1.東京奪還作戦〈春と修羅〉
2099年、東京──青い大型軍用バイクが夜のハイウェイを疾駆していた。
AIで制御された"おりこう"な車の群れは、無法モノが過ぎるバイクの登場に迷惑そうに道をゆずった。
搭乗者はみな眠ったりVRゴーグルをつけ仮想世界に浸ったりで、バイクの存在に気づいていない。
唯一、男児だけが目を見張りながら、窓に張りついた。
「パパ、みて、はやい」
前列シートに座る父に声をかけるが、彼は"バーチャル・ハワイ"で美女とたわむれていた。
隣のレーンを駆けるバイクには、黒いボディスーツをまとった女性ライダーが騎乗していた。
ライダーはふっと男児のほうを見やると、黒いフルフェイスのメットに表示された赤丸の双眸を明滅させた。
「っ」
男児は息を呑んだ。鬼のような黒い角をメットから伸ばした彼女に、ほほ笑みかけられたように思えたからだ。
バイクと一体になるように前傾姿勢を取ったライダーは、スロットルをひねってさらに加速させた。
上に行くレーンと下に行くレーンで互いの進路が別れる。幼い脳にその光景を焼きつけた男児は、放心したように父の後頭部に向けて息を吐いた。
「──冥眼ビルまで30秒。大丈夫だセレン、誰にだって初めてはある。冷静に、シミュ通りにやれ」
「了解。奈塚博士」
セレンと呼ばれた少女は、メット内のディスプレイに表示された緑髪の女性・奈塚に答えた。
「──よし。2099年4月4日22時22分──これより、東京奪還作戦〈春と修羅〉を開始する」
「ディピティ。スピード上げるよ」
「ラージャ、ベイビー」
セレンの言葉にディピティ──AIを搭載した青い大型軍用バイクが、半透明のフロントカウルに"ROGER.BABY"と点滅させながら男性的な低音ボイスで答えた。
体を密着させたセレンはスロットルを全開にした。インジケータをイエローからレッドに引き上げると、速度計が200から300に跳ね上がった。
「ベイビーじゃなくて、レディって呼んで」
呟いたセレンは、近づいてくる60階建ての高層ビル──冥眼ビルの威容を睨みつけ、フルスロットルを続けた。
「オーケー、ガール」
セレンの苦情にディピティがフロントカウルを光らせながら答えた。
ディピティは、凄まじい風切り音を立てながら、法定速度で走る自動運転の車を次々と追い越していく。
冥眼ビルの手前で右側に大きくカーブしているポイントにたどり着いたディピティは、速度を維持したまま、カーブ目掛けて突っ込んでいく。
「──中にいるのは全員悪人だ。思いっきりやれ」
「了解」
「ラージャ」
メット内に表示された奈塚に答えたセレンとディピティ──次の瞬間、車体を跳ね上げ、時速300キロで首都高から飛び出した。
宙空を飛翔したディピティは、そのままの勢いで冥眼ビル40階の大窓に突入した。
冥眼ビルの40階は、"冥眼衆"に所属する下っ端ヤクザの溜まり場となっていた。ヤクザと言ってもただのヤクザではない。人体を改造した"サイバネヤクザ"であった。
ソファーに腰かけたり、酒をあおったり、VRに興じている100人を超えるヤクザ集団。その頭上に広がる大窓がけたたましい音を立てながら割れた。
「ンだぁ──!?」
「誰だ、ごらァッ!!」
ホールに飛び込んできたセレンとディピティに驚愕したヤクザたちは、怒号を放って一斉に立ち上がった。
各々の銃を掴み取り──あるいは義手や義足に内蔵されている火器を展開させ、ホールの中央に滑り込んできたセレンとディピティに紫光するアイウェア越しに敵意の眼差しを向ける。
「──K.I.D.モード・アクティベート──」
ディピティが声を発して大きな車体を持ち上げると、内蔵されていた四丁のマシンガンが四ツ腕のように展開された。
半透明のフロントカウルがスライドして、カウボーイ・ハットのようにディピティの頭頂部に覆い被さった。
ヤクザたちは自立した大型バイクにたじろぎながらも、銃を構えてトリガーに指をかける。
「ンだ、こいつっ!?」
「やっちまえッ!!」
先に銃撃を開始したのはディピティだった。
「──YYYYHAAAAAA!!」
陽気な雄叫びを発しながら、カントリー・ロックなBGMを流したディピティ。
四方に伸びたマシンガン・アームを動かして、的確に銃弾をサイバネヤクザに叩き込んでいく。
「ファッキン・アーサムッ!! YYYYHAAAAA!!」
日本語には存在しない罵り言葉を連発しながら、人が(バイクが)変わったように狂乱状態となったディピティは四方八方に銃弾を撃ち放った。
直立したディピティの足元に寄りかかるようにしゃがみ込んでいたセレンは、右脚のサイバネレッグを展開して、大型リボルバー拳銃〈タオガン〉をふとももから取り出した。
「ディピティ、死ぬまで殺して」
「オーケー、ベイビーッ!!」
K.I.D.モードの正式名称は〈Kill In Death Mode〉。文字通り、"死ぬまで殺す"という意味であった。
ヤクザを撃ち殺していくディピティの雄叫びと銃声を耳にしながら、セレンはホールの内部構造を見回していた。
それは、奈塚が用意した仮想空間でのシミュレートで見た景色と全く同じだった。
「……よし」
松の絵が描かれた黄金造りの悪趣味なエレベーターの位置を確認したセレン。ディピティの車体から離れ、身を低くしながら走り出した。
「……ッ!」
ディピティの銃撃をバックにセレンが走っていると、下の階から上がってきたエレベーターの扉が開かれた。
内部に立つふたりの若いヤクザがホールの惨状を見やってから、セレンに向けてライフルとショットガンを構えた。
左に痩せた男、右に太った男──そのうち痩せた男の頭部に銃口を向けると、間髪入れず〈タオガン〉のトリガーを引いた。
ドゥンという低い銃声とともに大口径弾が放たれ、痩せた男の頭部を熟れたトマトのように破裂させた。
「ひぃ」
真っ赤な返り血を顔に浴びた太った男が悲鳴を漏らした。〈タオガン〉の銃口を向けながら迫ってくるセレンの姿を見て、ショットガンを手放して両手を上げた。
「賢い判断」
セレンは告げると、エレベーターに飛び込みざま、太った男の背後にぐるりと回り込んだ。
そして、みっちりと贅肉のついた背中に〈タオガン〉の銃口をグッと押し当てた。
「60階。押して」
「……は、はい」
少女ながらも覚悟の決まった冷たい声を耳にした男は、冥眼ビル最上階、60階のボタンを押してエレベーターの扉を閉じた。
セレンは閉じていく扉の隙間から、サイバネヤクザ相手に単独で殺戮を続けるディピティの勇姿を見届けると、〈タオガン〉のシリンダーを開き、大口径弾を一つ詰め込むのであった。