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28.愚をもって尊しとなす

「道満、残りの連中はどうします」

「構わん、放っておけ。脅威は"神仏融合体"のみであったからな」


 五郎八姫と妖怪の姿を見た道満は戦意喪失していると見て鼻で笑った。


「さぁ、我らの"大空華"を咲かせるときが来たぞ──天海殿、待たせたな」

「クェエエッ!」


 待機していた羅刹天愚に道満が声をかけると、1万の兵が配置された五芒星の陣の中央に向けて歩き出した。

 羅刹天愚を引き連れた陰陽師が円に足を踏み入れた時、晴明が眉をひそめながら口を開いた。


「何やら嫌な気配がします……これは、渦魔鬼の妖力」

「これからってときに」


 晴明と道満は上空を見やると、曇天を引き裂くようにして、紫光する"呪札門"が開かれた。

 その向こう側から、ヌッと刃刃鬼が顔をのぞかせると鬼の目を左右に動かして1万の兵が並び立つ"大戦陣"を見やる。


「──ずいぶんと面白そうなこと、やってんじゃねぇか。おい、俺も混ぜてくれよ」


 晴明と道満の姿を確認しながら刃刃鬼が告げる。


「仕方あるまい……御大様を超えた我々なら、できるはずだ」

「そうですね……やりましょう」


 道満は道着をはだけ、筋骨隆々の上半身に赤い波動をまとった。晴明も〈黄金の錫杖〉を構え、緑の波動を全身にまとう。


「いいねェ。ああ、そうだ。お前らが置いていったデカブツも連れてきてやったぞ」


 刃刃鬼が顔を引っ込めると、入れ替わるように額から鬼の角を生やした本多忠勝が姿を現した。


「……忠勝ッ!?」


 晴明が瞠目すると、鬼人と化した忠勝は"呪札門"から飛び出して地響きを立てながら着地した。


「ぐがァアアッ!!」


 忠勝は正気を失った赤い眼で獣のような低いうなり声を発した。


「……そうか、あやつら御大様の部屋にあった"鬼薬"を」


 道満が口にした次の瞬間、上空に開かれた"呪札門"から赤い雨がザァッと降り注いだ。


「ほら、飲めッ! たっぷりと味わえッ!」


 赤い瓶を抱えた断魔鬼が笑い声を上げながら、展開している1万の兵に向けて"鬼薬"を撒き散らす。


「赤い雨……?」


 困惑する兵たちの半数が"鬼薬"を口にし、一気に体内を侵食されていく。


「──さぁ、"鬼の宴"の始まりだぁッ!!」


 断魔鬼は赤い瓶を投げ捨てると、〈人砕〉を構えながら"呪札門"から飛び出した。

 刃刃鬼も顔をのぞかせると、巨体に対して手狭な"呪札門"を四ツ腕でこじ開けるようにして押し広げながら跳躍した。

 最後に渦魔鬼が両手を妖力の波動で緑光させながら冷たい笑みを浮かべて飛び出し、曇天に開かれた"呪札門"が閉じられる。


「おいおい、こんなに大量の人間集めて何しようってんだァ? ド腐れ陰陽師ども」


 四ツ腕の刃刃鬼が楽しそうに声を上げると、晴明が鼻で笑った。


「いいでしょう。いずれは、あなたと決着をつけねばならなかったのです。その日が少し早まっただけ」

「だが、刃刃鬼。貴様はちと骨が折れる。実は、ちょうどいい相手を手に入れたのだ。呼んでやれ、晴明!」


 道満が続けると、晴明は両手で構えた〈黄金の錫杖〉に渾身の呪力を注ぎ込んで極光させた。


「──いでよ、修羅巌鬼ッ!! ──オン・マカラカァッ!!」


 かけ声を発した晴明の前に漆黒の炎の渦が出現し、その中から黒炎をまとった修羅巌鬼が這い出るように姿を現した。


「ッ、こりゃあ驚いた……てめぇ、巌鬼じゃねェかよ!」


 刃刃鬼は黄色い鬼の目を見開くと喜びの笑みを浮かべた。


「ガキの頃以来だな、覚えてるかよ! 荒羅の息子、刃刃鬼様だぞッ!!」

「──我ハ修羅、修羅巌鬼ナリ──」


 刃刃鬼の問いかけに修羅巌鬼は抑揚のない低い声で返すと、"傀儡"として紫光に染まった鬼の目を向けた。


「なんだてめぇ……陰陽師の"玩具"にされちまったのかよ……けっ、残念だ──鬼ヶ島の生き残り同士、感動の再会が出来たってのによォ!!」


 刃刃鬼は残念そうに首を横に振った。


「修羅巌鬼よ、赤鬼の戯言など聞かずともよい……首領温羅の息子たる貴殿の圧倒的な実力──出来損ないの赤鬼に見せつけておやりなさい!」

「グラァアアッ!!」


 〈黄金の錫杖〉を振りかざした晴明にけしかけられた修羅巌鬼は、鋭い牙を剥き出しにして鬼の咆哮を張り上げた。

 丸太のように太い両腕を振り上げると、四ツ腕を広げた刃刃鬼に向かって猛烈な突進を仕掛ける。


「グぉッ!? ぐぬぅッ!! だぁれが出来損ないの赤鬼だってェ──!?」


 刃刃鬼は修羅巌鬼の巨体を分厚い胸板で受け止めると、黒炎を噴き上げる大鬼との取っ組み合いを開始した。


「グルラァアアッ!! グラァアアッ!!」

「俺はなァ、巌鬼ッ!! "予備"だって言われたんだぞッ!! てめェの"予備"だってッ!!」


 圧倒的な体躯を誇る二体の大鬼による壮絶な取っ組み合い──あまりに強大な質量同士の押し合いに鬼の足で踏ん張る両者の地面がえぐれていく。


「グルルガァアアッ!!」

「俺はなァッ!!」


 両眼から黒炎を噴き上げる修羅巌鬼に対して、刃刃鬼は両眼を固く閉じながら吼えると、カッと見開いた。

 その鬼の瞳の中央に"真"の文字が浮かび上がると真っ赤に燃えて輝き出す。


「俺は"予備"なんかじゃッ!! ──ねェエエんだァアアッ!!」


 太い牙を剥き出し、よだれを吐き飛ばしながら、大気を揺るがす大咆哮を張り上げた真・荒羅刃刃鬼。

 四ツ腕に盛り上がった逞しい筋肉をこれでもかと肥大化させると、修羅巌鬼の巨体を上から押さえつけるように組み伏せた。


「お、おお! なんと壮絶な戦い、これぞ大鬼の死闘!」

「道満、見惚れている場合ではありません! 今です! 今こそ!」


 大鬼同士のぶつかる光景を見やりながら、思わず感嘆の声を漏らた道満に向けて晴明が声をかけると、道満は正気を取り戻した。


「そうだ! うむ、やるぞ!」


 道満は気合の声を上げると取っ組み合う二体の大鬼に向けて駆け出した。

 道満と晴明で朱肌と紫肌の大鬼を挟み込む形となると、晴明は懐から漆黒の呪具"鬼捕珠"を取り出す。


「私特製の"鬼補珠"……見ていてくだされ、御大様」


 晴明は"鬼捕珠"を手から離して宙空に浮かすと、それを目にした渦魔鬼と断魔鬼が叫んだ。


「何をする気!? トト様が一騎打ちしてる最中でしょ!! 邪魔しないでよ!!」

「そうだッ!! 漢同士の戦いの邪魔すんじゃねぇよッ!!」


 渦魔鬼は妖力の渦を両手で練り出し、断魔鬼は〈人砕〉を構えて道満に向かって駆け出した。

 そんな妖鬼姉妹に突如として突風が襲いかかってくると、その体を宙空へと巻き上げられた。

 巻き上げられた勢いで、ついには"大戦陣"の場外へと落下した姉妹。そんな姉妹の姿を見やりながら、灰色の大翼を大きく羽ばたかせた羅刹天愚が奇声を発する。


「ギョェエエッ!!」

「でかした、天海殿! やるぞ、晴明!」

「あいや、道満!」


 羅刹天愚の突風によって邪魔者を排除した道満と晴明は互いに声を交わし合うと、"鬼捕珠"に向けて虚空蔵菩薩のマントラの詠唱を開始した。


「──ノウボウ・アキャシャ・キャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ──」


 陰陽師のマントラを聞き届けた"鬼補珠"が組み合う刃刃鬼と修羅巌鬼の頭上へと移動すると、ズズズと渦を描き始める。


「なッ!? いかん!! 離せ、巌鬼ッ!! これは陰陽師どもの罠だッ!!」

「グラァアアッ!!」


 刃刃鬼は頭上で渦を巻き始めた"鬼捕珠"の存在に気づき、四ツ腕から力を抜いて修羅巌鬼から手を離そうとするが、対する巌鬼はここぞとばかりに攻め込み、刃刃鬼の巨体を上から押し込む体勢へと転じた。


「グルァアアッ!!」

「バカ野郎、まだわかんねぇのか!! 俺たちは嵌められたんだ!! 目覚ましやがれェエエッ!!」


 速度を増しながら頭上で高速回転する"鬼補珠"の渦に修羅巌鬼の巨体が吸い上げられていくと、組み付かれた刃刃鬼の巨体も巻き込まれるようにして宙空へと吸い上げられていく。


「かはは! 良い子だ、巌鬼!」


 道満はその光景を見ながら喜びの声を上げると、ついに"鬼補珠"は二体の大鬼を完全に捕らえ、漆黒の珠となって晴明の手元へと戻ってきた。


「やりましたね、道満!」

「ああ、これで贅沢にも二体の大鬼を生贄にできる!」

「クェエエッ!!」


 三人は五芒星の中心で円を描くように囲むと、晴明は"鬼捕珠"を宙空に浮かばせた。

 一方、"大戦陣"の場外まで吹き飛ばされた妖鬼姉妹は慌てて駆け出すが、既に"顕現の儀"は始まり、光の大壁が立ちはだかっていた。


「クソッ! 入れろッ!」

「トト様……!」


 断魔鬼が〈人砕〉を叩きつけるも壁は微動だにせず、渦魔鬼は光の大壁越しに叫ぶことしかできなかった。


「御大様、ご照覧くださいませ。関ヶ原に"千年大空華"を咲かせます」


 晴明は悪路王の白い頭髪を中心部に配置し、〈黄金の錫杖〉を立てた。

 ふたりの陰陽師は静かに頷き合うと、力強く両手で印を結びながら不動明王のマントラを詠唱する。


「──ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダンマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カン・マン──」


 互いに"鬼"の文字が光り輝く眼を見開くと、右手をバッと突き出して、晴明の呪力と道満の法力を〈黄金の錫杖〉に注ぎ込む。


「──ヌゥン・マカラカァッ!!」

「──オゥン・マカラカァッ!!」


 極光した〈黄金の錫杖〉に悪路王の白い頭髪が巻きつくと、"鬼捕珠"にズズズと飲み込まれていく。

 〈黄金の錫杖〉を飲み込んだ"鬼補珠"は極限まで肥大化すると、高速回転しながら"黒液"を上下に噴き出した。


「来たァッ!! この甘美なる"黒液"ッ!!」

「これぞ"闇の大空華"が滴らせる"黒き蜜液"ッ!!」


 深い喜びに浸りながら両手を広げて気持ちよく"黒液"を浴びる晴明と道満。


「ギュヨェエエッ!!」


 陰陽師が愉悦を堪能している中、いまだかつて聞いたことのない声量の咆哮を放った羅刹天愚が、"黒液"によって漆黒に染まった四枚の大翼をこれでもかと大きく広げた。


「天海殿も嬉しいのはわかるが、少しばかり、騒々しいぞ」


 道満が吼える羅刹天愚に向かって、たしなめるようにそう告げた──次の瞬間。


「──邪魔じゃあああッ──!!」


 羅刹天愚は長い天狗鼻の下にある口を大きく広げて人語を喋ると、広げた大翼を羽ばたかせて突風を撃ち放ち、道満と晴明の体を"大戦陣"の中心部から吹き飛ばした。


「ッ、ぬぉおおッ!?」

「がぁああッ!! な、何です!?」


 まったくもって油断していた道満と晴明は、紫光する"大戦陣"の上を転がりながら困惑の声を上げた。


「──この日ノ本に、天下人は三人もいらぬ──」


 羅刹天愚は巨大化していく"鬼捕珠"から噴き出す"黒液"を一身に浴びながら、道満と晴明に向かって吐き捨てるように告げた。


「天海殿……おぬし、知性を失っておったのではなかったのか!?」

「ヒィヒャハハハ! "愚かな鳥"として振る舞い、"その時"がくるのを待っておったのよお!!」


 羅刹天愚は今までと打って変わって流暢な人語を話し、呆気に取られた顔の道満に対して、蔑むような眼差しを向けた。


「──愚をもって、尊しとなす──!! これが天才軍師・明智光秀様のやり方よお!!」


 灰色の"羅"の文字が光り輝く瞳を見開いた羅刹天愚は、高らかに笑いながら"黒液"と一体化して、"顕現の儀"の最終段階へと突入するのであった。

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