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37.神仏融合奥義

「そんな虚仮威しで──ハァッ!」


 渦魔鬼は怖気づいた自身の心を奮い立たせるように声を張り上げると、〈呪毒眼〉を青く輝かせながら妖力の渦を桃姫に向け撃ち放った。


「くたばりやがれ──金ピカ天女ッ!」


 断魔鬼も地面を蹴り上げて高く跳躍しながら、橋姫由来の"青い呪紋"が光る〈人砕〉を桃姫に向かって振りかぶる。


「──充填完了……神仏融合第壱奥義──」


 薄っすらと目を開いた桃姫が、左右から迫りくる妖鬼姉妹の攻撃に動じることなく穏やかな声を発すると。

 三色の極光を放つ〈雉猿狗承〉の刃に伸びていた羽衣がうねるように解除され、桃姫の体を包むようにぐるりと巻かれて"花の蕾"と化した。


「──大空華万天花──」


 光の羽衣の隙間から顔をのぞかせた桃姫が両眼を極光させながら告げる。その瞬間、妖鬼姉妹の表情は恐怖に変わった。

 壮絶な爆音とともに関ヶ原の戦場に花ひらいた"光の大空華"から迸る極光の花々が狂い咲きする膨大な奔流。


 三色の極光で輝いた〈雉猿狗承〉を両手で抱え持った桃姫を中心に配し、その左右から四枚づつ花々が咲き誇った極光の帯が円を描くようにうねる。

 五郎八姫一行は、頭上に花ひらいた"光の大空華"の眩い閃光に包まれながら一言も発せずに、ただ呆然と見上げた。

 極光をまとった羽衣、"光の花びら"は、うねるように波打ちながら、周囲にいる"鬼"をまたたく間に削り取っていった。


「──ぐ、がぁああッ」


 至近距離で"光の花びら"に巻き込まれた断魔鬼は絶叫しながら極光の粒子に飲み込まれて、その鬼を内包した身体が削り取られていく。


「──く、くぅッ」


 渦魔鬼もまた、咄嗟に両手を交差して妖力による障壁を前面に作り出したものの、まるで紙切れのように"光の花びら"によって軽く剥がされ、極光の粒子に飲み込まれていく。


「──ギァアア!!」


 五郎八姫一行を取り囲んでいた鬼人兵の群れが、壮絶な鬼の咆哮を張り上げながら、極光の渦中で助けを求めるように桃姫に両手を伸ばす。

 中には、滂沱の涙を流している鬼人や、手を合わせて"光の大空華"の中心に浮かぶ桃姫に向かって合掌している鬼人もいた。


 関ヶ原に花ひらいた"鬼"を削り取る浄化の極光が天に向かってゆっくりと閉じられていくと、桃姫は深く息を吐きながら五郎八姫の前に着地した。

 その瞬間、妖鬼姉妹と鬼人の群れが一斉に地面に倒れ込んだ。


「もも」

「桃姫殿」

「いろはちゃん……それに、妖々魔師匠まで……みんな、日ノ本を護るために戦ってくれたんだね」


 桃姫は穏やかに言いながら、倒れ伏した妖鬼姉妹の姿を見た。


「どうなったでござるか……死んだ……?」


 五郎八姫が妖鬼姉妹を見ながら声を漏らすと、桃姫は静かに首を横に振った。


「──大丈夫だよ」

「……う、うう……姉やん」


 桃姫が告げると断魔鬼が頭を抑えてうめきながら立ち上がった。渦魔鬼も苦悶の表情を浮かべながら立ち上がると、断魔鬼の顔を見て愕然とした。


「渦魔鬼……あなた」

「姉やんっ!?」


 断魔鬼もまた愕然として渦魔鬼の顔を見た。妖鬼姉妹は、刃刃鬼の娘として生まれてこの方、額から生えていた鬼の角が無くなっていた。


「……ッ!?」


 渦魔鬼が地面を見ると、黄色い鬼の角がまるで抜け落ちた歯のように落ちていた。


「……あ、ああ!?」


 自身の額を触った断魔鬼も驚愕しながら声を発する。

 周囲にいた鬼人にも同じ反応が起きていた。額から鬼の角が抜け落ち、伸びていた牙が縮んで、そして鬼の赤い眼も黒や茶へと戻っていく。


「私たちにいったい何をしたの!?」

「その体から、"鬼のみ"を削り取りました……だから、もうあなたたちは、"鬼"ではないの」


 渦魔鬼の言葉に桃姫が穏やかな声で答えると、妖鬼姉妹が愕然とする。そのとき、上空から不思議な風が吹きつけた。


「──かかか! 鬼を削り取られたおぬしらは、もはや"妖鬼"ではない。ただの"妖怪"じゃ! それに名前もこう変えるべきじゃろうな──"渦魔鬼"は"渦麻姫"──"断魔鬼"は"断麻姫"となぁ! くかかかかっ!」


 役小角の風が雨雲の裂け目からやってくると、宙空に"渦麻姫"と"断麻姫"という文字を白光の粒子で描いて高笑いした。


「いやよ……勝手に命名しないで!」

「ふざけんじゃねぇ! 誰だこの風ジジイはッ!」


 鬼の角を失った渦麻姫と断麻姫が役小角の風に向かって言うと、満面の笑みを浮かべた老人の顔は特徴的なしゃがれ声を発しながら告げた。


「──かかか! わしは"役小角の風"、おぬしらの親父さんが乗り回しとる、あの"大悪路王"の生みの親じゃて!」


 役小角の風の発言を聞いて、その場にいる桃姫以外が一斉に驚愕の顔を浮かべた、そんな中にあって、桃姫は静かに告げた。


「役小角、力を貸して。あの赤鬼を削り取らないといけない」

「──よかろう。して、わしになにを求める」


 役小角の風が桃姫に問いかけると、桃姫は空を見上げた。頭上の雨雲は裂けて青空がのぞいているものの、いまだ多くを雨雲が塞いでいる関ヶ原の空である。


「風を吹かせて。関ヶ原の雨雲をすべて吹き飛ばすような。途轍もない大きな風を」

「──なぁんじゃ、そんなことか」


 真摯に告げる桃姫に対して、役小角の風は笑って言いながら宙空をぐるりと飛んで大きな白光の円を描いた。


「できるの?」

「──わしを誰だと思うとる。わしは日ノ本を吹きすさぶ風──"役小角の風"であるぞぉおおッ!!」


 役小角の風は両眼を極光させてうなり声を上げると、白光の円を貫くように飛翔して雨雲の裂け目に飛び込んだ。そして、次の瞬間──。


「──ブォオオオオオオッ!!」


 役小角の風が発する猛烈な風切音とともに、分厚い灰色の雨雲が白く光りながら、波及していくように広がっていき、関ヶ原の外へと吹き飛ばされていく。

 そして、またたく間に上空に青々とした春の蒼天が広がった。その青空の中心には満面の笑みを浮かべた役小角の風が太陽を背にしながら気持ちよさそうに浮かんでいた。


「……本当にやりやがったでござる」


 晴れ渡った青空を見上げた五郎八姫が独眼を見開いた。


「──桃のむすめよ、礼ならいらぬぞ──かかか!」

「ありがとう。これで私──思う存分、戦える」


 役小角の風に感謝を告げた桃姫は、背中から伸びる八枚の光の羽衣を大きく広げた。

 天に向かって伸びた光の羽衣は、蒼天から降り注ぐ太陽光を浴びて、神力を補充すると再び極光の輝きを放ち始めた。

 桃姫は〈雉猿狗承〉を両手に構えると、信頼の眼差しを向ける五郎八姫や夜狐禅の仲間たちに告げた。


「──これより桃姫……鬼を退治して参ります──」

「もも! 遠慮はいらないでござるよ! 全力で叩き込んでくるでござる!」


 五郎八姫が〈氷炎〉を掲げながら言うと、桃姫はほほ笑みを浮かべて返し、地面を蹴り上げて跳躍した。

 桃姫の体はまたたく間に上空へと舞い上がり、極光を放った光の羽衣が大気を掴みながら燦々と輝いた。

 桃配山の前にて足止めされている"大悪路鬼王"を見やった桃姫が飛翔を開始すると、役小角の風が桃姫に近寄ってきた。


「──わしが背中を押してやろう」

「──全力でお願い」

「──かかか。よかろう──ブォオオッ!!」


 桃姫の言葉を受けた役小角の風は、突風を光の羽衣が花ひらいた桃姫の背中に向けて吹きつけるのであった。

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