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31.鬼の大空華

「悪く思わないでくださいね、道満……」


 緑龍となった晴明は、眼下で跡形もなく消え去った道満を見届けながら、雨降る関ヶ原の上空を飛翔した。


「思えば御大様も道満も、本来は不要だったのです。日ノ本唯一の陰陽師として、これからは単独で活動する所存──」


 気持ちを新たにした晴明が緑龍の顔を前方に向けた次の瞬間──巨大な真紅の鬼の手が凄まじい風切音を伴いながら眼前に迫ってくる。


「──なッ!?」


 緑龍が急停止するも、鬼の手は容赦ない怪力で首根っこを握りしめた。


「ぐェっ!」

「どォこ行こうってんだ。お楽しみは、これからだってのによォ」


 刃刃鬼が"大悪路鬼王"の胸奥から声を轟かせながら、四ツ腕で緑龍を拘束した。


「──刃刃鬼、様! 挨拶をしなければと、馳せ参じた次第! お目にかかれて、光栄です!」

「そうかァ? ただよそ見して突っ込んできただけのように見えたがなァ?」


 晴明は血相を変えながら必死に訴えると、刃刃鬼は"大悪路鬼王"の胸奥から低く響き渡る声を発して返した。


「ふははは……! 何を御冗談を! 私はそんな間抜けではありません!」


 巨大な四ツ腕に拘束された状態で"大悪路鬼王"の面前に引っ立てられた晴明は必死の弁明を続けた。


「何を隠そう、この安倍晴明! 鬼ヶ島で初めて拝見したそのときより、あなた様こそが日ノ本の支配者に相応しいと! あなた様の他に仕える者はおらぬと、そう確信を──がばぁッ!?」

「──だまれ。おべんちゃらなんぞ興味はねェのよ……それより、気になることがあってな──"龍の肉"ってのはァよ、いったいどんな味がすんだろォな?」


 晴明がまくし立てていた最中、グッと握りしめられて嗚咽を発すると、刃刃鬼は"大悪路鬼王"の赤い魔眼を通して緑龍の体を見回しながら告げた。


「それはやめておいたほうがよろしいかと! 古来より"龍の肉"には鬼を殺す猛毒──"龍毒"があるといわれておりまして──グぅッ!!」

「──"龍毒"ねェ。そう言われちゃ、試さないワケにはいかねぇな。俺を殺してみろ……てめぇご自慢の"龍毒"とやらでよォ」


 晴明の言葉は、余計に刃刃鬼の怒りを買う結果となった。

 "大悪路鬼王"は強烈な怪力で緑龍の長い体をさらに締め上げると、ガバァッと無数の鬼の牙が生えた恐ろしい大口を開いた。


「──いやだ! 鬼に喰い殺されるなんて、絶対にいやだぁ! ──イヤア!!」

「グネグネと暴れんじゃねぇよ! 喰いづらいじゃねぇか!」


 晴明は緑光する両眼からボロボロと大粒の涙をこぼしながら絶叫すると、"大悪路鬼王"の四ツ腕の拘束から逃れようと激しくもがいた。

 刃刃鬼は苛立ちの声を発しながら、ガブッと口を閉じる動作を胸奥ですると、それに連動して"大悪路鬼王"も開かれた大口をガバンッと勢いよく閉じた。


「ギヤアアッ!! イダイッ!! や、ヤベッ──ヤベ、てッ!!」


 長い体のちょうど中間が"大悪路鬼王"のかじりりつきによって大きく抉り取られると晴明は絶叫の声を張り上げながらもがき苦しんだ。


「──ったく、食事中だってのに、ピーピーうるせぇやつだな」


 刃刃鬼は口いっぱいに"龍肉"をふくんだ"大悪路鬼王"の口内感覚を通じて、咀嚼する動作を行うと、上半身と下半身をかろうじてつなぎ止めていた残りの部位をブチリッと力任せに引きちぎった。


「がァアアッ!!」


 あまりの激痛にグルンと龍の目を上に向けながら断末魔の声を発した晴明。関ヶ原の大地に向けてよだれを垂らしながらついに絶命した。

 刃刃鬼は緑龍の下半身を"大悪路鬼王"の口に放り込み、無数の牙で咀嚼して味を確かめる。


「おいおい"龍毒"はどうしたよ! しびれ一つ起きねぇじゃねぇか! っけ、嘘つきは陰陽師の始まりだな!!」


 舌をだらりと垂らした晴明の死に顔に吐き捨てると、残った上半身を"大悪路鬼王"の口内に押し込んで咀嚼し、ついには緑龍一体丸ごと完全に捕食した。


「"龍肉"ってのはよォ、大してうまかァねぇのな……まぁ、さっき喰った"鳥肉"よりかは、だいぶマシだが──グアッハッハッハッ!!」

「──バアッハッハッハッ──!!」


 刃刃鬼が高らかに笑い声を発すると、"大悪路鬼王"もまたその動作を真似て、雨雲に向けて大気を震わせる重低音の笑い声を張り上げた。

 降りしきる雨に打たれながら、その壮絶な光景を潤んだ瞳で見上げていたのは、渦魔鬼と断魔鬼の妖鬼姉妹であった。


「……素晴らしいです、トト様……」

「姉やん……あたいらの時代……刃刃鬼一家の時代がやってきたんだね」


 関ヶ原に花ひらいた真っ赤な"鬼の大空華"。妖鬼姉妹は希望に胸をふくらませながら感嘆の声を上げた。

 そんな中、ひとりの年老いた妖怪が浮き木綿に乗りながらふわふわと"大悪路鬼王"のもとへと近づいていった。


「……ほほほ。龍を丸ごと喰らうとは、なかなかいかついことをするのう」

「──あン? 誰だ、てめぇは……児啼のジジイか!?」


 刃刃鬼が胸奥から驚きの声を発すると、"大悪路鬼王"の"魔眼"が横を飛ぶ妖怪の姿を捉えた。


「児啼じゃと? 失敬な。わしをあのような三下と一緒にするでない──わしは奥州妖怪頭目・ぬらりひょんじゃよ」

「んん? よく見りゃ、確かに別人だ。ハゲ頭がずいぶんと似ていたものでな、妖怪の空似というやつだ」


 浮き木綿の上であぐらをかいたぬらりひょんは、恐れることなく"大悪路鬼王"の顔の横で喋りかけた。


「──それでぬらりひょん。俺になんの用だ。見ての通り、俺は今忙しいのだ」


 刃刃鬼は"大悪路鬼王"の巨大な足を持ち上げて関ヶ原の大地を踏みしめ、東の方角に向けて歩き続ける。


「ほほほ。そうか、それはすまんのう──これからその巨体を用いて、何を仕出かすつもりじゃ、赤鬼よ」

「グァハハハッ!! よくぞ聞いた、ぬらりひょん。まずは手始めとして、江戸の都を徹底的に叩き潰す──そして人間どもに恐怖を植えつける。二度と鬼に逆らえぬようにな」


 ぬらりひょんが浮き木綿で"大悪路鬼王"の巨大な顔面の横に漂いながら尋ねると、刃刃鬼は胸を張って答えた。


「そうか。じゃが、それはやめてほしいのう──江戸が無くなれば、ずいぶんと寂しい世の中になりそうじゃ」

「ああ、わかったぞ──てめぇは妖怪どもの心配をしてんだな?」


 刃刃鬼は眉をひそめるぬらりひょんに告げる。


「案ずるな、ぬらりひょん。俺の支配する日ノ本では新たな序列が生まれる。鬼が頂点、妖怪がその次……そして人間どもは最下層の奴隷よッ!! グアッハッハッハッ!!」


 "大悪路鬼王"を闊歩させながら笑うと、"魔眼"をギョロリとぬらりひょんに差し向けた。


「児啼と見間違えた詫びだ。てめぇを妖怪軍団の参謀にしてやろう。ただし、変な気を起こして俺に楯突いたらどうなるか、わかっているよな?」

「……なるほどのう。そうではないかと思っておったが、やはりそんな感じか──残念じゃが、鬼とは友達になれそうにない」


 刃刃鬼の提案に対してぬらりひょんは首を横に振ってため息とともに告げると、白濁した両目を静かに閉じた。


「奥州妖怪頭目として……できうる限りの足止めはさせていただくとしよう──真眼ぬらり──」

「──てめぇッ!?」


 ぬらりひょんが黒杖を構えると、大きなハゲ頭に紫光する四つの"真眼"が見開かれる。

 それを目にした刃刃鬼は一瞬で憤怒の形相に転じると、"大悪路鬼王"の巨大な赤腕をぬらりひょん目掛けて突き上げた。


「──真眼大妖術・大々目壁兵衛──」


 浮き木綿の高度を上げて鬼の腕をひらりとかわしながら詠唱したぬらりひょん。白濁した眼も合わせて六つの"真眼"を見開いて真っ赤に極光させた。

 関ヶ原の東の彼方から一つ目のついた石つぶてが次々と飛来して、"合体"していく。


「──メェェェェ、カァァァァ、ベェェェェ──」


 "大悪路鬼王"と同じ大きさの"大々目壁兵衛"が立ち現れた。巨大な一つ目を"大悪路鬼王"に向けながら地鳴りのような重低音を響かせる。

 桃配山のふもとにて、真紅の巨人と灰色の巨壁が対峙する。浮き木綿に乗ったぬらりひょんは、赤光する"真眼"のハゲ頭に血管を走らせ、苦悶の表情を浮かべた。


「桃姫が冥府より帰ってくるまでの辛抱じゃ、どうか持ちこたえてくれよ」


 祈るようにぬらりひょんがそう言った次の瞬間──。


「──刃刃鬼様を舐めんじゃねェエエッ!!」


 猛烈な鬼の怒号が胸奥から発せられるとともに、四ツ腕を大きく後ろに引き下げた"大悪路鬼王"。


「──バォオオオオオオッ──!!」


 天地をひっくり返したような壮絶な咆哮を張り上げた"大悪路鬼王"は、両肩から生える四ツ腕を一本にまとめて突き伸ばした。

 "赤槍"のように伸びた四ツ腕は"大々目壁兵衛"の一点を狙いすますと、分厚い体躯をものの見事に貫通した。


「──メェエエッ──!?」


 "大々目壁兵衛"が全身をふるわせながら悲鳴のような低い声を響かせると、巨大な一つ目をグルンと上に向けるのであった。

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