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36.悪路王〈Evil Road King〉

 それから一週間後──100階建てのピラミッド型巨大建造物"東京HQ"の青い会議室にて、紫光する呪札門が開かれた。


「諸君、待たせましたね」


 役小角の青い部屋で告げながら呪札門をくぐり抜けたアクロ。〈黄金の錫杖〉をチリンと鳴らして背後で揺れる鏡面を閉じると、静寂に包まれた室内を見回した。

 仇花部隊を待機させていたはずの会議室はもぬけの殻となっており、黒い円卓には飲みかけのコーヒーカップや食べかけのお菓子の袋が散乱していた。


「……徒花部隊。応答せよ」


 左手を上げ通信の声を発したアクロ。誰からも反応が返ってないことに困惑した視線が円卓の上に転がる翡翠の欠片を捉えた。

 それは桃配山での別れ際にガーベラに渡した〈雉猿狗承〉の残骸だった。手を伸ばして掴み取ったアクロは、銀縁眼鏡の奥でサイバネ・アイを暗く黄光させた。


「ガーベラ……なにが起きている」


 呟いた直後、壁面の大型ディスプレイに通信が入り、玉座に腰かけるアーサー大帝の姿が大写しになった。


「──ようやく姿を現したか、アクロ・ヌーン」

「これはこれは……お久しぶりです、陛下」


 アクロは〈黄金の錫杖〉を胸元にあてながら、うやうやしく頭を垂れて見せた。


「──そのような猿芝居はもうよい。うぬは帝国の大敵となったのだからな」

「そうですか、それは残念です。私は帝国のためを思って、日本侵略を実行したのですがね」

「──実に愚かな男だ。よく聞け、アクロ。うぬが留守にしている間に、徒花部隊が離反し、〈ウンブラー〉が破壊された」


 アーサーの発言にアクロは一瞬瞠目するも、すぐに笑みを浮かべた。


「ふっ、ご冗談を。仇花部隊は私に確固たる忠誠を誓っていますし、ご存じのように〈ウンブラー〉は世界最強の潜水艦、沈めようとも沈められない」

「──ああ、沈んではおらんよ。東京湾からぶざまに引きずり上げられ、今では海浜公園の巨大なオブジェと化しておる」


 笑みを崩したアクロは、翡翠の欠片を握る左手を持ち上げた。


「中佐……キーニン中佐、応答してください」

「──無駄だと言っておろうがッ!」


 アーサーの一喝に歯噛みしたアクロ。砕けんばかりに翡翠を握りしめた手をゆっくりと下げていく。


「──なぜうぬめが朕に反旗を翻すのか、貴様の姉シエラから聞き出して、ようやく理解できた」


 アーサーが告げると白いドレスをまとった美しい女性が現れて玉座の隣に侍った。その姿を目にしたアクロの顔色が変わる。


「……姉上ッ!」


 すがるような声を漏らしたアクロに対して、シエラは硬く冷たい表情を浮かべていた。


「──アクロよ、うぬはシエラについて大きな思い違いをしておる。朕が第13王妃になるよう強要したのではない、シエラのほうから朕にすり寄ってきたのだ」

「ッ……!? そのような嘘で姉上を貶めるかッ! あなたは姉上を無理やり手籠めにしたッ!」


 血相を変えたアクロが訴えるように叫ぶと、アーサーは呆れ顔とともに首を横に振った。


「──よもやここまでピュアとはな。シエラ、自ら話せ。このわからず屋の弟に、すべてをな」

「──はい……アクロ」


 シエラに呼びかけられたアクロは身を乗り出すように大型ディスプレイを見上げた。


「──よく聞きなさいアクロ。大帝の言ったことは事実よ。帝国美人コンテストで一位を取って謁見の機会が設けられた私は、自らの意思で王妃になることを申し出たの」

「……言わされている」

「──いいえ、これは本心よ。アクロ、私はね、オーストラリアの田舎娘で人生を終えたくなかったの。あなたのことだって考えたわ。優秀なあなたには、第一級貴族として活躍してもらいたかった」


 シエラの震える声は、段々と怒りを含んだものへと変わっていった。


「──なのにあなたは、そのすべてを台無しにした! 私の思いを踏みつけて、大帝の顔に泥を塗ったの! 恥を知りなさい、アクロッ!」


 愛する姉の叱責を受けたアクロは銀縁眼鏡の奥で黄眼を揺らした。


「──去年から息子の名前が王位継承リストに上がるようになったのよ! でも反逆者が家族ならどうなると思う!? お願いだからこれ以上、私の人生の邪魔をしないでよッ!」

「──アクロ・ヌーン、今ここで首を差し出せ。さすれば、姉と甥の連座は赦免しよう」

「──お願いアクロ! 私のために、今すぐ死んでちょうだい……!」


 アーサーが低い声で告げると、顔を歪ませたシエラが悲痛な声で叫んだ。


「──決断せよ、アクロ」

「──アクロ……!」


 ふたりの声が冷たい会議室に響くと、アクロは双眸を細めながら静かな声で告げた。


「SHUT UP──BITCH」


 まさかの発言に面食らったシエラとアーサー。アクロはにんまりとした笑みを浮かべると、翡翠の欠片を宙空に放った。

 そして、右手に携える〈黄金の錫杖〉でトンと床を突きながら左手で片合掌を決め込む。


「オン・バサラキ!」


 金輪の音と重ねるように唱えたアクロ。〈黄金の錫杖〉の頭から紫光の稲妻が迸り、拳大の翡翠を粉々に撃ち砕いて巻き込みながら大型ディスプレイに降り注がせた。


「──アクロッ……!」


 シエラの叫び声とともにふたりの全身が砕け散って通信が遮断されると、アクロは左手で顔を覆った。


「ふっ、ふははは……! GRANDPA、やはりあなたは正しかった──この世界は、悪路王〈Evil Road King〉を求めている!」


 鬼の魅力に取りつかれたがあまり日本の学会から危険視され、追放処分を受けた祖父の遺品である銀縁眼鏡を掴んだアクロ。

 レンズを割りながらひねり潰したそれを床に落とすと、代わりに胸元から極天鬼薬を取り出した。


「私が鬼の王になります。そしてこの世界が再起不能になるまで、完全に破壊し尽くしましょう」


 悪鬼温羅の心臓より造り出された禍々しい青紫色の液体を見ながら告げたアクロは、親指でキュポっと小瓶の蓋を弾いてグイっと仰ぎ飲んだ。

 祖父の収集した古文書に記されていた鬼薬特有のおぞましい味わいというものを、これのことかと自身の舌で確かめながら喉奥に流し込んだアクロ。


「ぐ……ぐが……ガアア!」


 空になった小瓶を投げ捨て、古文書の記述通り体が内側から焼ける熱を感じたアクロは、円卓に突っ伏してうめき声を上げた。

 次の瞬間、並んだ眼孔から押し出されるようにして黄光するサイバネ・アイがぼろりと円卓の上に転がり落ちた。


「ぐあああ!」


 左手で目元を押さえ、筆舌に尽くしがたい激痛に叫んだアクロ。顔をひっかくように手を下ろすと、その両目には白い"鬼"の文字が宿る黄眼が新たに生えていた。


「……いいぞ、いいぞォ! そうだ、もっと私に痛みを寄こせ……! この苦痛が私を鬼へと変えてくれる……! 私を鬼の王へと導いてくれる……! ふは、ふははは……!」


 鬼へと変容していく自身の肉体を分析をしながら〈黄金の錫杖〉で体を支えて立ち上がったアクロは、会議室を歩いてエレベーターに乗り込んで壁に寄りかかった。

 そして、白い一本角を額の中央から突き伸ばし、いよいよ八天鬼人を超える極天鬼人への変体を終えると同時に、夜景広がる"東京HQ"の屋上へと出ていくのであった。

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