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30.悪徳陰陽師の終焉

 五芒星の陣を走りながら、晴明は道満の背中に向けて叫んだ。


「道満、だから私は言ったのですよ! 裏切りの前科がある明智など仲間にしない方がよいと!」

「家康に近づける存在が必要だと言ったのは晴明、貴様であろう!」


 千年の悲願である"大空華"の顕現。それが羅刹天愚の手にわたってしまった今、ふたりに残されたのは逃走のみであった。


「ですが、よりによって明智を選ぶなんてどうかしていますよ!」

「では、貴様が別の者を用意すればよかったではないか!」


 足を止めて互いに顔を近づけ、責任をなすりつけ合う陰陽師。そのとき、ハッとして同時に黙り込んだ。


「……明智の」

「……気配が消えた」


 "大悪路王"を通じて関ヶ原に発されていた羅刹天愚の気配が、完全に途絶えていた。

 見合わせた顔を陣の中央に向けると、そこには真紅に染まった巨人がそびえ立っている。


「……いったい、何が起きている」

「……刃刃鬼です……刃刃鬼に乗っ取られたんですよ」


 赤鬼に似たその威容に戦慄した瞬間、ふたりの背後から大ナタ〈人砕〉を振りかぶった断魔鬼が飛びかかる。


「死っねェエエッ!!」


 殺気を察知して、いち早く飛びのいた晴明。

 遅れた道満は、咄嗟に両腕を交差させて分厚い刃を受け止めた。


「──ぐぬぅウウッ!?」


 重い一撃に両眼をひん剥いた道満が頭上から伸しかかる断魔鬼と目を合わせる。

 幸いにも呪毒腕を上に交差していたことで一刀両断は防げた。

 道満は歯を食いしばりながら赤い波動を噴出し、断魔鬼の体を弾き飛ばした。


「まだまだァッ!」


 着地した断魔鬼は即座に地面を蹴り上げ、次なる攻勢を道満に仕掛けた。


「──呪毒鮫手ッ!!」


 間髪入れずの連続攻撃に焦った道満。呪毒腕を突き出し、"青い呪紋"で形成されたサメを断魔鬼に向けて放つ。


「──ゼヤァアアッ!!」


 断魔鬼は裂帛の声を上げ、〈人砕〉を振るって青光するサメの口内に分厚い刃を叩き込んだ。

 その瞬間、道満の左胸に埋め込まれた〈呪毒眼〉に激しい違和感が走る。


「……ぐッ!? なんだッ……〈呪毒眼〉、俺の言うことを聞けッ!!」


 心臓と結びついている〈呪毒眼〉が激しく疼き出すと、呪毒腕がサメの形状を勝手に解いて〈人砕〉の刃に取り込まれていく。


「カカ様……!? 姉やん、カカ様だッ!!」


 断魔鬼は〈人砕〉越しに母・橋姫の呪力を感じ取った。

 渦魔鬼も状況を察し、晴明への攻撃を切り替えて妖力の渦を道満に向けて撃ち放つ。


「ガっハァ!! ぐァアアッ!! 俺の腕が奪われるッ!! 何してんだ晴明ッ!! 早く俺を助けろッ!!」

「てめぇのじゃねぇッ!! これは、あたいたちのカカ様だァアアッ!!」


 妖力の渦で体勢を崩した道満から、断魔鬼が〈人砕〉で"青い呪紋"をズルルッと釣り上げるように引き抜く。


「ガッァアアッ!!」


 呪毒腕を失った道満の絶叫と同時に、渦魔鬼が"妖力の網"を放った。緑光する網が〈呪毒眼〉に付着し、一気に手繰り寄せられる。


「──がぁああッ!!」


 ズボォッというえげつない音とともに〈呪毒眼〉が道満の左胸から抜き取られた。


「──カカ様。どうか渦魔鬼に、カカ様の呪力をお与えくださいませ!」


 渦魔鬼は祈るように告げ、〈呪毒眼〉を自身の胸元にグッと押し込んだ。

 〈呪毒眼〉は拒絶反応を示すことなく渦魔鬼の胸元に収まると、青く光る"第三の眼"として見開かれる。


「……これは、まずいですね」


 妖鬼姉妹に攻め立てられる道満の姿を距離を取って見ていた晴明が、小さく呟いた。

 力なく両ひざを地面についた道満は、左胸にぽっかりと空いた穴と、再び失われた左肩の両方から黒い血を噴出させていた。


「……晴明、なぜ助けに来ぬッ!」


 苦悶に顔を歪めた道満の嘆きと憎悪が混じった声に、晴明は眉をひそめて冷たく告げた。


「──道満、今すぐ"羅刹変化"なさい……もはや貴方に残された活路はそれだけです」

「ふざけるな、あれは不可逆の鬼術ぞッ! 俺に異形のバケモノになれというのか、晴明ッ!」


 道満は紅い"鬼"の文字が浮かんだ両眼をひん剥いて怒号を発すると、晴明は小さく首を横に振ってから道満に背を向けた。


「そうですか……では道満。これにて、失敬──陰陽変化」


 晴明は告げると、緑光を放つ龍へと変化して宙空へ飛び上がった。


「ま、待て……晴明──晴明ェッ!!」


 地面にひざまずいた道満が、遠ざかっていく緑龍に向けて叫ぶ。そんな道満の前に、二つの影が立ちふさがった。

 断魔鬼は〈人砕〉を構え、その刃には"青い呪紋"が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。渦魔鬼は両手に光る妖力の渦をまとい、胸の中央で〈呪毒眼〉を青く光らせていた。


「……あ……ああ」


 力なく座り込んだ道満が妖鬼姉妹の顔を見上げる。ふたりは静かな笑みを浮かべていた。憎き陰陽師を見下ろす残酷なほほ笑みだった。


「なぁ、待ってくれ……! 少し話そうではないか……!」


 道満の声はふるえていた。呪毒腕も〈呪毒眼〉も失い、もはや戦う術はない。


「そうだ、よい提案があるッ──俺とともにあの安倍晴明をッ──」


 必死の訴えを、妖鬼姉妹の咆哮がさえぎった。


「──続きは地獄で話してなッ!!」

「──好きなだけねッ!!」


 断魔鬼が"青い呪紋"で強化された〈人砕〉を振り下ろす。同時に渦魔鬼が胸の〈呪毒眼〉を輝かせ、両手から妖力の渦を全力で放った。


「ガッ──ガァアアッ──!!」


 青と緑の光が入り交じる暴風が道満を襲う。断末魔の絶叫すらも呑み込みながら、容赦なく道満の体を押し潰していく。

 やがて妖力の渦は細いつむじ風となって消え去り、伝説の陰陽師・芦屋道満の姿もまた、関ヶ原から、そしてこの世からも、跡形もなく消え去るのであった。

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