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3.あとは姉ちゃんに任しな

 セレンは大扉の前に駆け寄ると、サイバネ化された左手首の内側にある赤い"トゲ"を右手で摘んだ。

 ビーッと引き伸ばし、赤光するワイヤー先端の"トゲ"を、一つ目蛇の"冥"の文字に向けた。


「博士。ハッキングを」

「──その必要はないみたいよ」


 奈塚が告げると、ガコンという音が響いてから、ブゥンと電子的な音を立てて、黒い大扉が左右にスライドしていく。


「──中に入れってさ」

「……罠ですね」

「──当然。でも行くしかない。『ベクター・サン』でいうところの第七話、"卑劣、アリ地獄男爵"と同じ状況だよ」


 セレンはメット内で苦笑を浮かべた。この期に及んで特撮の話をするとは──奈塚博士らしいと思った。

 "トゲ"を摘んでいた指を離して、左手首の中にスルスルと収納していく。


「太陽の貴公子に"後退"の文字はない……前進します」

「──あいよ」


 奈塚との通信を終えると、セレンは大扉の奥──冥眼ビルの最深部へと足を踏み入れた。

 カツ、カツ、とセレンが歩く度に硬質な音が鳴って反響する銀色の廊下──その先へ進むと大ホールの空間に飛び出した。


 青光が空間を照らし、金属の冷気に満たされている大ホール。前面には"冥眼衆"のシンボルマークが描かれた巨大な鋼色の壁がそそり立っていた。

 その壇上で高度にサイバネ化された五人の幹部〈五人囃子〉が並び立ち、さらにその上の大椅子に巨漢のサイバネ男──無瀬無頼が腰かけていた。


「……侵入者の個人情報を即座に特定し、わしに転送しろ」


 無頼は低い声で指示を出すと、〈五人囃子〉が忙しなく手元に表示された空間ディスプレイを操作し始めた。

 頭に烏帽子型のサイバネウェアを被り、平安時代の貴族を思わせる服をまとった青白い顔をした〈五人囃子〉。そのひとりが甲高い声を発する。


「分析完了しました」


 武頼は転送された情報を確認したあと、大椅子を軋ませながら、大ホールに立つ侵入者・セレンを見下ろした。


「北部区足立町在住、木乃蓮……ふん、足立の"生き残り"か」

「…………」


 判事と裁判官が高台から被告人を見下ろす──まるで裁判所のような冷たい空間で、セレンは黙ったまま、ただ一点、冥眼衆総裁・無瀬武頼を睨みつけた。


「火事場から逃げ出した小ネズミが、愚かな復讐に駆り立てられたというわけか」


 武頼がサイバネ化された眼球を妖しく紫光させると、居並んだ〈五人囃子〉も眼球を紫光させ、一斉にセレンに向けてハッキングを仕掛けた。


「グあああ!」


 最初は針で脳を刺されるような痛み。だが次の瞬間、脳髄を焼く激痛に変わった。セレンの視界が歪み、平衡感覚が崩れかけた。

 "冥眼衆"──日本を暴力とドラッグで支配、管理、弾圧し、"帝国"に対する民衆の抵抗運動を無力化するサイバネヤクザ集団。

 日本人を裏切り、全面的に"帝国"に協力することで敗戦後の日本の中枢に食い込み、その地位を確固たるものとした外道の集団。


「出力を上げるぞ──オン!」

「御意に──ヌン!」


 武頼のかけ声に〈五人囃子〉が応えた。より激しく紫光させた眼球でセレンの護心壁を突き破り、"心"に向けてハッキングの魔手を伸ばす。

 これはただのハッキングではなく、〈マインド・ハック〉である。相手の"心"が崩壊するほどの苛烈な精神攻撃を仕掛け、屈服させ、服従させる──それはまさしくサイバネヤクザが好むやり方であった。


「あああッ!!」


 セレンは悲鳴のような絶叫を発すると、その場に両膝をついて、糸の切れた人形のように前方に倒れ込んだ。

 その姿を見た〈五人囃子〉は嗜虐的な笑みを浮かべ、武頼は勝利を確信し、満足げに頷いた。機械化された右手がボウルの中のチョコレートキューブを掴む。ドラッグの甘い香りが鼻腔をくすぐり、彼の唇が歪んだ


「タイムアップ。足立の小ネズミよ、貴様の負けだ」


 武頼はドラッグ入りのチョコレートを味わいながら倒れ伏して動かなくなったセレンに告げた。

 銀色の通路からライフルを構えた四人のサイバネヤクザが大ホールに走り込んで来ると、その後に続いて〈ビシャモンMk.4〉と呼ばれるマシン・ゴーレムも大ホールに姿を現した。

 サイバネヤクザは沈黙したセレンの前方に展開すると、ライフルの銃口を一斉に向けた。〈ビシャモンMk.4〉もアームガトリングの砲口をセレンに向け銃身をキュルキュルと空転させ始める。

 そのとき、セレンのメットに表示された赤丸の双眸が一本の赤い横棒に切り替わった。


 ──DYNAMO・SYSTEM・STANDBY──。


 メット内のディスプレイに赤く表示された瞬間、セレンの意識がシャットダウンされ──"蓮"は、自分が赤い砂浜に立っていることに気づいた。


「お姉ちゃん」


 翡翠色の波を背にして、赤い砂浜に立つロングヘアーの少女の背中に向けて蓮は声をかけた──ディスプレイに〈5〉と表示される。


 ──蓮、もう大丈夫。


 翡翠色の波がザザザと音を立てて持ち上がり、砂浜に細かい飛沫が降りかかる。少女は背を向けたまま、蓮に告げた──ディスプレイに〈4〉と表示される。


 ──あとは。


 少女がゆっくり振り返る。そ声は波音に溶けるようにやさしく、しかし確固たる意志に満ちていた──ディスプレイに〈3〉と表示される。


 ──姉ちゃんに。


 壁のようにそそり立った翡翠色の大波を背に、不敵な笑みを浮かべたロングヘアーをなびかせる少女──ディスプレイに〈2〉と表示される。


 ──任しな。


 少女──蓮の姉である"千"が両眼を赤く輝かせながら口が裂けるほどの笑みを浮かべると、ディスプレイに〈1〉と表示される。

 その瞬間、"セレン"の胸奥に並んだ"千と蓮"の2つの心臓がドッ、ドッ、ドッ、と激しく脈動し始める──。


 ──DYNAMO・SYSTEM・ACTIVATE──。


 メット内のディスプレイに赤々と表示された瞬間、セレンが突如として動き出し、右手を肩部の柄に当てると、引き抜きながら赤光するプラズマ・ブレードを四人のヤクザの膝目掛けて振り払った。


「ぐおッ!?」


 奈塚が開発した灼熱の刃〈カグツチ〉が四人の膝を同時に斬り裂く。焼ける肉の匂いと鮮血が空気を染め、ヤクザたちの絶叫が壁に反響した。

 切断面から立ちのぼる煙が、セレンの姿を幻影のように揺らめかせる。


 戦闘開始を検知した〈ビシャモンMk.4〉が、ギュイーンと音を立て、アーム・ガトリングの銃身を高速回転させた。

 セレンは両手両足で床をダンッと押し飛ばし、天井に向けて跳躍した。


 ズガガガガガガッ──猛烈なガトリングの銃弾が天井に飛びついたセレンに向けて連続して放たれる。

 天井に着地したセレンは、そのまま天井を走って後ろから追いかけてくる大口径弾の雨を逃れた。


「っ!?」


 武頼の顔から血の気が引いた。口の端からドラッグ入りチョコレートがぽたりと落ち、白いスーツに茶色い染みを作る。

 機械化された両眼が驚愕に見開かれ、紫光が不規則に明滅した。事ここに至ってようやく、侵入者がただのサイバネ少女ではないことを理解した。


「博士、ハッキングよろしく」


 その声には先ほどまでの緊張感は微塵もなく、まるで散歩でもするかのような軽やかさがあった。

 姉の千と妹の蓮、一つの体に二つの心──これこそが"千蓮"──復讐のサイボーグ戦士ブラック・セレンの本質であった。


「──いつでもどうぞ」


 奈塚の返答を聞いたセレンは、大ホールを支えている銀柱に手をかけ、勢いそのままグルッと回転しながら〈ビシャモンMk.4〉に向けて左手を伸ばした。

 プシュッと左手首から射出された"トゲ"つきの赤いワイヤーが〈ビシャモンMk.4〉の首筋に突き刺さる。

 バチバチと電撃が走り、"冥"の文字を紫光させていたモノアイが一瞬激しく明滅すると、赤光する"奈"の文字へと切り替わった。


「……おい、嘘だろ」


 サイバネヤクザが慄きながら呟いた。奈塚に乗っ取られた〈ビシャモンMk.4〉は、セレンに向けていたアーム・ガトリングを足を失った四人のヤクザに向け、銃撃を開始した。

 セレンはワイヤーを回収しながら〈ビシャモンMk.4〉の平たい頭に飛び乗る。赤い横棒が不敵にカッと光ると、まるで弾丸のような勢いで銀壁の壇上目掛けて跳躍した。その姿は、まさに復讐の化身そのものだった。


「ひぃッ!」


 眼前に着地したセレンの姿を見て、壇上に居並んだ〈五人囃子〉が甲高い悲鳴を上げながら一斉に後ずさりした。

 セレンは黒いボディスーツの胸元を赤く輝かせると、波紋を稲妻のように全身に伸ばしていった。

 赤い波紋は頭部まで走ると、メットの左右から六枚のフィンが"たてがみ"のようにカシャッと展開された。

 そしてその瞬間──赤い横棒が見開かれるようにグッと広がり、一つの大きな赤い丸へと"開眼"した。


「あぁッ!」


 赤く染まったセレンの異様を目にした〈五人囃子〉は、恐れ慄いて逃げようとした。


「──逃げられないよ」


 呟いたセレンは、右手に握ったプラズマ・ブレードのトリガーを引き絞り、赤光するプラズマ粒子の収束刃を最大出力で伸ばした。

 駆け出したセレンの刃が最初のひとりを捉える。烏帽子が二つに裂け、平安装束が燃え上がった。残る四人は恐慌に陥り、もつれ合うように逃げ惑うが、3000度のプラズマが次々と背中を斬り裂いていく。

 セレンは、〈五人囃子〉をまたたく間に葬りながら、大椅子に鎮座する"冥眼衆総裁"のもとまで壇上を一気に駆け上がった。


「……貴様、何者だ」


 怯えながら声を上げる無頼に向けて、セレンは左手のひらを突き出した。左腕に充填していく黄金の粒子──三枚のフィンがパカ、パカ、パカ、と呼吸するかのように開閉し、大気中のエネルギーを吸収していく。


「足立の黒鬼──ブラック・セレン」


 セレンは黄金の粒子をあふれ出させながらそう告げると、黒角が伸びるメットに"DYNAMO"の文字を赤々と表示させた。


「ダイナモ・バスタァアアッ──!!」

「がッ、はァアアッ──」


 セレンの雄叫びとともに放たれた黄金の奔流は、極光の渦となって武頼の巨漢に降り注いだ。

 武頼の巨体が極光の中で分解されていく。機械化された全身のパーツがほつれるようにとろけ、最後には断末魔の絶叫だけが残響となって轟いた。

 まばゆい閃光が大ホールから消えると、セレンの前面には大穴が開き、武頼は大椅子ごと跡形もなく消え去っていた。

 大穴の向こう側には、東京の夜景がネオンを輝かせていた。


「──悪漢、死すべし──」


 目を二つの赤丸に戻したセレンが〈カグツチ〉の柄を肩部に差しながら吐き捨てるように言うと、60階からの夜景が広がる大穴目掛けて跳躍した。

 宙空に飛び出したセレンは軽やかにひるがえり、左手首からワイヤーを飛ばした。

 冥眼ビル30階の壁面に"トゲ"を突き刺し、ワイヤーを伸ばして減速しながら冥眼ビルの外壁を降下していった。


「おまたせ、ディピティ」


 着地したセレンはわずかに息を整えてから、帰りを待っていたディピティに声をかけた。

 ディピティはサイバネヤクザを皆殺しにした割には汚れておらず、青い車体を月明かりに反射させていた。


「ライド、ベイビー」


 男性の機械音とともに"RIDE,BABY"とフロントカウルに点滅させたディピティ。セレンはシートに跨がりながらメット内で呟いた。


「ベイビーじゃなくて、レディって呼んで」


 セレンはスロットルを全開で回すと、最上階に大穴の穿たれた冥眼ビルから颯爽と走り去るのであった。

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