10.聖地巡礼
インタビュー後、"東京HQ"の屋上に姿を現したアクロ・ヌーン。東京全土を見渡すことが可能な100階建てピラミッドの広大な天辺には、四枚の大翼を広げた白い怪鳥が鎮座していた。
帝国軍カラドリウス級特殊作戦機〈デス・バード〉──大アーサー帝国軍が誇る最新鋭のプラズマ・ジェット機の前には、6人の女兵士が敬礼をして並び立ち、アクロを出迎えた。
「閣下、プラズマ・タービン良好──いつでも飛び立てます」
6人の中央に立つ隊長のガーベラが告げると、〈デス・バード〉のコクピットで顔にバイザーを装着した女兵士が敬礼している姿をアクロは見た。
「徒花部隊の諸君。私の個人的な"巡礼"に付き合わせてしまって、申し訳ない」
アクロが苦笑しながら言うと、ガーベラの隣に立つ長い金髪をした女兵士が敬礼したまま口を開いた。
「私たちは閣下の私兵です。閣下の望みは私たちの使命。何なりとご命令ください」
「その言葉、本心として受け取りましょう。ハイドランジア」
凛とした声で告げた副隊長のハイドランジアに対して、アクロはほほ笑みながら頷いた。
そして、ガーベラとハイドランジアの間を割るようにして前に進んだ。
「閣下──ご存知のように私たち〈A.C.ロイド〉は、嘘がつけません」
屋上に吹きつける強風に赤い髪をなびかせたガーベラがアクロの背中に言った。アクロは横顔を向け口角を釣り上げて返すと、〈デス・バード〉の胴体から伸びるタラップを登っていった。
〈デス・バード〉の機内に入ったアクロは前方の操縦席へと進み、コクピットに座って待機していた紫髪の女兵士に声をかけた。
「アガパンサス。北海道までは何時間かかります」
赤十字の光が走る白いバイザーを顔に装着した褐色肌の女兵士・アガパンサスはアクロに向けて指を二本立てて答えた。
「2時間?」
「20分です、閣下」
アガパンサスの答えに満足げな笑みを浮かべたアクロは、コクピットの後ろの席に腰かけた。
残り6人の女兵士たちも〈デス・バード〉に乗り込んでそれぞれ着座すると、〈デス・バード〉は四枚の大翼についたプラズマ・タービンを高速回転させ、緑光する粒子を放ちながらピラミッドの屋上から飛び立った。
オーロラのように緑光する軌跡を描きながら、日本上空を時速2400km、マッハ2の速度で飛んだ〈デス・バード〉は、瞬く間に日本列島を縦断すると、北海道南東部にある寂れた村落の上空で排気ノズルを下に向けてホバリングした。
「網黒村……ここです、間違いない──どこかに不自然な大岩があるはず」
後部座席から立ち上がったアクロはコクピットのモニターに表示されたいくつもの地上情報を見回しながら口にした。
パイロットのアガパンサスが左手でパネルを叩きながら右手でコントローラーを操作すると、〈デス・バード〉の白い巨体の腹部にある赤い巨大な一つ目がギョロギョロと獲物を探すように動いた。
そして、木が生えていないゴツゴツとしたハゲ山の斜面にしめ縄が巻かれた大岩を発見して赤枠で強調表示すると、赤い一つ目を大きく見開いて拡大した。
「これです! アガパンサス、あの大岩を除去しなさい!」
「はい」
パイロット座席に手を掛けながら身を乗り出して興奮の面持ちを浮かべたアクロが指示すると、アガパンサスはコントローラーを操作して〈デス・バード〉の大翼に備え付けられた二基のアンカーフックをドシュドシュッと射出した。
鋼鉄製のワイヤーを伸ばしながら大岩にアンカーフックを突き刺さした〈デス・バード〉は、排気ノズルを動かして後方にホバリングして、大岩を引きずるように動かした。
ブチブチブチと大岩に巻かれていたしめ縄が引きちぎれ、古の時代から固く閉ざされていた封印が解かれていく。
〈デス・バード〉を着陸させたアクロは、洞窟の内部へと足を踏み入れた。
「……ああ。私は今、悪路王の"聖地"にいるのですね」
ライトで前方を照らしながら進むアクロが声に漏らすと、その後に続いた6人の女兵士たちがあたりを見回した。
「ひぃ!」
左右に並んでいる無数のロウソクが人間の人差し指だということに気づいた白髪ショートヘアーの小柄な女兵士が悲鳴を発した。
「……ピエリス、静かにして」
「……ご、ごめんなさい。ソリダーゴさん!」
水色ボブヘアーのソリダーゴが注意すると、ピエリスは恐縮しながら謝った。
そして、洞窟の最深部にある開けた空間まで到着したアクロ一行はその光景に思わず息を呑んだ。
「閣下、これが例の"祭壇"ですか?」
「イエス、ガーベラ! ああ! 祖父の古文書で見た通りではないか!」
アクロは1500年前に悪路王が腰かけていた漆黒の玉座と、そこから伸びる禍々しい"鬼曼荼羅"が描かれた巨大な石板を見上げながら声をふるわせた。
その漆黒の石板には、かつて坂上田村麻呂率いる討伐隊によって悪路王の体に突き刺された九振りの太刀の刃痕と、悪路王の体から吹き出たものであろう赤黒いシミと化した血の痕跡がべったりと付着して残されていた。
「まさに"聖地"……感動だ。きてよかった……日本にきて、本当によかった」
アクロはサイバネ化された赤い瞳をふるわせながら"祭壇"に歩み寄ると、悪路王が手を置いていたであろう肘置きを愛おしそうに撫でた。
「悪路王よ……1500年の時を経て……あなたの名を継いだ男が、こうして訪れましたよ」
アクロは肘置きに頬をこすりつけながらそう告げると、ガーベラ率いる徒花部隊の6人は、黙ってその光景を見た。
「あなたの伝説は、この私が継承します……このアクロ・ヌーンが」
アクロはそう言うと、"鬼曼荼羅"が描かれた漆黒の石板に手を伸ばした。そして、刃痕に引っかかるように残されていた悪路王の白い頭髪を指先で摘んで取り出した。
網黒村を訪れたアクロと徒花部隊は、〈デス・バード〉にて北海道の中央に移動した。
そして、トムラウシ山に広がる妖怪たちの楽園"カムイ・ミンタラ"を奇襲し、平和に暮らしていたコロポックルたちを瞬時に拘束し、流線型の白いバトル・ライフル〈フェイルノート〉の銃口を突きつけた。
「カパトトノマトに妖々魔……あなた方の存在は、幼い頃から古文書にて知っていますよ」
白い雪雲を体にまとわせながら現れた女妖怪と群青色の武者鎧に対して、アクロは穏やかにほほ笑みながら告げた。
「ほう。わらわの名は日ノ本の外まで届いておったのか」
「このような野蛮人どもに知られても、嬉しくはないでござるがな」
カパトトノマトと妖々魔は冷たい声で吐き捨てるように言うと、子熊に似た小さな妖怪コロポックルたちをワイヤーで拘束している徒花部隊を睨みつけた。
「野蛮人ですか。2000年前と変わらぬ暮らしを送っている妖怪にそんなことを言われるとは思いませんでした……あなた方がのんきに暮らしている間に人間の技術力は月で戦争するまでに進歩しているのですがね」
アクロは右手を持ち上げて、赤い一つ目を地上に向けながら上空でホバリングしている〈デス・バード〉を指し示した。見上げたカパトトノマトは鼻で笑いながら口を開いた。
「はっ、月に行ってまで戦をしておるのか……どこまで"愚"を極めるつもりかのう、人間どもは」
カパトトノマトは呆れ果てた。
「確かに愚か。ですが、私は意味もなく妖怪に危害を加えるつもりはありません。私は妖怪に対する"リスペクト"があります……ただ、明けわたして欲しいのです」
アクロは上げていた右手をカパトトノマトに差し出すように伸ばした。
「"エンシェント・レリック"……〈ゴールデン・スタッフ〉と〈エメラルド・オーパス〉を」
「……えんしぇ……なんでござるか、それは」
妖々魔は面頬の奥に浮かぶ青い眼で、白い手袋をつけ右手を差し出すアクロの顔を睨みつけながら口にした。
「古文書に記された"古の秘宝"ですよ……そうですね。あなた方には、こう伝えたほうがわかりやすいですか──〈黄金の錫杖〉と〈雉猿狗承〉」
アクロの言葉を受けて、カパトトノマトは眉をひそめ、妖々魔は青い眼を明滅させた。
「トムラウシにその二つが持ち込まれたことは古文書にて判明しているのです。差し出しなさい──そうすれば、妖怪を傷つけずにこの地を去りましょう」
アクロはカパトトノマトと妖々魔を見た。初めて目にする妖怪の姿に興奮を覚えつつ、威圧的な態度は崩さなかった。
「はるばる訪れてもらってなんだが、そんなものはない……古文書とやらは書き直したほうがよいようだのう」
「そうですか。残念ですね」
アクロが無言の合図をガーベラに送った。〈フェイルノート〉の銃口が、ふるえるコロポックルの額に押しつけられる。
コロポックルが恐怖で身を縮めると、カパトトノマトの顔が青ざめた。
「…………」
表情を変えずトリガーに指をかけたガーベラ、そのとき屋敷の扉が開かれた。
「異国人、おぬしが探しておるのはこれじゃろう」
屋敷の中から現れたのは、大きなハゲ頭をした老妖怪・ぬらりひょんであった。その手には、〈黄金の錫杖〉が握られていた。
「おお、ぬらりひょん……」
伝説の妖怪の登場にアクロが少年のような笑みを浮かべると、ガーベラに右手を掲げ、トリガーを引くのを制止させた。
アクロの前までやってきたぬらりひょんは〈黄金の錫杖〉を差し出した。
「……持って行くがよい、そして、さっさとお国に帰れ」
ぬらりひょんが吐き捨てるように言うと、古文書で語られる"古の秘宝"を前に息を呑んだアクロは両手で〈黄金の錫杖〉を受け取るのであった。