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11.神仏融合剣〈雉猿狗承〉

 新たに自分専用の剣を拵えることを決意した桃姫は、折れた〈桃源郷〉と〈桃月〉を風呂敷に包み直して肩に背負った。

 桃姫が玄関の戸を開けると、村人たちが大挙して家の外に集まっていた。


「けろっ……!」


 たまこが悲鳴を上げて五郎八姫の背後に隠れる。


「みなさん……?」


 桃姫の声に、村長が申し訳なさそうに頭を下げた。


「さっきは、村のもんがすまなかっただ。まさか、桃姫様に妖怪のご友人さおるなんて……わしら、ついぞ知らなかったもんで」

「すまんかった……!」

「祟らんでくれ……!」


 村長の謝罪に続き、村人たちが一斉に頭を下げた。その声を聞いたたまこが、五郎八姫の背後から顔をのぞかせた。


「さすがは桃姫様だべ。わけへだてなくおやさしいから、妖怪からも慕われとるんだな」

「んだんだ」

「ちげぇねぇ」


 竹三が笑みを浮かべながら言うと、村人たちは一様に頷きながらその言葉に同意した。


「改めてご紹介します。河童のたまこちゃんと、妖狐の夜狐禅くんです」

「はじめましてけろ……」

「よろしくお願いします」


 桃姫の紹介を受けて、たまこと夜狐禅が挨拶をした。


「ねぇねぇ、桃姫様? じゃあ、この人はなんの妖怪なの?」


 竹三の子供が五郎八姫を指さしながら尋ねた。


「なッ! 拙者はれっきとした人間でござる! 伊達家当主の五郎八姫でござるよ!」


 五郎八姫が胸を張りながら子供に答えると、その言葉を聞いた村人たちがざわつきだした。


「なんと、伊達の御当主様とな……」

「……なぁんで、伊達の殿様がこんな辺鄙な村におるだ?」

「さっすが桃姫様だべ……知己がちげぇんだ、知己が」


 ひそひそ話し合いながら、ちらちら顔を見てくる村人たちに困惑した五郎八姫は、独眼を閉じると小さく首を横に振った。


「あの、みなさん! 実は一つ、お尋ねしたいことがあるんです!」


 桃姫は村人たちのおしゃべりを遮るように声を発すると、一歩前に足を踏み出した。


「なんでも聞いてくれ、桃姫様」


 村長が村人たちを手で制して静めると、桃姫は頷いてから口を開いた。


「この中に"刀鍛冶"の方は、いらっしゃられないでしょうか?」


 桃姫の問いかけに、その場に居合わせた村人たちは互いの顔を見合わせると、村長が桃姫に告げた。


「山越村には"刀鍛冶"はおらなんだ。すまねぇな、桃姫様」

「──だども、村外れに"鍛刀場"があるよ」


 しゃがれた声に村人たちが道を開けると、腰の曲がった老婆が歩み出てきた。


「300年よりずっと昔……長船派の刀工が刀を打ってた場所だよ」

「おい、婆さん。おらは生まれも育ちも山越村だが、そんな場所、聞いたこともねぇし見たこともねぇぞ?」


 竹三がいぶかしみながら老婆の背中に声をかけると、老婆は鼻で笑った。


「あんたみたいな"若造"が知ってるわけないよ竹三……あたしが子供だった時分に親から教えられた場所だってのにさ」

「へぇ、婆さんが子供だった頃の"噂話"かい。じゃ、本当にあるかどうか怪しいもんだな」

「あるよ……なんせ親に内緒で、あたしはそこを遊び場にしてたからね」


 不敵な笑みを浮かべた老婆の横顔を見て、竹三は眉根を寄せながら黙り込んだ。


「お婆さん、その"鍛刀場"の場所……今でもわかりますか?」

「もちろんさ……だどもこの脚じゃ、そこまで行けないけどね」


 桃姫が尋ねると、老婆は自身の老いた脚を見ながら告げた。

 その言葉を聞いた五郎八姫は老婆に背を向けてしゃがみ込むと、横顔で笑みを見せた。


「拙者の背中でよければ、どこまででも行けるでござるよ」

「……おや、伊達の御当主様におぶられるとは……長生きはしてみるもんだね」


 老婆は五郎八姫の背中に小さな体を預けると、五郎八姫はしっかりとおぶって立ち上がった。

 桃姫はそんな五郎八姫の姿を見て、老婆を背負って大風の中を進む、かつて見た雉猿狗の姿を思い出し、懐かしさとともに胸が切なくなった。


「それじゃ、御当主様……まずは山越村まで行ってもらおうか。そこからは、記憶を頼りに案内するよ」

「あい」


 背負った老婆の声を聞いた五郎八姫は花咲村の北にある裏門に向けて歩き出すと、その後に夜狐禅とたまこが続いた。


「みなさん、ご協力ありがとうございました」


 桃姫は村人たちに丁寧なお辞儀をすると、仏刀を包んだ風呂敷を担ぎ直して、三人の後を足早に追いかけていった。

 桃姫一行は花咲山の山道を登り、三獣の祠の前までやってくると桃姫は木製の扉を開いた。


「雉猿狗、行こう」


 告げた桃姫は、三獣の骨壺の上に安置されている三つに割れた〈三つ巴の摩訶魂〉を手に取った。


「桃姫様、それは?」


 夜狐禅が尋ねると、桃姫は懐に〈三つ巴の摩訶魂〉を収めて振り返った。


「雉猿狗の魂だよ」

「……っ」


 夜狐禅は桃姫のほほ笑みにかつて見た雉猿狗の太陽のような笑顔を重ね見て息を呑んだ。

 桃姫一行は花咲山の山頂を越えると、備前の山々の間にある村、今は廃村と化している山越村の門前に到着した。


「お婆さん、"鍛刀場"はどっちの森でござるか?」

「……待ちなよ。そう急かさんで……今、思い出してるところ」


 五郎八姫が村を取り囲む森を見回しながら言うと、背中の老婆がおぼろげな記憶をたどった。


「もうすぐ、日が暮れそうけろだよ」

「明るいうちに見つからなかったら、村で一泊しましょうか」

「……こんなおばけ出そうな村で寝るのいやケロ」

「僕たち妖怪なので、おばけの心配はしなくていいと思います」


 後ろでたまこと夜狐禅が会話していると、老婆がカッと目を見開いた。


「御当主様、村の真ん中まで行きな! したらば、左の森を向いて! 早く!」


 五郎八姫は老婆に急かされるまま駆け出すと、焦げ臭い山越村の中央まで来て素早く左を向いた。


「よし、すべて思い出したよ……森の中に入って!」


 五郎八姫の背中で森を睨んだ老婆が声を上げると、五郎八姫は隣に立つ桃姫に声をかけた。


「もも、本当にお婆さんを信じるでござるね?」

「うん。ここまで来たら、もうそれしかない」


 桃姫は勇気づけるように言って返すと、五郎八姫は覚悟を決めたように頷いてからお婆さんの小さな体を背中に担ぎ直した。


「早く行くんだよ! せっかく呼び覚ました記憶が、消えちまうよ!」

「お婆さん、しっかり掴まるでござるよッ!」


 声を張り上げた五郎八姫は森の中に向かって駆け出し、その後を桃姫、たまこ、夜狐禅が続いた。


「右だよっ! そこを左さねっ! えーっと、その岩っ! その岩、昔と変わっとらんっ! ──岩の上を走るっ!」

「岩の上を走るッ!?」

「──あたしの言う通りにするんだよっ!」


 背中越しに指示を出す老婆の声に従った五郎八姫。ときたま茜空が見え隠れする森の中を1時間ばかり走り続けると、開けた空間へと抜け出た。


「ああっ! ここだよ!」


 老婆は目を見開いて歓喜の声を上げると、五郎八姫の背中から降りた。そこには確かに、古びた鍛刀場が存在していた。


「昔と何も変わっとらん!」


 目を輝かせた老婆が鍛刀場に近づくと、桃姫一行も安堵した。夜の帳が落ちる頃、鍛刀場の屋内にロウソクの明かりが灯された。


「もも。このかまど、使われた形跡があるでござるよ」


 五郎八姫はかまどの内部をのぞき込みながら火箸で炭をかき出した。


「炭の状態を見ればわかるでござる……一度火が入れられてるような」


 五郎八姫はかまどから出した炭を火箸で転がしながら告げると、たまこが作業机の椅子に腰かけながらくちばしを開いた。


「誰かが芋を焼くのに使ったんだけろ。間違いないけろ」

「こんなところまで来て、そんなことするでしょうか?」


 ロウソクに指先で触れながら妖術で火を灯していく夜狐禅がたまこに問いかけた。


「きっと取られたくなかったんだけろだよ。たまこにもそういうときあるけろ」


 たまこはそうに違いないとばかりにうんうんと頷いた。


「誰が使ったにせよ、壊れてないんだったら問題ないよ。それに道具も一式揃ってるし、大丈夫」


 桃姫は鍛刀場の中を見渡すと、着物の袖をまくって長い髪を妖々魔の飾り紐でくくった。


「それじゃあ、みんな──始めようか」


 桃姫は濃桃色の瞳に神仏の波紋を光り輝かせると、ぬらりひょんの館で学んだ知識を使って刀作りを開始した。

 折れた〈桃源郷〉と〈桃月〉の刃を坩堝の中に入れた桃姫。夜狐禅が妖術を用いて火を吹き、かまどの火力を上げていくと、溶けた刃が桃銀色の塊へと転じていく。


「……雉猿狗、力を貸して」


 桃姫は祈るように告げると、〈三つ巴の摩訶魂〉を坩堝に投じて、仏刀から生み出された鋼の塊と混ぜ合わせた。

 その瞬間、桃銀色だった塊が翡翠色へと変化すると、桃姫たちは息を呑んだ。


 火箸で取り出した翡翠色の塊を桃姫と五郎八姫で交互に小槌を振るって叩き伸ばす。

 たまこは桶に入れた水を口に含むと、妖術で冷水にして叩き伸ばされた鋼に吹きかけて急速に冷やす。


「んん……んごご」


 夜が更けていく中、途中まで鍛刀作業を見ていた老婆は睡魔に勝てずいびきをかいて寝ていた。

 真っ暗な森の中で、鍛刀場の窓や天井の隙間から、ロウソクの明かりと刀を鍛える音が外に漏れ出た。


 ──カーン──!!


 夜明け前、桃姫が両手で握りしめる大槌が振るわれて、ひときわ大きい音が鳴り響くと、その音で老婆が目を覚ました。

 大鎚を置き、額から流れる汗を拭った桃姫が大きく息を吐いた。


「──できた」


 完成した一振りの両刃の長剣は、柄すらも翡翠の鋼で打たれていた。桃姫はその柄を掴んだ瞬間、全身に凄まじい霊力を感じ取った。

 天井の亀裂から差し込んだ朝焼けの光の中で、桃姫が翡翠の霊剣を高く掲げると、全員がその神々しい光景に息を呑んだ。


「──神仏融合剣……〈雉猿狗承〉──」


 桃太郎と雉猿狗の想いを受け継いだ美しい霊剣の名を、桃姫はそう命名するのであった。

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