40.桃の大空華
「かかか。そのぐらいにしておくがよろしい。古来よりこの国では、物にも魂が宿るというでな。機械いじめは、わしは好かんのよ」
特徴的なしゃがれ声とともに黄金の風が老人の顔を形成し、東京の夜空に出現させていく。
「おぬしじゃなあ? わしの四番目の弟子を名乗って、日ノ本をうろついとる異国人というは?」
「バハ! バハウ!」
役小角の風の問いを受けて、〈大アクロ王〉は堂々と胸を張って頷いた。
「たわけ、こわっぱッ! わしの弟子は道満、晴明、桃太郎の三人かぎりよ! おぬしなど弟子にした覚えなどないわ! ──かぁぁぁっつッ!!」
「バァァフッ!?」
激しい一喝とともに黄金の粒子をまとった一陣の風が吹き荒ぶと、その勢いに負けて〈大アクロ王〉はのけぞりながら尻もちをついた。
「なぁぜ、どいつもこいつもわしの悪路王に乗りたがるのよ! さっさと顕現を解いてわしの悪路王から降りろ!」
「ブハゥッ!」
「なぁにい? 心身一体化しとるだとぉ!? こんの……わぁしでも叶わんことをやりおったのかよ……!」
役小角の風は憎々しげに顔を歪めると、一転パッと満面の笑みを形成した。
「しかし、おぬしが持っとるその機械の腕! そいつは、天照神宮の神鏡を盗んで砕いて、中に詰め込みおった代物じゃなあ!?」
「……やべ、ばれてる」
〈ゲンブ〉からやり取りを見ていた一号がぎょっとした顔で声を漏らすと、役小角の風は一瞬で移動して、一号の前に顔面を形成した。
「なんじゃあ、おぬしが造ったのか!? のう!!」
「いや、私じゃない! 盗んだのは私ではなく……前の私だ!」
一号がひきつった笑みを浮かべながら言い訳すると、役小角の風は突風を起こしながら高笑いした。
「クァかっかっか! かまわん、かまわん! おかげさまでアマテラスがなりを潜め、わしがこうしてハバを利かせられますわいのぉ! かっかっか!」
「……そ、それは……なによりだ」
役小角の風は自由闊達に黄金の軌道を描きながら夜空を舞い飛ぶと、東京HQの屋上に倒れているセレンを見やった。
そして、フッと消え去ると雲の中から一振りの霊剣を取り出して放った。
「なにを寝とるか、桃の娘」
役小角の風の声を聞いて顔を上げたセレンは、屋上に突き刺さった翡翠色の輝きを放つ美しい両刃の長剣を目にして肉眼を見開いた。
「おぬしはすでに神仏融合しておったのじゃ。〈雉猿狗承〉もまた、連綿の力をおぬしにもたらす」
「……連綿の力」
得も言われぬ翡翠の輝きに引き寄せられるようにして立ち上がったセレンは、よろつきながら右手を伸ばし、〈雉猿狗承〉の柄を握りしめた。
その瞬間、手のひらを通じて天照由来の神力がセレンの体に流れ込んだ。黒いボディスーツに翡翠の輝きが血のように流れ込み、停止していた〈エアロ・トリスタン〉を回転させ、〈三つ巴の魔訶魂〉を融け合わせる。
「掴み取れ、鬼退治の剣を。呼び覚ませ、桃の萌芽を。花咲かせよ、連綿の力で」
役小角の風の詠唱が響き渡る中、桃配山のメタファーとして東京HQにて時空の亀裂が生じ、セレンは500年前のつながりを観測した。
赤トンボが舞う田園地帯。桃姫と雉猿狗がひざまずいて頭を垂れるセレンを見下ろしていた。そして、ふたりから連なる連綿の力がセレンを覚醒させる。
セレンの左目が濃桃色の輝きを放ち、黒髪が桃色へと染まっていく。メットが残された右目は赤ではなく翡翠色に染まり、全身からは黄金と翡翠が入り混じった神光を迸らせていた。
「お姉ちゃんと私しかいないと思った。残されたのは、ふたりだけだって──それは間違いだったんだ」
失われた左腕に〈雉猿狗承〉を通じて翡翠の神力がうねり、新たな腕が形成されていく。
「私がここにいるのは、果てしない歴史の連なりがあったから」
セレンが宣言した瞬間、500年前の桃太郎から連なる歴代の血筋が現れ、重なり合って融け合った。
「これなら──どんな日本の闇だって、祓えるんだッ!!」
「かかか──やれい、桃の娘」
黄金に光り輝く役小角の風を背に、翡翠色に極光したセレンが東京HQを蹴り上げて飛翔した。
「バオオオオオッ!!」
まさかの天敵、桃姫の子孫の登場に吼え放った〈大アクロ王〉。
背中から伸びる八本の鬼の手を突き伸ばしてセレンを捉えようとするが、縦横無尽に飛翔した神仏融合体は捉えられることはなく、神楽を踊り舞うように神仏融合剣を振るって引き裂いた。
「ブワアアアッ!!」
軽々と滑るように切断されていく鬼の手を通じて、完全に大空華と一体化しているアクロに激痛が走る。鬼の身を焼き焦がす仏刀、さらに天照を主とする雉猿狗の神力が注ぎ込まれた破邪の剣。
「ヤエエエエエエッ!!」
桃太郎ゆずりの裂帛の声を張り上げたセレン。〈雉猿狗承〉がこれ以上ないほどの極光〈オーロラ〉を放つと、桃姫とセレン、ふたりで桃の大空華を開花させ、悪の大空華の胸を刺し貫いた。




