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19.取り引き

 羅刹天愚に背中に飛び乗った道満。後頭部から伸びる鬼の角を右手で掴みながら叫んだ。


「それ行け! 天海殿ッ!」

「ギャオオンッ!」


 道満の命令に応じて猛禽類の咆哮を張り上げた羅刹天愚。

 四枚の大翼で羽ばたくと、"八天鬼薬"が口元に傾けられた刃刃鬼に向けて高速で飛翔した。


「……〈呪毒眼〉の力、モノにして見せる」


 羅刹天愚の背中に騎乗した道満は、左胸の〈呪毒眼〉を青く輝かせた。


「いでよ──呪毒腕!」


 失われた左肩から"青い呪紋"が這い出し、絡み合いながら新たな左腕の形を構築していく。


「かはは! よいではないか!」


 新たな左腕の誕生に道満は笑みを浮かべた。


「トト様! 早く飲んで!」


 迫りくる羅刹天愚と道満を横目で見やった断魔鬼が焦りながら"八天鬼薬"を刃刃鬼の口内に流し込む。


「……ぐっ、ぐぬ」


 刃刃鬼は鬼の目を見開きながらゴクリと大きく嚥下した。


「ギャォオオンッ!!」

「わッ、ああ……!」


 次の瞬間、猛禽類の咆哮とともに強烈な突風を浴びせかけられた断魔鬼は、まだ半分ほど液体が残った小瓶を握ったまま宙空へと持ち上げられる。


「──呪毒鮫手じゅどくこうしゅッ──!!」


 "青い呪紋"がサメの形となって断魔鬼の右腕に喰らいつく。


「ぐァアア!」


 断魔鬼が小瓶を手放すと、道満は"青い呪紋"で絡め取り、左腕を再構築した。サメから解放された断魔鬼は石畳に激突する。


「かはは! なかなかに便利な腕だな、こいつは!」


 道満は羅刹天愚を旋回させ、拘束されている晴明のもとに降り立った。

 渦魔鬼は妖力の渦を練り上げて睨みつけると、道満は青光する左手を掲げる。


「──まぁ待て。貴様はこの鬼の一家の中でも、少しは話が通じる相手だと見受けたが。違うか?」

「……ッ」


 道満の問いかけに対して、渦魔鬼は胸元で作り出す渦の出力を強めた。


「──それともなんだ。どちらかが"全滅"するまで、殺し合いを続けるか? 俺はそれでも構わんが」


 道満は告げると、四枚の大翼をたたみながら隣に着地した羅刹天愚の顔を横目で見やった。


「クェエエ!」


 天海は羅刹変化したことによって人語を話せなくなってしまったのか、長い天狗鼻をふるわせながら、奇妙な鳴き声を発した。

 道満はその様子を見て鼻で笑うと、次いで広場を見渡した。鬼ノ城に寄りかかって沈黙する河沙毒郎、石畳に倒れ伏して苦しむ断魔鬼、そして取り残された刃刃鬼の姿。


「もはや、まともに戦えるのは貴様だけではないか」

「トト様がいる──ハァッ!!」


 渦魔鬼は睨みつけながら叫んで返すと、両手に練り上げた妖力の渦を道満に向けて撃ち放った。

 その瞬間、隣に立つ羅刹天愚が二枚の大翼をバサッと広げて道満の体をさえぎると、紫光する妖力の渦を灰色の大翼で受け止めて霧散させた。


「えッ!?」

「かはは! 天海殿。ずいぶんとお強くなられましたなぁ!」


 渾身の一撃が容易に防がれて愕然とする渦魔鬼。笑みを浮かべた道満が羅刹天愚に声をかける。


「──ギャォオオン!」

「ふむ。人間性は失われてしまったようだが。しかし、以前よりは幸せそうだ」


 鬼ヶ島の赤い虚空に向けて咆哮を張り上げた羅刹天愚の姿を見ながら道満は言った。


「トト様! "八天鬼薬"を飲まれたでしょう!? "荒羅の力"を私にお見せください!」


 渦魔鬼が叫ぶと、道満はため息をついた。


「哀れな妖鬼だ。"八天鬼薬"について、何も知らぬようだな」


 道満は睨みつける渦魔鬼に話した。


「"八天鬼薬"はな、一本すべてを飲みきる必要があるのだ……半分だけでは、強烈な渇きが押し寄せる」

「……ッ!?」


 渦魔鬼は道満の言葉を聞いて目を見開き、改めて広場の中央で立ち上がろうとして立ち上がれず何度も倒れ込む刃刃鬼の姿を見やった。


「ほら見ろ。あの無様な姿を……なまじ半分飲んでしまったせいで、地獄の責め苦を味わっておるのだ」


 道満は嗜虐的な笑みを浮かべ、呪毒腕から半分残った"八天鬼薬"の小瓶を出して見せた。


「残りはここにある。"トト様"を救い出す唯一の手段だ」

「よこせッ──!!」


 叫んだ渦魔鬼が呪毒腕に向けて紫光する妖力の糸を伸ばすと、道満は即座に"青い呪紋"の糸で弾き返しながら小瓶を腕の中に隠した。


「おっと──かはは! 話が通じる相手だと思ったのは勘違いだったかな」

「……ぐ、ぐぐ」


 からかうように言った道満の顔を渦魔鬼は憎悪の眼差しで睨みつけながら歯噛みした。


「……なにが言いたいのよ! もったいぶらずにさっさと話して!」


 渦魔鬼の言葉に道満は静かに頷いて、黄色い瞳に浮かぶ紅い"鬼"の文字を光らせた。


「──"取り引き"をしよう」

「は?」


 道満の予期せぬ言葉に渦魔鬼は呆気にとられて声を漏らした。


「そもそも、この戦いはなんだ? いったい、なんの意味があって我々は殺し合っている?」


 道満の言葉を耳にした断魔鬼が、石畳に倒れ込んだ状態で道満に向けて大声で叫んだ。


「……てめぇらが"八天鬼薬"を盗み飲んだのが原因だろ、このイノシシ野郎……!」

「──断魔鬼、黙って」

「っ……姉やん」


 姉の渦魔鬼に制された断魔鬼は悔しそうに口を結んだ。道満はそんな断魔鬼を横目で見ながら口を開いた。


「盗み飲んだとは人聞きの悪い。"八天鬼薬"は御大様……我らの師匠であられる役小角様が煎じた秘薬だ……貴様らのものではない」


 道満は言うと、左腕を形成している"青い波紋"を解いて半分残っている"荒羅の八天鬼薬"を渦魔鬼に見せた。


「貴様らより先に鬼ヶ島に着いて、師匠の秘薬を頂いた。ただ、それだけのこと……我らを倒しても"八天鬼薬"は返ってこない」

「……"八天鬼薬"が何で作られているかは、役小角の弟子であるなら知ってるはず」


 道満の言葉を受けた渦魔鬼は、静かな怒りを込めながら言葉を発した。


「ん? ああ、当然。名前の通り、"八天鬼"の死骸だ──桃太郎が退治した"八天鬼の心臓"を材料に"八天鬼薬"は煎じられ、他の"鬼の心臓"からは"鬼薬"が煎じられた」

「……だったら"荒羅の八天鬼薬"は荒羅の息子……荒羅刃刃鬼のものだと思わない? それ以外を返せとは言わない──でも、"荒羅の八天鬼薬"だけは、トト様に返してよ」


 渦魔鬼の静かでありながら鬼気迫る訴えに道満は少し驚きながらも鼻で笑った。


「生意気な理屈を言うな……妖鬼の分際で」

「"理屈"じゃねぇよ! "道理"だろ!」


 我慢の限界を超えた断魔鬼が吼えるように叫ぶと、道満は小瓶を持つ呪毒腕を渦魔鬼に差し出した。


「鬼と妖の混血が"道理"を語るか……まぁいい。わかった。返そう……ただし、条件がある──晴明を解放しろ」


 道満はそう言うと、紫光する妖力の網に全身を包まれた状態で転がっている晴明を見下ろした。

 先程まで苦しそうにもがいていたが、今は静かになってしまっている。渦魔鬼もそれを見ると、道満を見やって言った。


「わかった。でも、先に"八天鬼薬"をわたして」

「だめだ。晴明の解放が先だ……でなければ、この"取り引き"は無効とする」


 渦魔鬼の言葉に即答して返す道満。渦魔鬼は広場の中央で渇きに悶え苦しむ刃刃鬼の姿をちらりと見ると、静かに口を開いた。


「わかったわ」

「姉やん! 騙されるな!」


 断魔鬼の叫び声を耳にしながらも、決断した渦魔鬼。両手を紫光する網に向けて、スルスルと自身の手元に妖力を回収していく。

 解放された晴明は目を閉じたまま微動だにしない。道満はその姿を見て、仮死状態になる陰陽術を用いていることを見て取った。


「さぁ、次はあなたの番──」

「──今だ晴明、目覚めよ!」


 渦魔鬼が道満に言った瞬間、道満は外道の顔を見せつけて目を閉じる晴明に向かって叫んだ。

 次の瞬間、晴明がカッと"鬼"の文字が緑光する両眼を見開くと、陰陽師の道着の胸元をバッと両手で開いた。


「──オン・マカラカ!」


 晴明がかけ声を発すると、鋭い刃となった呪札の群れが胸元から飛び出して渦魔鬼の胸にズサズサズサッと音を立てながら突き刺さった。


「えっ──」

「──姉やんッ!」


 渦魔鬼は呆然としながら後ろに倒れ込むと、断魔鬼が悲鳴のような声で叫んだ。

 晴明は、断魔鬼によって切断され、石畳に落ちていた右肩に紫光する糸を飛ばして回収すると、呪力の糸で縫合してつな合わせる。


「まったく、陰陽師が鬼と"取り引き"など、するわけがないでしょうに」

「いかにも。どうしようもないな、"鬼"というやつは」


 黄色い瞳に"鬼"の文字を浮かばせた晴明と道満は、互いに言葉を交わし合う。

 ふたりの陰陽師の間で、晴明の復活を祝福するように羅刹天愚が大きく四枚の翼を広げて甲高く鳴くのであった。

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