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1.鬼ヶ島

「──ギャインっ!」


 憤怒の青鬼が振り下ろした金棒の一撃が、白犬の頭を盛大に打ち砕いた。


「イヌッ!」


 桃太郎が叫ぶと、狂気の赤鬼が猛烈な勢いで振るった黒い金棒をかわす。


「キジ! やれ──!」


 赤く染まった空を見上げ、命令を放った桃太郎。

 緑雉が急降下すると、右脚にくくりつけた小刀で青鬼の首筋をザッと斬り裂いた。


「ぬォオオッ!?」


 鬼特有の"黒い血"を噴出させた青鬼は、分厚い鬼の手で裂傷を抑えると、黄色い目をひん剥きながら後ずさった。

 その隙に茶猿が絶命した白犬のもとへ駆け寄ると、数珠を巻いた両手をこすり合わせながら高速のマントラを唱え始める。


「サル、イヌを頼んだ! キジは青鬼の相手を!」


 三獣にそれぞれ指示を出した桃太郎は、金棒を空振りした勢いで、赤い砂浜に倒れ込でいる赤鬼の巨体を睨んだ。

 仏刀〈桃源郷〉を両手で握りしめると濃桃色の瞳の中央に浮かぶ白銀の波紋を大きく広げる。


「──私は赤鬼を討つ!」


 高らかに宣言した桃太郎は、全身から白銀色の波動を迸らせると、白い軽鎧にまとわせた。

 さらに、桃銀色をした〈桃源郷〉の聖なる刃に絡ませると、その切っ先を赤鬼へ差し向ける。


「──来い、悪鬼」


 桃太郎は白銀の波紋が花ひらいた瞳で力強く赤鬼を見やりながら告げると、〈桃源郷〉の柄を握る手に力を込めた。


「ふゥ、ふゥ!」


 怒りで肩を大きく上下させた赤鬼は、荒い呼吸をしながら立ち上がると、桃太郎に向けて振り返った。

 両者の視線がぶつかり合った瞬間、赤鬼は屈強な足で赤砂を蹴りつけると、金棒を振り上げながら桃太郎に迫った。


「──グルァァアアッ!!」


 だが桃太郎は、迫りくる狂気の赤鬼を前に目を閉じると、深く息を吐きながら〈桃源郷〉の切っ先を低く構えた。

 そして自身の心に意識を集中させると、静かに目を見ひらき、眼前に迫る赤鬼目掛けて〈桃源郷〉の刃を振り上げた。


「ぬん!」


 その動作を読んでいた赤鬼は低い声を発しながら〈桃源郷〉の切っ先をよけると、松の幹ほどもある太さの金棒を桃太郎の顔面目掛けてブンと振り払う。


「──フッ!」


 その瞬間、一息発した桃太郎。振り上げた〈桃源郷〉を勢いそのまま投げると、金棒の風圧を顔に感じながらその場に身を伏せる。

 頭上を轟音とともに金棒が駆け抜け、桃色の頭髪の何本かを削り取っていく。

 金棒を振り抜いた赤鬼は、弧を描きながら宙空を舞い上がる仏刀の美しい軌跡につい視線を釣られた。


「……ぬんッ!?」


 神秘的な桃銀色の円月に思わず見惚れてしまっていた己に対して唸った赤鬼は、慌てて眼下を見やった。


「──悪鬼、死すべし」


 地に伏していた桃太郎は眼光鋭く低い声で呟くと、左腰に差していたもう一振りの仏刀〈桃月〉を白鞘から引き抜いた。

 そして赤鬼と視線を合わせた瞬間。裂帛れっぱくの声を発しながら地面を蹴り上げ、〈桃月〉の刃を斬り上げた。


「──ヤエエエエエエッ!!」


 ズバババッ──仏の加護を受けた聖なる刃が赤鬼のたくましい胸筋を斬り裂く凄まじい音が周囲に響いた。


「ぬゥんッ──!」


 赤鬼は仏刀によって傷つけられた左胸に焼けるような痛みを感じると、懐に潜り込んでいる桃太郎から距離を離すため、後方に飛びのいた。


「──ハァッ!」


 黒い返り血を顔に浴びた桃太郎は、砂浜に着地すると〈桃月〉を手離し、落下してくる〈桃源郷〉の柄を掴み取る。


「──悪鬼ッ!! 死すべしッ!!」


 鬼気迫る顔つきで桃太郎が叫んだ刹那、全身から白銀の波動が一気に解き放たれ、顔に付着していた黒い血を吹き飛ばした。


「……が、ああ」


 鬼として初めて戦慄の声を漏らした赤鬼。桃太郎は振り向きざまに跳躍すると、〈桃月〉によって斬りひらいた左胸の奥──鬼の心臓目掛けて〈桃源郷〉を突き刺した。


「ぬうッ!? グォオオッ──!!」


 文字通り毛が生えている鬼の心臓を、〈桃源郷〉の聖なる刃で一突きにされた赤鬼は、黄色い眼球をグルンと持ち上げた。

 そして、雄牛に似たおぞましい断末魔の声を発すると、桃太郎の体ごと後ろに倒れ込んで絶命した。


「ハァ……ハァ……!」


 呼吸を整えながら赤鬼の死を確認した桃太郎は、〈桃源郷〉の刃をグッと両手で引き抜くと、三獣に向けて口を開いた。


「サル! イヌの様子はどうだ!?」


 桃太郎が尋ねると、青鬼の金棒によって頭を砕かれて息絶えたはずの白犬が立ち上がる光景を目にした。

 その隣に立つ茶猿は、両手を合わせて合掌しながら、桃太郎に向けてお辞儀をする。


「でかした、サル! イヌも、よくぞこらえてくれたな!」


 桃太郎の言葉を受けて、茶猿と白犬は信頼の眼差しを桃太郎に向けながら喜びの声を上げた。

 赤鬼の巨体から飛び降りた桃太郎が〈桃月〉を拾い上げたそのとき、空を舞う緑雉が甲高い鳴き声を発した。


「ケェーン!」


 それは、桃太郎に注意をうながす鳴き方であった。次の瞬間、鬼ヶ島の大気を揺るがす地鳴りのような咆哮が鳴り響く。


「──ぬうァァアアッ!!」


 黄色い鬼の眼を見開き、両腕を広げながら赤い空に向けて、けたたましく吼えた憤怒の青鬼。

 雄叫びを耳にしたのか、背後に広がる赤い砂丘の向こう側から、黄と緑、新たな二体の大鬼が走ってくるさまを桃太郎は目撃した。


「……やるぞ、みんな」


 桃太郎が濃桃色の瞳に覚悟の熱を込めながら告げると、三獣が一斉に駆け出し、そのまわりを取りかこむように布陣した。

 右には仏の曼荼羅が描かれた青い法衣を着た白犬。左には黄装束を身にまとい両手に白い数珠を巻きつけた茶猿。

 そして上空には、武田軍由来の見事な赤備えを着込んだ緑雉が右脚から伸びる小刀を光らせながら飛翔する。


「日ノ本を苦しめ続けてきた鬼ヶ島……今日で、そのすべてを終わりにしよう」


 白い軽鎧に身を固め、桃色の髪を持つ頭に金色の額当てを巻いた桃太郎が、二振りの仏刀を両手に握りしめながら凛とした声で発する。

 不気味な赤い霧に覆われた空の下、鬼ヶ島の上陸に用いた和船と、打ち寄せる赤い波を背にして、迫りくる大鬼の群れと対峙する。


「御師匠様、お小夜さん……どうか、花咲村より見護っていてください」


 目を細めた桃太郎は、祈りを捧げるように口にすると、濃桃色の瞳を鋭く光らせた。


「この桃太郎。必ずや三獣とともに、鬼退治を果たしてみせます」


 鬼の肉を焼き斬る〈桃源郷〉と〈桃月〉──その美しい桃銀色の切っ先を大鬼の群れに差し向けた桃太郎。


「──行くぞ、みんなッ!!」


 決起の掛け声を発した桃太郎は赤砂を蹴り上げると、三獣を引き連れて鬼退治に挑むのであった。

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