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7.東京地下特区〈TO-GEN-KYO〉

 途方に暮れた奈塚の前にディピティが近づいてくると、目のように見える二つ並んだ赤いヘッドライトを静かに明滅させた。


「……慰めならいらないよ、ディピティ」

「博士!」


 奈塚がため息混じりに呟いたとき、セレンが声を上げた。


「私の視界に赤い点が……! 方角と距離も表示されました!」

「え?」


 奈塚が声を漏らすと、ディピティは仮想V8エンジンを吹かしてブルンと重低音を鳴らした。


「トレイサーシグナル、アクティベート」


 ディピティが告げると、天井から糸を伝ってするすると降りてきた小型のクモ型ボットがフロントカウルの上を歩いた。


「トレイサーボット!? あんた、あのドサクサの中でヤツにくっつけたってわけ!?」

「イエス、ドク」


 サングラスをかけて誇らしげな絵文字を表示したディピティ。奈塚は感激しながらディピティの青い車体に抱きついた。


「あんたってほんと神バイク! セレン、ヤツを追いかけるよ──ほら、運転して! 後ろに乗るから!」

「はい……!」


 奈塚に促されたセレンがディピティのシートに跨ると、その背中に抱きつくようにして奈塚が座った。


「セレン、ヤツの位置は?」

「10時の方角、距離は24キロです」

「よし、追いつけそうだ……さぁ、行って!」


 奈塚はセレンの肩越しに声を上げた。ディピティは壁に開いた大穴に車体を向ける。


「ここ七階ですけど……行けますか?」

「なにいってんの、あんた高層ビルから飛び降りてるじゃん」


 奈塚はセレンの横顔を見ながら唇を尖らせた。


「いや、私はいいんですけど……」

「だったら私もいいよ。しっかりしがみついてるから、ほら、バァーンと行っちゃって!」


 セレンは、奈塚の顔をミラー越しに見ながら困惑するも、この博士は一度やると言ったら引かないことを知っているため、ブレーキをかけながらアクセルを回してエンジンを吹かした。


「本当に、手を離さないでくださいね」

「あいよ!」


 ブレーキを解除して一気に時速150キロまでスピードを上げたディピティは、鞍馬ビル最上階から飛び出し、上空を舞った。

 体を持ち上げたセレンはハンドルを操作しながら、両脚でディピティの車体を挟み込んでバランスを制御すると、後ろの奈塚の体が完全に宙に浮いているのをミラー越しに目撃した。


「セレン、落ちるッ!」


 黒衣と緑髪を風にはためかせながら慌てふためいた奈塚は、セレンの腰にしがみついて叫んだ。


「博士がやらせたんでしょ……!」


 セレンは呆れながら、ディピティの車体を空中でひねって大通りにドスンと着地させた。


「ぎゃあ!」

「……ッ!」


 後ろで悲鳴を発した奈塚の無事をミラーで確認したセレンは、着地の勢いそのままに、ギャリギャリギャリと強化タイヤでアスファルトを削って火花を散らしながら、大通りを走り出した。


「……やっば、ケツが割れるかと思った」


 奈塚が声を漏らすと、セレンは苦笑した。法定速度で走る自動運転車を次々と追い越していき、視界に表示される赤い点に向けてディピティを疾駆させた。

 〈フォルネウス〉を追って文東区から栄宿区に入ると、奈塚がセレンの腰から右手を離し、耳に指を当てて通話を始めた。


「あー、水谷、私だ。今さっき、鞍馬ビルが襲撃された。ビルの周りに人が集まってたから、騒ぎが大きくなる前にそっちで処理しておいてくれ」


 水谷と呼んだ通話相手は不在らしく、奈塚は一方的に用件を伝えると、建ち並ぶ商業ビル群の隙間からのぞく青空にちらちらと見え隠れする〈フォルネウス〉の姿を確認した。


「私とセレンは、襲撃犯を追跡中。十中八九"冥眼衆"の関係者だが、これからキツいお仕置きを──あー、落ち着いたら連絡する。鞍馬ビルの件、よろしく」


 通話を切った奈塚は再びセレンの腰を掴んだ。セレンはミラー越しに奈塚の顔を見ると、初めて耳にした名前について尋ねた。


「水谷さんって……どなたですか?」

「ん? ああ、大学時代の友達だよ。今、警視庁のトップやってる」

「…………」


 奈塚の返答にセレンは唖然として前を向く。奈塚は長い緑髪を風になびかせながら賑やかな街並みを眺めつつ、口を開いた。


「〈東京奪還〉の話をしたら協力してくれて、鞍馬ビルを提供してくれた。このディピティも水谷の愛車だったんだよ」

「……博士のこと、信頼されてるんですね」


 セレンは、値がつけられないほどの高性能を持ち合わせている大型軍用バイク・ディピティの車体を見やった。


「学生時代に一回告られたけど、曖昧に流したんだよね……たぶん、今でも私に惚れてるんじゃないかな」


 奈塚が遠い記憶を思い出すと、警視庁最上階の黒椅子に腰かけた全身が高度にサイボーグ化された男・水谷がコーヒーカップを片手にくしゃみをした。

 セレンと奈塚は〈フォルネウス〉を追いかけ続け、栄宿区を横断して西部区に入った。


「止まる気配がないですね」

「このまま多摩まで連れてく気じゃないだろうな」


 悠々と青空を飛ぶ〈フォルネウス〉の姿を見上げたセレンと奈塚が愚痴るように呟いた。

 華やかで都会的だった街並みが、西へ向かうにつれて閑静な住宅街に移り変わっていく。長い坂を登っているそのとき、セレンが声を上げた。


「あ、降りていきます!」


 メット内のディスプレイで、赤い点が一気に高度を下げるのを見るセレン。それと同時に〈フォルネウス〉の姿が坂の上の空から消えた。


「ここらに"おうち"があるみたいだね」


 いじわるな笑みを浮かべた奈塚。坂の頂上まで登ると、セレンはディピティを停止させた。

 坂の下に伸びる二つに分岐した幹線道路。左の先には"地下トンネル"の入口がつながっていた。


「あれは……」


 呟いたセレンの肩越しに顔をのぞかせた奈塚が、入口上部の〈TO-GEN-KYO〉の文字を見て嘆息した。


「……あー、すっかり忘れてた……そうか、こっちにも入口ができたんだった」


 奈塚は言うと、高度を下げた〈フォルネウス〉が吸い込まれるようにピンク色の光を放つ"地下トンネル"の中に入っていくのを見た。


「セレン、どうやらヤツの"おうち"……地下特区にあるみたいだ」


 地下特区──2050年に打ち立てられた"東京大八区計画"によって、央都区・文東区・栄宿区・北部区・東部区・南部区・西部区とともに新しく設けられた区画。


「了解しました──私たちに"後退"の文字はない」

「あいよ」


 セレンはディピティのアクセルを回した。巨大な鬼が大口を開けているようにも見える〈TO-GEN-KYO〉の入口へと坂を下って突入するのであった。

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