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18.羅刹変化──羅刹天愚

「……まったく、無茶なことを」


 小さく首を横に振りながら晴明が呆れたように言うと、天海の叫び声がふたりの耳に届いた。


「晴明殿、道満殿! 忠勝殿の様子がおかしいッ!」

「ぐうッ! よくも……よくもッ!」


 晴明と道満が振り返ると、傀儡状態が解かれつつある本多忠勝が天海を組み伏せていた。


「晴明殿! 早く術をかけ直してくだされッ!」

「……驚きました。私の術を根性で解こうとするとは」


 晴明は呪術耐性が低いにも関わらず、持ち前の根性で傀儡状態を解こうとしている忠勝に感嘆の声を漏らした。


「天海殿。おぬしも"八天鬼人"の端くれならば、己の力で旧友に引導をわたしてやれ」


 道満がからかうような笑みを浮かべて天海に向けて言うと、晴明が口を開いた。


「天海殿。"羅刹変化"したらいかがです? さすれば、あなたでも鬼神のごとき力を得ることができますよ」

「……ッ!? しかしそれは、二度と人の姿に戻れぬ禁じ手であろう!? 嫌じゃ! わしはこの姿で天下人となるのじゃッ!」


 "羅刹変化"を勧める晴明に対して、天海は忠勝と取っ組み合いをしながら泣き叫んだ。


「まだそんなことを言っているのですか……道満、どうします?」

「ここまで情けない男とは思わなかった──だが、家康に近づくことはできた。ここで死んでもらっても構わんか」

「ですね。"大空華"はふたりで咲かせることにいたしましょう」


 晴明と道満が互いに言葉を交わし合って結論を出した。


「なに!? わしを見捨てるのか! ならば、わしにも手段があるぞ!」


 陰陽師の助けがないと悟った天海は法衣の懐に手を突っ込んで"何か"を取り出した。

 それを見た晴明と道満は絶句し、断魔鬼と渦魔鬼は驚愕し、倒れ伏していた荒羅刃刃鬼の目に熱が戻った。


「──しかと見よッ! これぞ紛うことなき、"荒羅の八天鬼薬"じゃあッ!」


 天海が誇らしげに取り出した"荒羅"の文字が書かれた朱い液体が入った小瓶、それを見た晴明が血相を変える。


「いったいどこでそれを手に入れたのですッ!?」

「ひゃははは! 赤い瓶の前に転がっておったのをな、おぬしらに気づかれぬうちにわしが拾うたのよ! くひゃひゃひゃ!」


 晴明と道満は、役小角の部屋での天海の妙な行動を思い返し、息を呑んだ。


「これより二本目の"八天鬼薬"を飲む! さらなる鬼の力を得たわしは、夢の"千年天下"を掴み取るのじゃあッ!!」


 忠勝に組み伏せられた状態で小瓶の蓋を開けようとした天海に向けて道満が両目をひん剥きながら叫んだ。


「こンの愚か者めがッ!! 一つの体で"八天鬼薬"を二本飲めば、どうなるか知らんのかッ!? 心ノ臓が破裂して、あっけなく死ぬるだけぞッ!!」

「……っ!?」


 道満の言葉を受けて、天海は蓋を開けようとした手を止めた。そこをすかさず忠勝が手を伸ばして"八天鬼薬"を奪い取る。


「──ならば、わしが飲もうッ! "鬼の力"を、徳川幕府の栄光のために使うのだッ!!」


 叫んだ忠勝が小瓶の蓋を開けようとした瞬間、道満の雄叫びが広場に響いた。


「──飲むなァッ!!」


 左胸の〈呪毒眼〉を青光させた道満が獣のように駆け出し、忠勝の顔面に右拳を叩きつけた。

 漆黒の面頬が砕け、忠勝は小瓶を放り上げながら大扉に激突する。宙を舞う小瓶を、晴明の緑光する糸がすかさず絡め取った。


「──この"八天鬼薬"、誰にも飲ませるわけにはいきません!」

「……いいぞ、晴明! そいつを破壊しろ!」

「飲むわけにもいきませんし……"御大様の遺産"とはいえ……やむを得ませんか!」


 道満の声を聞いた晴明が決断を下し、手にした"八天鬼薬"を握り潰して砕こうとした瞬間、渦魔鬼が声を発した。


「──断魔鬼、今ッ!」

「ウラァアアッ!」


 拘束されていた妖鬼姉妹の体から呪力の縄が解けて落ちると、両手で〈人砕〉を握りしめた断魔鬼が鬼の咆哮を張り上げながら、晴明目掛けて飛びかかった。


「──なッ!?」


 晴明は咄嗟に飛び退くも、振り上げられた〈人砕〉の刃が晴明の右肩を粉砕し、小瓶を握りしめた右腕ごと宙空を舞った。


「まずいッ……!」


 晴明は叫び、左手を伸ばして緑光する糸を飛ばそうとしたが、それより早く、渦魔鬼が両手で練り上げていた妖力の網を晴明に向けて放出した。


「動くなッ!」

「ッ!? あッ! あぁッ!!」


 紫光する網は晴明の体をまたたく間に捕らえて包み込むと、晴明は悲鳴を発しながら網の中に取り込まれていく。

 〈人砕〉を手放した断魔鬼が跳躍し、晴明の右腕を掴み取って着地する。


「──断魔鬼ッ!! トト様に飲ませてッ!!」


 渦魔鬼の叫びと同時に、断魔鬼は右腕を放り投げ、小瓶を握りしめて駆け出した。


「──トト様ッ!!」


 断魔鬼は石畳を蹴りつけながら、全力疾走して刃刃鬼のもとに向かう。


「まさかあの赤鬼──"荒羅の息子"かッ!? だとしたら洒落にならんぞッ!!」


 忠勝を殴りつけた衝撃で、左腕の切断面からおびただしい量の黒い血を噴出させた道満が、右手で切断面を抑えながら片膝をつくと、苦悶の面持ちで告げた。

 そんな道満を心配そうに見ながら、忠勝から解放された天海が尋ねた。


「道満殿……"荒羅の息子"が"荒羅の八天鬼薬"を飲んだら……いったい、なにが起きる?」

「……ッ、天海殿ッ!! これはすべておぬしの責任だッ!! 今すぐ、"羅刹変化"せよッ!!」


 道満は渦魔鬼の網によって拘束され、無力化されている晴明の姿を見やった後、憤怒の形相で天海を睨みつけて叫んだ。


「い、いやじゃ……」

「天海ッ!! 四の五の言わず、"羅刹変化"しろッ!! でなければ、俺が殺すッ!!」

「……ひぃっ」


 天海は道満の恐ろしい迫力に気圧されて尻もちをつくと、広場の中央で今まさに"八天鬼薬"を刃刃鬼に飲ませようとしている断魔鬼の姿を見やった。


「トト様……ほら、飲んで!」

「……たつ、まき……あ、ああ」


 断魔鬼は小瓶の蓋をキュポッと開けると、崩折れる刃刃鬼の口元に"荒羅の八天鬼薬"を近づけた。

 天海の"鬼の心臓"がドクドクッと激しく脈打つ。道満が血眼になって叫んだ。


「はやくしろォオオッ!! 天海ィイイッ!!」

「──ぐぅううッ! わしは──わしはァアアッ!!」


 腹をくくった天海が立ち上がり、両手を広げて法衣の袖を翼のように広げた。


「──羅刹変化ェエエッ!! 羅刹天愚ゥウウッ──!!」


 甲高い声で宣言するように叫んだ天海。次の瞬間、黄色い瞳に浮かぶ灰色の"鬼"の文字が"羅"へと切り替わると、見る見るうちに白い法衣がふくれ上がっていく。

 羽音を立てながら灰色をした四枚の大翼が法衣を引き割いて広がり、天海の鼻が突き出すように伸び、その顔つきが猛禽類の鋭さを帯びていく。


「……いいぞ、天海殿ォ!」


 道満は満足気な笑みを浮かべながら、天海が二度と元には戻れぬ"異形"へと変貌していくその様子を見届けるのであった。

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