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39.暴悪大笑面

 眩い銀光を放つ繭の中からこの世のものとは思えぬ悍ましい雄たけびが轟くも、不敵な笑みを浮かべながら赤眼を輝かせた三号はなおも出力を上げ続けた。

 そして、自らが放射する熱量に耐え切れなくなった〈F.S.T〉が次々と発火してドロドロと熔け出すと、繭が崩壊して内部に閉じ込められていた〈大悪路王〉の無残な姿が露わになっていく。


「──はっ、鬼の丸焼きの出来上がりだ」


 漆黒だった大鬼の肌は極度の"焼却"によって足立のごとく真っ白に染まっており、唯一、魔眼だけが赤く鈍く光ってからグルンと上を向くと、〈F.S.T〉の繭を破壊しながら膝から崩れ落ちた。

 その光景を〈スザク〉のハッチから仇花部隊が見届けていると、腹部の痛みをこらえたセレンがディピティに寄りかかりながら立ち上がった。


「……ガーベラを、助けに行かないと」

「もういい……取り込まれてからずっと、通信がないんだ」

「それに、あんなバケモノを焼き殺すほどの熱……中にいる隊長は……」


 ジギタリスとハイドランジアが告げるもセレンは首を横に振り、大通りに横たわって沈黙する〈大悪路王〉の白い巨体を見やった。


「だったら、体だけでも取り返してくる……じゃないと、申し訳が立たない」


 ふらつく足取りで歩き出し、開かれたハッチの縁にセレンが立ったそのとき、ザザザとノイズ交じりの通信が入った。


「──こち──ガーベ──救助──もと──」

「……隊長!」


 沈痛な面持ちで壁に寄りかかっていたソリダーゴが目を見開きながら声を上げると、仇花部隊の面々が一斉にハッチの前に集まって〈大悪路王〉を見下ろした。


「アガペー!」

「了解!」


 ルドベキアの呼びかけに応じたアガパンサスが〈スザク〉を急降下させると、〈フォルネウス〉を使って手近なビルの屋上に着地した舞零が〈大悪路王〉の異変に気づいた。

 上を向いていた魔眼がぎょろぎょろと蠢き、瞳孔に光が宿る瞬間を目撃した舞零は、〈大悪路王〉の頭上まで降りてきた〈スザク〉に向けて通信を飛ばして叫んだ。


「──こいつ、まだ生きてるッ!」


 舞零の声を掻き消すように垂れ下がっていた八ツ腕がブォン──と勢いよく伸び上がると、〈スザク〉の胴体に絡みついた。

 機体がきしみを上げ、巨大な鬼の手によって握り潰されようとしたそのとき、セレンが背中の〈エアロ・トリスタン〉を点火しながら叫んだ。


「みんな、ディピティに掴まって!」

「……ッ!」


 機体制御を諦めて操縦席から立ち上がったアガパンサスも含め、機内の仇花部隊五人がマシンガン・アームを展開したディピティの各部に掴まると同時に走り出し、セレンとともに宙空に飛び出す。


「バォォオオオオッ!!」


 大気を震わす咆哮を張り上げながら悪鬼温羅特有の二つ目の命を発動させて立ち上がった〈大アクロ王〉。次の瞬間、鬼の手は〈スザク〉をたやすくへし折って爆発させた。

 大鬼の背中に着地したディピティは、アクセルを握りしめるセレンの推進力も借りながら鬼の手をかわして駆け下りていくと、下段の鬼の手の根元にガーベラらしき手が突き出ているのを目撃した。


「隊長ッ!」

「私がやるッ!」


 声を上げたルドベキアを差し置いて飛び出したセレンは、飛翔しながら〈ダイナモ・アーム〉のフィンを開き、黄金の粒子を噴き漏らす左腕を鬼の手に向けてダイナモ・バスターを撃ち放った。


「返せぇえええッ!!」


 メットの双眸を一つの赤丸に転じたセレンが天照極光〈アマテラス・オーロラ〉を放出して鬼の手を消し飛ばすと、根元に着地してまだ黄金に光り輝く左腕をドスンと差し込み、埋もれてる腕を掴んで一気に引き抜いた。


「がはッ……!」

「借りは絶対に返す! それがお姉ちゃん流だから!」


 見た目にわずかな白斑が窺えるものの、S級〈A.C.ロイド〉としての耐久性で生き残ったガーベラを引き寄せたセレンが告げると、先に降りたディピティと仇花部隊に向けて手放した。

 直後、別の鬼の手がセレンめがけて伸びてくると、右肩から引き抜いた〈カグツチ〉で切り裂き、続けざまにダイナモ・バスターを放射して消し飛ばした。

 さらにもう一本迫りくる鬼の手を見据えた瞬間、足元から新たな鬼の手が生え伸びて背後からセレンの左腕を掴み上げた。


「ぐあああッ!」


 生え伸びながら巨大化していく鬼の手。セレンの体が〈大アクロ王〉の眼前まで持っていかれると、魔眼と間近で視線を合わせた。


「バハハハハハッ!!」


 地獄から響くような野太い笑い声。いまやセレンの身長よりも大きくなった鬼の手によって〈ダイナモ・アーム〉がバキバキと音を立てながら握撃されていく。

 そして、ついに限界を迎えた左腕がバンッと破裂するとともに内部機構を露出させてバラバラと剥落させた。


「……あ、ああ」


 機械腕であり痛みはない、しかし二つの心臓を用いて最大出力を発揮するダイナモ・システムの要である〈ダイナモ・アーム〉が破壊されたことはセレンにとって何よりの絶望であった。

 〈大アクロ王〉は、まるで幼児が玩具を扱うようにセレンを掴んだ鬼の手を大きく振り上げ、ブォンと乱暴に振り下ろした。

 その衝撃で左肩のジョイント部から〈ダイナモ・アーム〉が外れると、セレンの体は為すすべなく宙空を舞い、東京HQの屋上に右側頭部から激突した。


「ぐッ、があッ……!」


 メットが砕け散り、肉眼がある右側だけが晒されると、セレンは右手をついて起き上がろうとしたがそのまま気を失って倒れ伏してしまった。

 いまだ成長いちじるしい鬼の手に残された〈ダイナモ・アーム〉を満足気に見据えた〈大アクロ王〉は、次いでプラズマ不足で機能不全を起こしている〈葬羅丸〉を見やった。


『い、いやぁ……!』

「──お袋に手出すんじゃねぇ!」


 怯える声を漏らす〈H.M.R〉に歩み寄っていく〈大アクロ王〉に向けて六発のプラズマ・ミサイルを連射した〈ウンブラー〉。しかし、背中から生える鬼の手を大きく振り払うと、羽虫を落とすように難なく宙空にて爆散させた。

 〈F.S.T〉を出し尽くし、プラズマ・ミサイルを無力化された陸上の〈ウンブラー〉には、もはや〈大アクロ王〉と戦う手段は残されていなかった。


「バハハハハッ!!」

「──やめろォッ!」


 笑う〈大アクロ王〉に向けて、多脚を動かして鈍重な〈ウンブラー〉の巨体を向かわせる三号。〈大アクロ王〉は〈葬羅丸〉の右半身を掴み取ると、そのまま持ち上げて後方から迫る〈ウンブラー〉の頭部めがけて振り下ろした。


「──ぐぁああッ!」

『いやぁ! やめてぇ!』


 〈ウンブラー〉の頭部に幾度も打ち付けられる〈葬羅丸〉。そのたびにジョイント部が外れていき、ついには右半身である〈狩羅〉が本体である〈葬羅〉から剥落してしまった。

 

「バハ! バハ! バハハハハッ!!」


 その光景を見て大笑いする〈大アクロ王〉。暴悪大笑面。世界を支配するに足るだけの圧倒的な力を手に入れた男の悪逆非道な笑いが東京の夜空に響き渡ったそのとき、黄金の風が吹くのであった。

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