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16.鬼の宴

 全身に汗をかき、 恐怖に顔をこわばらせながら息を切らした桃姫が、三獣の祠の前を走り抜けていく。

 無我夢中で走り続け、村に続く赤い鳥居が見えてくるとその向こうから桃太郎が歩いてくるのが見えた。


「桃姫!?」

「父上ぇっ!」


 桃姫の姿に気づいた桃太郎が声を上げると、安堵感から堰を切ったように涙をこぼした桃姫が泣き叫んだ。


「父上ッ! 父上……! わあぁーん!」


 赤い鳥居の下で、倒れ込むように胸に飛び込んできた桃姫を抱きしめた桃太郎。


「桃姫、今の今まで蹴鞠してたのか? もう別れてから三時間経ってるぞ」


 尋ねる桃太郎に対して、桃姫は胸の中で泣きじゃくった。


「なんでそんなに泣いてる……迎えにきてほしかったのか?」


 泣き続ける桃姫に困惑した桃太郎は、頭を撫でて落ち着かせた。


「うっ……えうっ……」

「鞠は、どうした?」

「……なく、なっちゃった」


 桃太郎は桃姫が泣いている理由はそれだと納得した。


「そうか、でも大丈夫。なにが起きたのか正直に話せば怒られないよ」


 桃太郎のやさしい言葉にほだされて泣き止んだ桃姫。


「うん……それと」


 桃姫は山頂で遭遇した不気味な老人と大男について話そうとしたが、思い出すのも怖くなってやめた。


「……なんでもない」

「そうか……鼻水、出てるぞ。たくさん」


 目を伏せて桃姫が言うと、桃太郎は懐から手ぬぐいを取り出して桃姫の顔を拭った。


「家に帰ろう、桃姫。昼飯だ……それと、顔も洗おうな」

「……うん」


 桃太郎と桃姫は並んで歩き出すと、花咲村の自宅へと帰った。家では小夜が昼食の用意をしていた。


「……桃姫の絵本を見て、一つ気になった箇所があるんだ」


 家族三人で昼食をとっていると、桃太郎はふと口にした。


「お婆さんが川で会った老人……あの行者は、御師匠様であることはわかっている」


 桃太郎は箸を持ったまま、眉を曇らせた。


「しかし、御師匠様が連れていた従者の大男……私は、それを一度も目にしたことがないんだ」


 桃太郎は修行時代の記憶をたどりながら呟いた。


「別にいいんじゃないですか? 従者の人がいてもいなくても」

「ああ……でも」


 小夜のもっともな返しに桃太郎は納得したが、それでもまだ思うところがあった。


「お婆さんは、その従者が"鬼に似ていた"と、そう言っていたんだよな」

「……っ」


 桃太郎の言葉を耳にした桃姫は、慌てて『桃太郎の物語』の絵本を拾い上げて開いた。そこには、脳裏にこびりついて離れない、あの白装束の老人とふたりの灰色の大男が描かれていた。

 一方そのころ──役小角は呼吸を荒くした前鬼と後鬼を横目で見やって告げた。


「落ち着け。今宵の主役は、おぬしらではない」


 山道に形成された呪札門の中から、刀や槍で武装した鬼が次々と這い出してくる。その鬼は鬼ヶ島にいたような大鬼ではなく、人間と同じ大きさをした"鬼人"であった。

 肌は青黒く、眼は赤い。そして歪な赤い角がそれぞれの形で額から生え伸びていた。


「あとで好きなだけ暴れさせてやるでな……今宵はわしとともに大人しくしておれよ」


 役小角は、肩を揺らしている前鬼と後鬼をなだめつつ、鬼ノ城の広場から呪札門を通って途切れなく出てくる鬼人の軍勢を眺めた。


「わしだって、桃に会いたいのは山々なのだ……それをこうして我慢しておるのだからな」


 呪札門の向こう側から、毒々しい紫色の肌をした大鬼が近づいてくるのを見て、役小角は左手で片合掌を決めた。


「主役のお出ましじゃ」


 嬉しそうに言って、右手に携える〈黄金の錫杖〉の金輪をチリンと鳴らした役小角。

 呪札門をくぐれる限界の体躯を誇る大鬼は、頭を下げながら、ゆっくりと山道に這い出てきて頭を上げる。


「小角──本当にこの村に桃太郎がいるのだろうな?」

「いかにも。温羅の息子──温羅巌鬼うらがんき


 役小角はにんまりと笑いながら告げると、険しい顔をした巌鬼が背中に担いだ漆黒の大太刀〈黑鵬〉の柄を掴み、その重さを確認するように握り込んだ。


「ようやく……復讐が果たせるのか」


 黄色い鬼の目を細めた巌鬼が地鳴りのような低い声で言うと、呪札門の向こう側からしなやかな影が近づいてきた。


「む?」


 役小角が片眉を上げて呪札門を見ると、巌鬼も横目で見やった。

 蛇のようにするりと呪札門をくぐり抜けて現れた妖艶な女性。青いマムシと赤いアゲハ蝶が描かれた紫色の着物からは、きめ細やかな白い肌が覗いていた。

 艶やかな深緑色の長い髪はゆるくまとめられており、銀のかんざしを三本差していた。美女──確かにそう形容できるが、その額の左側からは真紅の鬼の角が生え伸びていた。


鬼蝶きちょう殿も、今宵の宴に参加なされますかいの?」

「ふふふ。鬼の宴に参加しない鬼女がどこにおりまして?」


 笑みを浮かべる鬼蝶の細められた目元には、鬼の特徴である黄色い眼球が光った。


「かかか。いよいよ信長公に似てきましたな」

「それは、褒め言葉と受け取ってもよろしいのかしら」

「無論──かかか!」


 笑う役小角に鬼蝶は気だるげにほほ笑んで返した。


「それで、鬼の宴とやらはいつ始める」


 〈黑鵬〉の柄から手を離した巌鬼が太い両腕を組みながら尋ねた。


「宴は夜に執り行うと相場が決まっておる──ほれ、陽が落ちてきとるじゃろ……もう少しの辛抱だわいの」

「そうよ、巌ちゃん。ご飯も我慢してから食べたほうが美味しくいただけるでしょう? それと同じよ」


 落ち着かない様子の巌鬼をなだめるように言った鬼蝶の整った顔を巌鬼はギロリと睨みつけた。


「俺を子供扱いするな……鬼ヶ島首領だぞ」

「あら、怖い」


 苦笑した鬼蝶は着物の袖からキセルをすっと取り出して、慣れた手つきで着火して紫煙をくゆらせた。

 巌鬼と鬼蝶の様子を見た役小角はいつもの笑みを浮かべると、呪札門から出てきた最後の鬼人の姿を確認した。


「これですべて出揃いましたのう」


 役小角が言うと、巌鬼が木の幹に寄りかかりながら鬼の牙が伸びる口を開いた。


「……役に立つとは思えん。所詮、鬼の出来損ないだ」


 役小角は首を横に振って返し、〈黄金の錫杖〉を掲げて、山道に居並んだ鬼人の軍勢を示した。


「そう侮るでない。この鬼人兵。知恵が働き、集団戦が得意じゃ……そこいらの足軽よりは、はるかに強いでな」

「……そうかい。まぁ期待はせん。俺と鬼蝶だけで村は破壊できる」


 巌鬼の言葉を聞いた鬼蝶は、沈む夕日に紫煙をふぅと吹きかけた。


「寝起きだから、あんまり無理はさせないでほしいんだけどね」

「女子供の悲鳴を聞いた瞬間、お前の理性が吹き飛ぶのを俺は知っている」


 気だるげに言った鬼蝶に対して、巌鬼が返した。


「あら……私のこと何でも知ってくれてるのね? 嬉しいわ──巌ちゃん」

「その呼び方をやめろ!」

「かかか」


 笑った役小角は、〈黄金の錫杖〉で地面をついた。三つの金輪がチリンと鳴った瞬間、呪札門から紫光が失われ、つながりが解けてバラバラと崩壊する。

 地面に落ちた呪札の群れを役小角が〈黄金の錫杖〉でトンと突くと、一斉に燃え上がり、秋風に吹かれて舞い上がった。


「さぁ、夜がくるぞ──待ちに待った鬼の宴の幕開けじゃ」 


 漆黒の眼を細めた役小角は、赤い太陽に吸い込まれていく呪札の灰を見上げながら告げるのであった。

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