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8.無瀬舞鴒

 セレンがピンク色に照らされるトンネル内を見回していると、奈塚が声をかけた。


「セレン、地下特区にきたことは?」


 セレンは首を横に振った。


「お姉ちゃんが、危ないから行っちゃいけないって……でも、お姉ちゃんはツーリングに行ったことがあるみたいで、部屋に地下特区のペナントが飾られてました」

「ははは……でも千の言う通り、ここはよほどの理由がない限り近寄らないほうがいい。なんせ、"冥眼衆"の縄張りだからな」


 奈塚が前方を見やると、トンネルの終わりが緑光を放ちながら近づいてくる──そしてトンネルを抜けると、エメラルドグリーンに輝く広大な都市空間が眼下に広がった。

 摩天楼が密集し、その間を縫うように何層ものハイウェイが張り巡らされている。地上とつながるメトロも光のラインを残して超スピードで往来していた。


「すごい……」


 東京の地下に広がっている未来都市の様相にセレンは思わず呟いた。


「元々ここは、都民用のシェルターとして開発が開始されたんだ。地盤の固い武蔵野台地に自動掘削マシンによって穴を掘るって形でね」


 奈塚がセレンの肩越しに言うと、今も岩盤を削り続けている黄色い自動掘削マシンの姿をセレンは見た。


「東京に生まれた新たな土地……しかも何処までも拡張されていく土地となったら、ヤクザが目をつけないわけがない。結果として地下特区は、"冥眼衆"の庭と化したわけだ」


 ディピティが走るハイウェイの下で、ネオンをまとった巨大な観覧車が回っていた。

 観覧車の外面にはバニーガールが投げキッスをする映像とキャバレーの広告が流されていた。


「しかし、人間の欲望のタガを外すと、こんなソドムが出来上がるのかね」

「目がチカチカして痛いです」


 セレンはハイウェイから見下ろすあまりの都市のド派手さに軽いめまいを覚えた。


「まぁいいや。さっさと目的果たして、こんな堕落した地下都市とはお別れしよう」

「はい」


 セレンはメット内のディスプレイに表示された赤い点を視線で追った。そして、ハイウェイの伸びる先、三つ又に分岐したインターの右側に向かってディピティを加速させた。

 大通りに降りてみると、ハイウェイから見下ろした未来都市の姿とは打って変わって、剥がれたペンキと錆びた看板が乱立する、雑然とした下町の光景がセレンの前に姿を現した。


「現実はこんなもんだよ」


 奈塚が鼻で笑いながら告げた。道路のゴミにげんなりしながらも、セレンは赤い点を追って路地へと向かった。

 ハイウェイの構造体を支える巨大なコンクリートの壁に囲まれた薄暗い路地裏、その先でセレンは〈フォルネウス〉の姿を目撃した。


「止まって」

「はい」


 セレンはディピティを停止させ、壁に向かって腹部のアームを伸ばす〈フォルネウス〉の様子を距離を取りながらじっと窺った。


「なにやってんだ」


 奈塚が眉を寄せて呟くと、〈フォルネウス〉はモノアイを光らせながら壁の中に吸い込まれるように消えていった。


「……え」


 その光景を見たセレンが思わず声を漏らすと、奈塚はにやりと笑みを浮かべた。


隠蔽壁ヒドゥン・ウォール……」


 奈塚はハイウェイを支える灰色の壁面を見上げながら感心したように呟いた。


「軍事機密レベルの技術を、こんなところで使うなんてね……セレン、私たちとんでもない大物を釣り上げたかもしれないよ」


 〈フォルネウス〉が消えた壁の前までディピティを走らせたふたりは、降りながら壁面を見回した。

 ヒビ割れて薄汚れた壁には、新メニューを紹介するピザ屋のチラシや、新装開店したキャバレーの宣伝ポスターなどが雑多に貼られていた。


「ふーん……」


 ポスター群の中央に貼られた"冥眼衆"の人員募集ポスターを注視した奈塚は不敵な笑みを浮かべた。

 "奪われる前に奪え"という過激なスローガンが書かれたポスターに描かれた紫色の一つ目ヘビ、その瞳の中央に印された"冥"の文字が古いポスターにしてはやけに赤い色を帯びていた。


「セレン、〈メデューサ〉を頼む。ディピティは周囲を警戒」

「了解」

「ラージャ」


 セレンは左手首の赤い"トゲ"を摘んで、ナノテクワイヤー〈メデューサ〉をビーッと引き伸ばした。

 ディピティは車体から四つの銃口を突き出すと、赤いヘッドライトで路地を走査して警戒モードに入った。


「博士、お願いします」


 〈メデューサ〉の"トゲ"を一つ目ヘビの"冥"の文字にプツッと挿し入れたセレンが告げる。


「OK……四重のロックだけど、セキュレベはそこまで高くない……」


 奈塚は〈メデューサ〉を壁に挿し込んだセレンの隣で赤いサングラスを光らせながら両手の指を宙に滑らせた。


「……行けそうですか?」

「〈ビシャモン〉ハックするよりは楽……よし、始めよう。4つ数えて」


 尋ねたセレンに奈塚は答えると、セレンはカウントを開始した。


「──4──3──」


 セレンのカウントの中、奈塚は高速で両手の指をスライドさせ、四重の防護壁を1秒1枚の速さで突破していく。


「──2──1──」

「成功」


 セレンがカウントを終えようとした間際に奈塚が声を発した。その瞬間、一つ目ヘビの"冥"の文字を中心にして波紋が立つように壁面がうねった。


「んじゃ、お邪魔するとしようか」


 笑みを浮かべた奈塚にセレンが頷いて、"トゲ"を外した〈メデューサ〉を左手首に回収する。


「ディピティ、先行して」

「ラージャ」


 奈塚に促されたディピティは、四丁のマシンガンを車体から展開したまま、隠蔽壁の内部へと慎重に走行を開始した。

 ディピティの姿が完全に壁の中に消えたのを確認した奈塚は、左手を揺れる壁の中に突っ込みながら、セレンに告げた。


「ドンパチの準備、しておきな」

「はい」


 セレンは答えると、隠蔽壁の内部に入っていく奈塚の姿を見届けながら、右ふとももを展開して〈タオガン〉を取り出し、右手に握りしめた。

 奈塚の姿が壁の中に消えると、セレンは路地裏に誰もいないことを確認してから自身も隠蔽壁の内部に足を踏み入れた。


「──デヤッ! リャァアアッ!」


 真っ白なトレーニングルーム。黒い髪をポニーテールに結び、紫色のボディスーツを身にまとったVRゴーグルをつけた少女がひとり。両手に構えた二振りの刀を縦横無尽に振るっていた。


「ハァッ! デリャアアッ!」


 トレーニングルームの壁面モニターには仮想空間が映し出されていた。廃墟のビルを舞台に、武装した六人の黒服が少女を囲んでいた。

 右から刀を振り下ろす者、左からハンマーを振り上げる者──少女は目まぐるしく動き回り、すべての攻撃を紙一重でかわしていった。


「フッ! ハァアアッ!」


 上段からの一撃を受け流し、回転しながら反撃に転じる。汗のしずくを飛び散らせた少女は、二振りの刀で黒服を斬り裂いて次々と消滅させていく。

 前方の黒服がショットガンを向ける。発砲の瞬間、少女は身体を大きく仰け反らせた。ばら撒かれた銃弾が頭上を通り過ぎ、背後に立つナイフの黒服に命中して消滅させた。


「フィニッシュ──!!」


 声を張り上げて跳躍した少女は、両手の刀をX字に斬り上げると、最後に残っていたショットガンの黒服を消滅させた。

 その瞬間、"MISSION COMPLETE"の文字ととともにファンファーレが鳴り響いた。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 少女は肩で息をしながらその場に正座して座ると、両手に握っていた刀を床に置いた。

 そしてVRゴーグルを顔から外し、青い瞳を開いてトレーニングルームの壁面モニターを見上げた。


『プレイヤーネーム:ブレイド・ダンサー。難易度:アルティメット。スコア更新:6049点。世界ランキング:4位維持』

「はぁ!?」


 少女は、女性のシステム音声が読み上げるリザルト画面を睨みつけて声を荒げた。


「この完璧な動きでまだ4位!? 上位3人絶対チート使ってるでしょ!」


 少女は壁面モニターを指さしながら抗議すると、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「あるいは開発者……馬鹿らしい」


 少女は吐き捨てるように深く息を吐いてから立ち上がり、トレーニングルームの入口に置いていたハンドタオルとウォーターボトルを手に取った。

 首にかけたハンドタオルで汗をぬぐい、ウォーターボトルの飲み口を咥えて水を飲みながら自動扉からリビングルームに出た。


「ああ、帰ってたのね……お疲れ、〈フォルネウス〉」


 少女はリビングルームに置かれているメンテ・ドッグに背面をつなげている〈フォルネウス〉に声をかけた。

 〈フォルネウス〉はモノアイを静かに明滅させて返事すると、少女の足元に一匹の黒猫が近づいてきて体をこすりつけながら鳴いた。


「……ヨル、おやつならさっきあげたでしょ」


 少女が黒猫に言いながらリビングルームからダイニングキッチンへ足を運ぶと、予期せぬ光景に息を呑んだ。


「──いい"おうち"に住んでるな?」


 黒い大理石のテーブルに並んだ椅子。その椅子の一つに脚を組んで腰かけた奈塚が少女に声をかけた。


「……ッ」


 少女の右手が咄嗟に耳元に向かう。しかし、その動きは途中で止まった。背中に押し当てられた冷たい金属の感触が、彼女の動きを制していた。


「誰も呼ばないで」


 少女の背後に立ち、右手に握った〈タオガン〉の銃口を突きつけたセレンが冷たい声で告げた。


「まさか襲撃者の正体が……総裁のひとり娘だったとはね」


 奈塚は苦笑して言いながら、テーブルに置かれていた猫用おやつの乾燥ササミを摘み取って足元にパララと落とした。

 黒猫のヨルは嬉しそうに奈塚の足元に駆け寄り、喉を鳴らして食べ始める。


「…………」


 顔を伏せた少女はその様子を歯噛みして見届けると、奈塚は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


「さて、舞鴒ぶれいちゃん──私のラボを破壊した"落とし前"……どうつけてくれるのかな?」


 低い声で告げた奈塚の赤いサングラスが妖しく光り、無瀬舞鴒の青いサイバネ・アイを鋭く射抜くのであった。

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