2.必殺、ダイナモ・バスター
「……今日、"組"に加入したばかりなんです、幼馴染の、こいつと」
太った男は、幼馴染の亡骸を見下ろしながらふるえる声でセレンに訴えた。
「そう」
〈タオガン〉のシリンダーを閉じたセレンは、数字が60に近づいていく上部のパネルを見ながら冷たい声で返した。
「……奪われるくらいなら奪う側に回ろうって、だから……」
男の声はふるえ、最後は嗚咽に変わった。セレンに銃口を押しつけられた肥えた背中に黒い汗じみが浮き上がっていく。
チーンという甲高い音とともに、松の絵が描かれた黄金の扉が左右に開かれた瞬間──銃弾の雨がエレベーター内に向かって注ぎ込まれた。
「っ」
ドチュドチュドチュ──声にならない声を発した男は、その体に無数の小口径弾を浴びた。
またたく間に"蜂の巣状"になっていく男の肥満体を肩で支えて盾にしたセレン。
銃弾の雨が途切れた刹那、セレンは穴だらけになった男の亡骸を肩で押しのけると、白い長廊下に居並ぶ4人のサイバネヤクザに向けて〈タオガン〉をぶっ放した。
ドゥンドゥンドゥンドゥン──低い銃声とともに連続して放たれた大口径弾は、サブマシンガンの弾倉を取り替えていたヤクザの頭部に次々と命中して、赤い花を咲かせ白い通路を染め上げた。
セレンは〈タオガン〉を両手で構えたまま長廊下に飛び出した。振り返ることなく、加入当日に命を失う羽目になったふたりに向けて言葉を告げる。
「お願いだから、次はもっと賢く生きて」
セレンは憐れみを込めてそう言い残すと、冥眼ビル最上階の長廊下を歩き出した。
長廊下の突き当りには、日ノ丸の中央に紫色の蛇が描かれた黒い大扉が見えていた。蛇は一つ目で、その瞳に"冥"の文字が刻まれている。
「……無瀬武頼」
セレンは大扉を睨みつけながら、その奥で待ち構えているであろう"冥眼衆総裁"の名を呟いた──次の瞬間。
「──ダラァアアッ!!」
野太い雄叫びが響いた瞬間、脇の暗い通路から全身を高度にサイバネ化した大男が現れた。
「……ッ!?」
大扉に注意を向けていたセレンは、影から飛び出してきた大男に完全に虚を突かれた形となった。
〈タオガン〉の銃口を向けること叶わず、屈強なサイバネアームで拘束され壁に叩きつけられる。
「グっ!」
壁に叩きつけられたその衝撃で、セレンは〈タオガン〉を手から落とした。
「やってくれたのう、姐ちゃん!」
白いスーツに身を包んだ大男が吼えた。露出した首筋から両手まで、鈍い銀色のサイバネスキンが下品に光っている。
「わしの組員を皆殺しにするたァ、いい度胸しとるやないか!」
「ぐッ……ぐっ!」
セレンがメット越しに男の顔を凝視すると──冥眼衆・裏安組組長・裏安康寺──という個人情報がディスプレイに表示された。
「新入りまで殺しおってからに! 死にさらせい、ワレぇッ!」
咆哮を放った裏安は、床が削れるほどに踏ん張りながら、小柄なセレンの体を全力で壁に押し込める。
あまりの質量に対して、壁にはメキメキとヒビが割れ始め、メットを被ったセレンの頭がグググと壁にめり込み始めた。
「なんじゃあッ! おどれもサイバネ化しとるかァッ! どうでもええわいッ! はようぶっ潰れろやァッ!」
セレンがまだ耐えていることに、裏安は苛立った。鋼鉄で造られたアゴを閉じ、人工ダイヤモンドの歯を固く噛みしめながらさらに力を込めた。
──その間、セレンの左腕で起きている"異変"を、裏安は気づくことができなかった。
「おらッ! ぶっ潰れろォオオッ!」
メキメキと音を立てながら壁に埋め込まれていくセレンの頭部。裏安は左手でセレンの右腕を押さえ、右手でセレンの頭を壁に押し込みながら、怒号を発してセレンを粉砕しようと試みた。
しかし、そこでようやく裏安は異変に気づいた──セレンの左腕が黄金の光を放ち、三枚の"フィン"が、パカッ、パカッ、パカッと腕から開いたのだ。
「……なんじゃ?」
裏安が呟くように声を漏らすと、セレンは黄金に光る左手のひらを裏安の脇腹にグッと押し当てた。
その瞬間、三枚のフィンが完全に開ききって、左腕の内部から極光粒子が迸った。
「──ダイナモ・バスタァアアッ!!」
それまで沈黙に徹していたセレンが大声を発すると、極光粒子が波となって手のひらから撃ち放たれた。渦を巻く光の奔流が、裏安のサイバネ化された巨体をえぐり取る。
「んガァッ!?」
裏安は自慢のサイバネボディに何が起きたのか、訳も分からずに声を上げた。
胴体に大穴が穿たれた体を支えることができず、よろめいて後ろ向きにドシャッと倒れ込んだ。
「ッく! はぁッ、はぁッ!」
セレンは壁にめり込んでいた頭を引き抜いた。黄金の粒子を放ち切った左腕は漆黒に戻ると、右手でそれを押さえながら荒く息をついた。
開いていた三枚のフィンがしっかりと閉じていることを確認したセレンは、床に落ちている〈タオガン〉を拾い上げて右脚の内部ホルスターにカチャッと収納してから、虫の息になっている裏安の"残骸"を見下ろした。
「マテや、おどれ……やくざにけんか売っといて……死なんで済むと思うなよ」
裏安は憎々しげに顔を歪めながらセレンを見上げて言った。
「──私は、もう死んでいる」
セレンは冷たい声で答えると、"冥眼衆"のシンボルマークが刻まれた黒い大扉へと駆け出すのであった。