38.悪の大空華
夜空に滞空する〈葬羅丸〉のコクピットでは、青いバイザーを光らせた舞零が東京HQの屋上を拡大表示させながら全員に向けて通信を飛ばしていた。
「HQごとアクロ・ヌーンを吹き飛ばすから! みんな、離れて!」
「──待て! セレンがまだ!」
両手を重ね合わせ、プラズマ・フォトンの充填を開始した〈葬羅丸〉に一号が返すと、舞零は倒れ伏した状態で腹部を押さえ、苦悶するセレンの姿を拡大した。
「セレン! 起きて!」
「──私が回収する」
告げたガーベラが〈スザク〉のハッチから飛び降りて素早く駆け寄り、担ぎ上げたセレンの体をディピティのシートに預けると同時に、かつての主君の変わり果てた姿に息を吞んだ。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン──センダン・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ──カン・マン・オン!」
獣化した両腕を掲げ、羅眼を見開きながら声高々にマントラを詠唱するアクロの頭上で、ぐわんぐわんと回転速度を増しながら肥大化していく鬼捕珠。
「今この東京にて顕現せしめよ──大悪路王〈グレート・イーブル・ロード・キング〉よッ!」
体内に有する陰陽力を余すことなく注ぎ込みながら吼えた直後、極限まで膨張した鬼捕珠が破裂し、上下に向けて黒液をしとどに噴出した。
「きたああああッ!! これだああああッ!!」
夢にまで見た黒液のシャワーを全身に浴びながら恍惚の声を発したアクロ。羅刹獅弑の巨体が飲み込まれていくと同時に上昇していき、あふれ出た黒液が八芒星の陣を伝って駆け巡った。
「……っ!?」
「RIDE! LADY!」
迫りくる黒液の波に慄いたガーベラがディピティの呼びかけで正気を取り戻すと、セレンを胸に抱くようにシートに跨り、アクセルを全開にして走り出した。
瞬く間に広がっていく黒液は、東京HQの屋上に描かれた顕現陣を飲み尽くすと、随所に立つ八天鬼を取り込んで八本の柱を夜空に向けて生え伸ばした。
そのうちの一本が巨大な鬼の手となってガーベラの背中に向けて伸びると、ディピティが車体から四丁のマシンガンを展開して、後方に向けてダダダと連射した。
「──隊長! こちらへ!」
屋上の突端に横付けされた〈スザク〉の操縦席からアガパンサスが声を発すると、ガーベラはフルスロットルで勢いよく夜空に飛び出した。
その背中を追いかける鬼の手めがけて仇花部隊とサイバネ・ヤクザが一斉にライフル弾を叩き込むも、手の中から手を作り出され、ガーベラの体が掴み取られる。
「隊長っ!」
叫んだソリダーゴ。ガーベラを失ったディピティを回収した〈スザク〉は一気に上昇すると、八本の柱が花弁のように閉じられ、東京HQの屋上で巨大な漆黒のつぼみが形成された。
「……何をしようってんだよ」
〈ゲンブ〉のハッチからその異様な光景を見下ろした一号が声を漏らすと、今にも爆発しそうなほどのエメラルド極光を両手から放つ〈葬羅丸〉のコクピットにて舞零が叫んだ。
「〈スザク〉、〈ゲンブ〉、もっとHQから離れて! その距離だと爆風に巻き込まれる!」
「──だめだ、撃つな! ガーベラ隊長があいつに取り込まれた!」
「無理! これ以上は、リアクターがもたない!」
〈葬羅丸〉のステータスが緑から赤に切り替わっていくのを見ながらルドベキアの通信に答えた舞零。
『舞零ちゃん! プラズマ・チャージ、臨界点よ! この子、壊れちゃう!』
「だったら、照準下げて! 〈ヒマリン・インパクト〉! 発射!」
『〈ヒマリン・インパクト〉、了承!』
システムAI〈H.M.R〉のかけ声とともに下げられた両手から撃ち放たれたプラズマの塊。緑光する球体が禍々しいつぼみの手前に着弾すると同時に目が眩むような閃光と激しい爆風が二機の装甲ヘリに襲いかかった。
「……やった?」
呟いた舞零。プラズマの粒子が夜風に吹かれて霧散していく中、燃えるつぼみが花弁を一つ一つ剝がしていき、東京に悪の大空華が花ひらいた。
「ヌオオオオオオ」
つぼみの内部から低くうなりながら顕れた漆黒の巨人は、八本の花弁を背面から腕として伸ばしており、額から生えた一本角を赤く光らせていた。
「……鬼」
信じがたい光景を前にして舞零が震える声で漏らした直後、真っ赤な魔眼と視線がぶつかり合った。
「あ、ああっ!」
悲鳴を発しながら操縦桿から両手を放し、顔前で交差させた舞零に対して、にんまりとした笑みを浮かべた〈大悪路王〉は、東京HQを蹴りつけ、〈葬羅丸〉めがけて跳躍した。
30メートルを超える巨体にも関わらず軽々と夜空を舞った〈大悪路王〉は、両手と八本の腕で滞空する〈葬羅丸〉にしがみついた勢いそのまま、背後のビル群に容赦なく叩きつけた。
「ぐあああッ!!」
次々にビルを粉砕していく衝撃で激しく揺さぶれるコクピットで叫んだ舞零。アラート音がけたたましく鳴り響き、プラズマ・リアクターに異常をきたしていることを報告する中、〈大悪路王〉が吼えながら右拳を振り上げた。
「グラァアアアアッ!!」
無数の牙が生えた大口を開いた〈大悪路王〉は、〈葬羅丸〉の胸部で輝く炉心を渾身の力で殴りつけ、さらに左手を開いて頭部をわし掴みにすると、怪力で握りこんで赤い双眸が光るディスプレイにバキッとヒビを走らせた。
『まずいわ、機体温度が上昇してる! 舞零ちゃん、脱出して!』
「っ、でもッ!」
『いいから! ここにいたら熔けちゃうの!』
強制的に脱出プロトコルを始動させた〈H.M.R〉は、〈葬羅丸〉のうなじを開いて舞零を露出させた。
『私が見れなかった10代の鞠耶ちゃんを乗せてるみたいで、幸せだったわ。あとは、ヒマリンに任せなさい』
舞零は胸を張る〈H.M.R〉を見ながらバイザーを外すと、ビルの瓦礫を縫って飛ぶ〈フォルネウス〉に向けて跳躍した。
〈フォルネウス〉によって舞零が回収されたことを確認した〈H.M.R〉はうなじを閉じると、炉心を殴り続ける〈大悪路王〉の頭部をガシッと〈葬羅丸〉の両手で掴んだ。
『悪い子は、こうっ!』
手のひらのプラズマ・リアクターを点火してボンッと燃やすと、その衝撃でのけぞった〈大悪路王〉を蹴り飛ばし、三枚のプラズマ・ウイングを放射しながら立ち上がって体勢を整えた。
「グ、ガァアアッ!」
うめきながら両手で顔を覆った〈大悪路王〉に向けて、右手で左手首を掴み取り、外して構えた〈葬羅丸〉。
『〈ヒマリン・ブレード〉、起動!』
左手首の付け根からエメラルドに輝くプラズマ収束刃がブゥンと伸びると、〈大悪路王〉めがけて駆け出す。
『奈塚緋鞠は、ここにありッ!』
宣言しながら振り上げられた〈ヒマリン・ブレード〉の緑刃──だがその瞬間、ダメージが蓄積した胸部の炉心が爆発を起こし、プラズマ収束刃も霧散した。
『ああッ!』
全身の各部から次々と緑光が失われていき機能が停止していくと、〈葬羅丸〉は糸が切れた操り人形のように前のめりに倒れこんだ。
「グルァアアッ!」
その体を受け止めながら吼えた〈大悪路王〉は、八ツ腕を使って拘束しながら立ち上がると、両手を胸部に突き入れて、バリバリと砕けた炉心を引き剝がしにかかった。
『いやあ! 助けて、トウヤさん──マリヤちゃんっ!』
満面の笑みを浮かべながら破壊行為に興じる大鬼の恐ろしさに戦慄した〈H.M.R〉が愛する家族に助けを求めたそのとき、凄まじい爆音とともに〈大悪路王〉の背中で緑光の爆発が生じた。
「グォアアアッ!?」
その衝撃で〈葬羅丸〉を手放した〈大悪路王〉が睨みつけながら背後を振り返ると、十発のプラズマ・ミサイルが矢継ぎ早に胸元めがけて降り注いだ。
ドゥン、ドゥン、ドゥン──と着弾する度に後退していく〈大悪路王〉。そして〈H.M.R〉は、〈葬羅丸〉のヒビ割れた視界越しに、都心の大通りに現れた〈ウンブラー〉の姿を見た。
「──無事か、お袋」
『マリヤちゃあんっ!』
白い鍵を使って〈ウンブラー〉の制御を行う三号は、甲羅から〈F.S.T〉を全機放出して、ひるんだ〈大悪路王〉の巨体を繭のように覆った。
「──人道的な兵器なんだっけこれ? じゃあ、あんたの体で試してみようぜ」
制御室から〈F.S.T〉に攻撃命令を発した三号。大量の三角形で組まれた繭が強烈な銀光を放ち出すと、内部に閉じ込められた〈大悪路王〉の"焼却"を開始するのであった。




