだ"奥の間"を這いずっていた頃なのじゃからな。かかか」


 笑った役小角は、〈黄金の錫杖〉をチリンと鳴らしながら宝物庫に入ってきた。巌鬼は不快感を隠さずに横目で睨みつけた。


「じゃが、確かにかの悪名高き鬼ヶ島の宝物庫がこのありさまでは、散っていった鬼どもに示しがつきませぬわいの」


 役小角は、陳列されている品々を美術館の展示でも眺めるように観察して回った。

 そして、著名な水墨画家による山水画の掛け軸の前で足を止めると、細い眼をさらに細めた。


「んん? これは、実に見事な贋物にせものじゃな! 一文の価値もないぞ! かかか!」


 嘲笑った役小角の言葉に、ムッとした巌鬼は肩を怒らせながら大股で歩み寄った。

 太い腕を伸ばして掛け軸を壁から乱暴に引きはがすと、役小角に見せつけるように、勢いよく引き裂いた。


「これで満足か? クソジジイ」


 破れた掛け軸を床に落とした巌鬼が、ギロリと役小角を見下ろしながら言った。役小角は何もなくなった壁を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……すまんのう。わしの中におる"御師匠殿"が、うるさくてな」

「あん?」


 役小角の小さな声に眉をひそめた巌鬼。役小角は顔を上げ、不気味な笑顔で巌鬼を見つめた。


「……腹の中でな。"ギャアギャア"とわめき続けておるのよ──千年間。ずっとな」


 細めた眼の奥に潜む深淵のような闇の瞳で、巌鬼を見据えた役小角。

 細身の老人が放つ得も言われぬ迫力に気圧された巌鬼は思わず目を逸らした。


「……行者様。"御師匠殿"とは?」


 鬼蝶が尋ねると、役小角は深く息を吐いてから口を開いた。


「葛城山の女神──名を一言主と申す。わしの御師匠殿であったが……ここに、封じ込めた」


 告げた役小角は〈黄金の錫杖〉をチリンと鳴らし、自身のへそのあたりを指し示した。


「女神を封じ込める……とは、どのような方法で?」


 興味深げな鬼蝶の言葉を耳にした役小角は、巌鬼の前から歩き出す。そして、宝物庫内を巡りながら語り始めた。


「へその奥、気海丹田に"社"を練り上げ、その奥底に封じ込めたのじゃ──"社神の術"という命懸けの陰陽術よ」


 仏像の前で足を止めた役小角がその見事な出来栄えを眺めながら告げると、鬼蝶は息を呑んだ。


「……行者様が法術と呪術に長けておられることは存じておりましたが、陰陽術まで扱えるのですね」

「かかか。なにを隠そう、千年前に陰陽術を編み出したのは他でもない。このわし、役小角じゃ」


 役小角は合掌する仏像に向かって左手をすっと上げ、片合掌を返した。


「陰陽とは文字通り陰と陽の調和──聖なる法術と邪なる呪術が融合して生み出される技の領域なのじゃよ」


 千年の昔を振り返り、遠い目をして語る役小角。鬼蝶は聞き入り、巌鬼はどうでもいいとばかりに鼻を鳴らした。


「しかし、当時のわしはすでに齢百を超えておったでな……老いさらばえ、あとは死を待つだけの身。ならばいっそ不死の賭けに打って出ようと思い至ったのよ」

「それが……"社神の術"」

「いかにも。それにあの頃は、わしが創設した陰陽道の最盛期でな。芦屋道満と安倍晴明という優れた弟子が、わしの神捕らえの策に"面白い"と言うて協力してくれたのよ」


 千年前の日ノ本を懐かしむように穏やかに目尻を下げながら白ひげを撫でた役小角。


「……鬼蝶、その者たちの名を知っているか?」


 役小角の言葉を受けて、巌鬼が低い声で尋ねた。


「ええ……どちらも伝説的な陰陽師の名です」

「……ふぅむ」


 巌鬼は鬼蝶の返答に何か納得いかぬような声を漏らした。方や役小角は鬼蝶の回答に満足げな笑みを浮かべるのであった。

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