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13.役小角の遺産

「おお、これよ。これぞ、鬼ヶ島の空気──ああ、相変わらずまずい。肺が腐るようだ」


 鬼ノ城の広場。血のように赤い虚空の下、道満が両腕を広げて深呼吸する。淀んだ空気が肺を満たすと、嫌悪感を込めて吐き捨てた。


「まったくです。首領を失ってもなお、この辛気臭さですか……ここは、生者のいる場所ではありませんね。目的を果たしたらすぐに帰りましょう」


 晴明が道満に同意して返すと、道満は眼前にそびえ立つ黒岩の巨城・鬼ノ城を見上げた。


「だが、巌鬼がいなくなったのは好都合。今や鬼ノ城は誰の支配下にもあらず、我らのやりたい放題よ」

「鬼ヶ島にきたついでです。宝物庫ものぞいてみますか、道満」


 晴明は冷たい笑みを浮かべながら尋ねると道満は首を横に振って返した。


「早く帰りたいと言ったのはおぬしだろう、晴明──寄り道など不要。目的を果たすのみ。さぁ、さっさと行くぞ」

「いいでしょう──開けなさい忠勝」


 晴明が黒い瞳を紫光させて忠勝に命令すると、忠勝は無言のまま鬼ノ城の大扉まで歩いていき、両手で扉を押し開けた。


「……ここが鬼ヶ島か」


 天海はそびえ立つ鬼ノ城と広場を取り囲む黒岩の城壁を見回した。


「何事も起きぬとよいが」


 つぶやきながら、陰陽師たちの後を追って城内へ足を踏み入れた。

 晴明の操る忠勝に先導されながら、鬼ノ城の廊下を歩いていく陰陽師一行は、宝物庫に立ち寄ることはせず、長い廊下を進んで地下へとつながる階段に向かった。

 深淵に通じているかのような真っ暗な階段を道満が見下ろすと、晴明が両手を叩き鳴らしてかけ声を発した。


「──オン」


 階段の左右に並んでいる燭台のロウソクに次々と火が灯っていくと、下り階段を明るく照らし出す。

 晴明は道満に頷いて応えると、忠勝を先導させて階段を降りていった。突き当りに現れた赤い扉の前で一行は立ち止まる。


「……道満、覚えていますか?」

「ああ、覚えている──"おぬしらは、ここで待て"、だろ」

「……ええ。懐かしさすら感じますね」


 道満と晴明は、役小角に使役されていた前鬼と後鬼の中に居た時代を思い出しながら言葉を交わした。

 役小角は二体の大鬼に対して、この赤い扉の前で待つように毎度命令を下していたのであった。


「──触れてはなりません。死にますよ」


 赤い扉に両手を伸ばした忠勝を制した晴明。


「ここで待機していなさい」


 晴明は命令すると、忠勝は天海よりも後ろに下がって仁王立ちとなった。


「道満、ふたりなら開けられますよね」

「開けられねば、天下は取れぬ」


 赤い扉の前に立った晴明と道満は互いに言葉を交わすと、晴明は左手、道満は右手を突き出して、弁財天のマントラを同時に詠唱した。


「──オン・ソラソバ・テイエイ・ソワカ──」


 役小角ではない者のマントラを扉は聞き届けるのか──道満と晴明が固唾を飲む。重い沈黙。やがて赤い扉がかすかに紫色に光り始めた。そして、ガチャリと錠が外れる音が響く。

 そして、ギィと赤い扉が開くと、道満と晴明は安堵に胸を撫で下ろした。


「天海殿も入るか? 我らの師匠──役小角の部屋だ」

「……っ」


 不敵な笑みを浮かべた道満が後方の天海に声を掛けると、天海は額から一筋の汗を垂らしたあとに頷いた。


「大鬼の中から這い出たときは、御大様が居らっしゃられたので、この部屋を見て回ることが出来ませんでしたが──これは、素晴らしい」


 晴明は感嘆の声を発しながら役小角の赤い部屋に陳列された呪物や書物の数々を見回した。


「……晴明、我らがこの部屋にきた目的を忘れるでないぞ」

「ええ、ですが……この部屋にある呪物と書物はどれも一級品ばかり──これなんぞは、おお」


 晴明は本棚から一冊の書物を取り出して、表紙を眺めながら歓喜の声を漏らした。


「まったく──さて、目的の品は……ん?」


 道満は晴明に対して苦笑しながら赤い部屋を見渡すと、部屋の中央に置かれた赤い瓶の前にしゃがみ込んでいる天海の姿を視界に捉えた。


「天海殿……いかがした」

「……いや、これは何かと思いましてな」


 慌てて立ち上がった天海が赤い瓶を見ながら言うと、道満は瓶の中を覗き込んだ。赤黒い液体がフツフツと泡を立てている様子を見やった道満は天海に告げた。


「"鬼薬"だな」

「……では、これが目的の?」

「いや、これではない……こいつはただの"鬼薬"だ」


 道満は天海に対してそう言って返すと赤い瓶に背を向けた。


「そいつは、鬼人兵や鬼虫を生み出すための"鬼薬"……我らが求めているのは──"八天鬼人の鬼薬"だ」

「見つけましたよ、道満」


 道満が言うと、晴明が声を上げて棚の上に置かれていた筒立てを手にとって見せた。

 8本の小瓶が収まる筒立てには、中身が残っている2本の小瓶が収まっていた。


「……おお、まさしく」


 道満は笑みを浮かべながら言うと、晴明は2本の小瓶を筒立てから抜き取って、"絶羅"と書かれた紅色の液体と"滅羅"と書かれた緑色の液体を両手に持って顔の前に掲げて見せた。


「……道満は、どちらがお好みですか?」

「そうだな……ならば、"絶羅"をいただこうか」


 冷たい笑みを浮かべた晴明に対して道満が不敵に応じると、晴明は左手に持った紅色の液体が入った小瓶を道満に向かって放った。


「おい! 雑に扱うなッ! 御大様からの大切な贈り物ぞッ!」


 道満は慌てながら宙空を飛ぶ小瓶を掴み取ると、晴明の顔を睨みつけながら怒りの声を上げた。


「そう怒鳴らないでくださいよ……私たち、千年の時をともにした腐れ縁ではないですか……これからも仲良くやっていきましょうよ──ねぇ?」

「だがその千年前……俺たちは互いに呪詛をかけ合って殺し合っていた仲だったよな? そんな俺たちをつなぎ合わせてくれたのが、御大様の存在だ。そのことを決して忘れるなよ」


 道満は晴明を睨みつけながらも、手に持った"絶羅の八天鬼薬"を晴明に向けて掲げた。

 晴明は冷たい笑みで返すと、"滅羅の八天鬼薬"を道満に向けて掲げた。


「忘れませんよ……すべては御大様のおかげです──"御大様の遺産"に乾杯」

「──"御大様の遺産"に乾杯」


 かつて憎み合った陰陽師が、互いの黒い瞳を見つめ合う。

 "八天鬼薬"の入った小瓶をカチンと鳴らして乾杯した晴明と道満。親指で蓋をキュポンと弾き開けると、グイッと一息にあおった。


「……ああ、始まるぞ」


 天海は自らもそうだったように、人間が"八天鬼人"へと変貌していくその様子を息を呑んで見やった。

 

 ──この者たち、すでに常人ではない。伝説の陰陽師だ。

 ──そのふたりが"超常なる鬼の力"を得たならば、いったいどうなってしまうのか。


 思考に走らせた天海は恐怖とも畏敬とも区別のつかない引きつった笑みを浮かべながら"八天鬼人"へと変貌していく陰陽師の姿を見届けた。


「──ぐッ、ぐぉおおッ!!」


 道満の額の中央が盛り上がり、皮膚を突き破って真っ赤な一本角がグググと伸びる。


「──がッ! がぁああッ!!」


 晴明の額の左右からも、濃緑色の双角が血をにじませながら突出した。部屋に骨の軋む音が響く。

 苦悶の表情を浮かべる両者の見開かれた黒い瞳が黄色く染まっていき、それぞれ紅と緑に光り輝く"鬼"の文字が瞳孔に浮かび上がると、新たな"八天鬼人"の誕生とするのであった。

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