9.悪路の名を継ぐ男
高層ビル群が針山のように屹立する央都区の中央に、群を抜いて高くそびえ立つピラミッドに似た形状をした100階建ての超大型高層ビル・"東京HQ"の威容があった。
「えー、非常に緊張しております……短い時間にはなりますが、本邦初のインタビューが叶うとのことで……この松田、アナウンサー人生をかけて臨む所存でございます。ただいま、アクロ・ヌーン閣下がお見えになりました!」
緊張した面持ちの中年アナウンサー・松田がマイク片手にカメラに向かって声を発すると、赤い椅子が二つ並べられた会見場に現れたひとりの男にカメラが向けられた。
帝国軍高級士官の白い軍服を身にまとった細身の男は、帝国軍特別部隊の白いボディスーツを身にまとった6人の女兵士を引き連れて椅子の前まで歩いてきた。
男は笑みを浮かべながら松田と握手を交わし、カメラに向かって一礼してから赤い椅子に着座して脚を組んだ。
「初めまして、"日本領"の皆さん。私は大アーサー帝国第一級貴族にして、"日本領"総督の任を拝命しております──アクロ・ヌーンと申します」
銀髪をオールバックにしたアクロがカメラに向けて名乗りを上げると、銀縁眼鏡の奥のサイバネ化された赤い瞳が妖しく光った。
「これは驚きました……アクロ閣下──日本語が、ずいぶんと達者でございますね」
椅子に着座した松田が対面するアクロにマイクを向けながら尋ねると、アクロは白い手袋をつけた両手を組んで膝の上に置き、穏やかにほほ笑みながら答えた。
「ええ。私は生まれも育ちもオーストラリアですが、母方の祖父が日本人の民俗学者でしてね……幼少の折から日本との深い縁を感じていたのです──例えば、ガーベラ」
アクロは右手をすっと持ち上げて後ろに並び立つ6人の女兵士、その先頭に立つ赤髪の女兵士ガーベラに声をかけた。
ガーベラは整った顔の表情を変えずに一枚の書を取り出してカメラの前に掲げてみせた。カメラがズームすると、書には"悪路・怒雲"と達筆な筆文字とともに山水画が描かれていた。
「今朝方、瞑想の仕上げに書したものです──このように、私は日本の文化に触れて育ってきたのです」
「なるほど……しかし、悪路・怒雲とは……あまり良い意味を持つ漢字とは思いませんが、なぜこの字をお選びになられたのでしょうか?」
松田が書を見ながら眉をひそめて尋ねると、アクロは松田の顔を冷たく見やった。
「私が大いに尊敬する古の日本人に関する漢字です……あなたはご存知ですか──マスター・役小角を」
「えん、の……おず? 申し訳ございません、初めて耳にしました……それはいったい、どのようなお方なのでしょうか?」
松田が聞き覚えのない名をそらんじながらアクロに尋ねて返すと、アクロは銀縁眼鏡の奥で細められた赤い瞳をさらに細めて松田を睨みつけるようなキツい眼差しを浮かべた。
「日本人でありながら、役小角を知らないとは情けない……彼は私が知る限り、日本史上ナンバーワンの偉人ですよ。祖父の古文書でその存在を知って以来、私は役小角の大ファンでしてね」
「はぁ、そうでしたか……しかし、ではなぜ」
熱弁するアクロに対して、松田が言葉を漏らすと、アクロはそんな松田の意思を汲み取って笑みを浮かべながら口を開いた。
「あなたが聞きたいことはわかりますよ……それほどまでに日本を愛する男が、なにゆえ"日本に宣戦布告したのか"……ということでしょう」
「……ッ」
アクロの発言を聞いた松田は、この場で日本国民を代表して尋ねるべき質問を逆に言われてしまい胸が締めつけられるような緊張に襲われた。
「ふっ……そんなに怯えた顔をしないでください。私は鬼ではないのです」
「……はい。では、その……日本への宣戦布告、そして武力制圧に至った閣下の真意を……ぜひ、お聞かせ願いますでしょうか」
松田がふるえる手でマイクを向けると、アクロは穏やかな笑みを浮かべながら、カメラに向かって口を開いた。
「"日本領"の皆さん。これから私が言うことをよくお聞きください。極東の島国に引きこもり、世界情勢に対して疎いあなた方でも、今現在、大アーサー帝国と大インドラ共和国の両国が、"世界覇権"をかけた激戦の最中にあることはご承知のはずです」
アクロは銀縁眼鏡の奥で赤い瞳を冷たく光らせた。
「そして皆さんご存知の通り、日本政府は2091年に両国に対して中立の立場を宣言いたしました。俗に言う"極東平和宣言"です──これは良しとしましょう。弱小国が生き残るには関わらないというのも生存戦略の一つですからね」
アクロは穏やかに告げると、途端に顔色を変えてカメラを、その先にいる日本人を睨みつけた。
「ですが──中立の立場であるはずの日本では数多くのインドラとの接近が確認されていました……このことを大アーサー帝は、深く憂慮していたのです!」
突然のアクロの怒号に松田は慄いた。
「再三の警告にも関わらず、日本政府はインドラとの交流を続け、あまつさえ技術供与まで受けていた……これはもはや帝国の敵と見なす他ありません」
アクロは悲しげに顔を横に振った。
「結果として、私が宣戦布告を行う手筈となり、太宰府ベースと足立を壊滅するに至ったのです──これは日本政府が招いた事態なのです」
アクロがそう言い終えると、松田は意を決したようにマイクを握り直した。
「閣下……質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
松田が尋ねると、アクロは穏やかな笑みを浮かべながら了承した。
「太宰府ベースは、閣下の宣戦布告の1分後に800発を超えるプラズマ・ミサイルが着弾したと日本政府は発表しております……そしてそのとき、閣下の乗っておられた大型潜水艦〈ウンブラー〉は、沖縄の海域にいたと……」
「ええ」
松田の言葉にアクロは頷いて返した。
「これが、どうもおかしいのです……沖縄から発射されたプラズマ・ミサイルが太宰府ベースに着弾するまでは、少なくとも5分以上かかります……閣下、申し上げにくいのですが、日本に対して宣戦布告する前に、攻撃を開始していたのでは……これは国際法上の──」
松田はあごから汗を垂らし、ふるえ声で尋ねた。アクロは発言を遮るように右手の人差し指を顔の前に出して横に振った。
「ノンノンノン……〈ウンブラー〉は去年完成したばかりの最新鋭艦でしてね、積まれている兵器はどれも未公表の最新型──到底あなたがスペックを知るはずもない」
「そう、ですか……では、閣下……足立を一夜で焼き尽くした……あの銀色のドローンも未公表の最新型、でしょうか」
足立の上空をドーム状に取り囲んで大量虐殺を行ったドローン兵器について松田は尋ねた。
「イエス。太宰府ベースを破壊した私は、日本政府に武装解除を提案しました。しかし、愚かにも彼らは拒否をした──それゆえ、足立の民は犠牲になったのです」
「……ッ」
アクロの言葉を聞いた松田は目を見開き、唇を噛んだ。
「ですがご安心ください。〈フライング・シルバー・トライアングル〉──通称〈F.S.T〉は、人道的配慮に基づいて開発された兵器です。彼ら彼女らは、一時も苦しむことなく、一瞬で〈焼却〉されたことを、ここにご報告いたしましょう」
「……では、もう一つだけ、お尋ねします」
笑みを浮かべながら告げたアクロの顔を見た松田は決死の覚悟で、事前に"質問してはいけない"と指定されていた事柄について踏み込むことにした。
「足立が攻撃された夜、東京全域が原因不明の停電に見舞われていました……また時を同じくして、首都防衛の要である"足立タワー"が機能を停止していたのです……このことについて、"冥眼衆"の関与を疑う声が──」
松田が"冥眼衆"の名前を口にした瞬間、カメラの映像が倒れるように暗転した。
そして1分後に再開されると、そこには松田の姿はなく、対面する椅子も片付けられていた。
「"日本領"の皆さん。すでに皆さんには選択の余地などないのです。日本は敗れ、大アーサー帝国の"一領土"となった──どうかこのことを心の底から理解し、各地での無駄な抵抗を止め、各企業はインドラとの関係を完全に断ち切ってください」
背後に6人の女兵士を並べ、脚を組んで座るアクロが、カメラに向かって静かに語りかけた。
「そして私、アクロ・ヌーンとともに輝かしい未来を掴み取りましょう。"日本領"の皆さんに、大アーサー帝と魔術師マーリンの祝福があらんことを」
アクロは穏やかにほほ笑みながらそう告げると、赤い瞳を妖しく光らせながら、白い手袋をつけた右手をカメラに向かって差し伸ばすのであった。