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40.天照の桃姫様

 大悪路王との戦いから一ヶ月後──関ヶ原の戦いの勝者にして、江戸幕府初代将軍・徳川家康による召し出しを受けた桃姫と五郎八姫は、江戸城の大天守閣を訪れた。

 勢揃いした徳川家臣団を左右に並べた家康が、開かれたふすまの向こうから現れた桃姫の姿を見やると、眉根を寄せた。


 桃姫は白い手ぬぐいで目元を隠しており、同行する五郎八姫の手に引かれながら現れたのである。

 その様子を目にした家臣団が一斉にざわつく中、桃姫と五郎八姫は大天守閣の大広間を歩いて進むと、家康の前で両膝をついて静かに正座した。


「天下人・徳川家康公の召し出しを受け、ただいま仙台城より馳せ参じ申した。伊達家当主・伊達五郎八姫にございます」

「同じく、伊達の女武者・桃姫にございます」


 五郎八姫と桃姫はそう告げながら家康に深く頭を下げると、家康は右手を上げた。


「苦しゅうない、面を上げよ……うむ。遠路はるばる、よくぞ参られたな」


 家康のねぎらいの言葉を受けた桃姫と五郎八姫が頭を上げると、家康は桃姫の顔を見ながら目を細めた。


「して、桃姫殿……その目は如何にした」


 家康が尋ねると桃姫が静かに口を開いた。


「はい。すでに殿もご存知のように、アマテラス様と一体となった私は、桃配山にて役小角の浄化を行いました。しかし、その極光が私の目を焼き──気づけば、光を失っておりました」


 桃姫はそう言うと、自身の目元を覆っていた白い手ぬぐいを解いてみせる。その白く染まった瞳を見た家康と家臣団が一斉に息を呑んだ。


「そうか……おぬしは、自らの体を天照に捧げ、日ノ本を救い清める光となったのだな……それに桃姫殿、おぬしは悪鬼羅刹と化した大谷吉継からもわしの命を救ってくれた」


 家康は感慨深く唸るようにそう告げると、桃姫の顔を見て笑みを浮かべた。


「桃姫殿、おぬしは"褒美"として何を求める。金銀財宝に所領……何でもよい、申してみせよ。この天下人・徳川家康の威信にかけて、万事叶えてみせようぞ」

「……では、一つだけ。お願いがあります」

「うむ、申してみせよ」


 桃姫は手ぬぐいを握りしめ、白い瞳に熱を込めた。


「天照神宮を復興してください──役小角によって破壊された天照神宮を復興さえしていただければ……それより他に私が望むことは何もございません」


 大天守閣での謁見からしばらく後──白桜に騎乗した桃姫と月影に騎乗した五郎八姫が江戸城を離れながら会話をしていた。


「もも。本当にあれだけでよかったのでござるか? 要求すれば何でも通りそうでござったよ?」

「うん、いいんだ。天照神宮の復興だけが私の心残りだったから」


 桃姫は秋の空に向かって息を吐くと、馬上で肩を並べた五郎八姫に顔を向けた。


「ねぇ、いろはちゃん。いろはちゃんにも、一つだけ、お願いがあるんだ」


 それから半月後、桃姫は花咲村にいた。破壊された村は何一つ変わらない姿のまま時代に取り残されていた。

 白桜に乗った桃姫は、出迎える者のいない半壊した生家にたどり着くと、目が見えないながらも暮らしていた。

 そんな桃姫のもとに忙しい合間を縫って仙台城から五郎八姫が訪れた。


「……もも、本当にこのまま花咲村で暮らしていくのでござるか?」

「うん……相変わらず目は良くならないけど、白桜が私の目の代わりになってくれてるんだ」

「……そうでござるか」


 屋根のみが補修された桃姫の家で、煤けた座布団の上に座った桃姫と五郎八姫が脚が欠けたちゃぶ台を挟んで会話をしていた。


「──"故郷に帰りたい"……そうももにお願いされたら、断ることなんてできないでござるよ」

「うん……ありがとう、いろはちゃん。私は伊達の女武者なのに、勝手なことして……ごめんね」

「いや、謝る必要はないでござる。日ノ本の戦は終わったし、鬼もいなくなったのでござるからな」

「……うん」


 あぐらをかいた五郎八姫がほほ笑みながら言うと、脚を崩して座った桃姫も笑みを浮かべて頷いた。


「そうだ、もも。拙者、ももに"贈り物"を持ってきたでござるよ」

「……え?」

「両手を出すでござるよ」


 五郎八姫はそう言うと、着物の懐から取り出した"贈り物"を桃姫の手に置いた。


「……っ!?」


 両手を握って、その感触を確かめた桃姫は白く染まった目を見開いて驚きの声を漏らした。


「関ヶ原で、見つかったのでござるよ」

「これ……〈三つ巴の摩訶魂〉……」


 手にした感触から伝わってきた心象を桃姫は声に漏らした。〈三つ巴の摩訶魂〉は、それぞれの翡翠に亀裂が入り、連なっていた形が三つに分裂していた。


「発見した者によると、桃配山の頂き……ももが気を失って倒れていた場所に落ちていたという話でござるよ」

「……ッ、最後まで、一緒にいてくれたんだね……雉猿狗」


 五郎八姫の言葉を聞いた桃姫は、砕けた〈三つ巴の摩訶魂〉を大切に胸に抱き入れた。

 それから五郎八姫は伊達領の戦後処理が忙しいという話を桃姫にすると、月影に跨がり慌ただしく仙台城に帰っていった。


 桃姫は五郎八姫を見送ると、白桜に乗って三獣の祠へと向かった。そして、祠の前で白桜から降りた桃姫は、白い石造りの祠の扉を開いた。

 祠の中に置かれた三つの骨壷に手を伸ばして触れた桃姫は、蓋の上に〈三つ巴の摩訶魂〉の欠片を一つずつ丁寧に置いていく。


「雉猿狗……護ってくれて……ありがとう」


 三つ並んだ骨壷の上に円を描くように並べられた三獣の魂の欠片──桃姫は祠の中から手を引くと、両手を合わせて祈りを捧げた。

 光を失った桃姫の両眼から熱い涙があふれ出すと、頬を伝い、顎を伝い、ポタポタと落ちて、手のひらを重ね合わせた指先を濡らした。


「──桃姫様──こちらこそ──ありがとうございました──」


 雉猿狗の声──桃姫は白い瞳を大きく見開き、三獣の祠を見ようとするが、視界はただ暗闇を映すのみであった。

 しかし、重ね合わせた両手のひらはぽかぽかと太陽の熱を持ち始め、三獣の骨壺に囲まれた香炉からはかぐわしい香木の香りが立ち始めた。


「……っ!!」


 その瞬間、背中越しに暖かく抱きしめられる感触を桃姫は得た。


「──桃姫様──雉猿狗は桃姫様のお供になれて──本当に幸せでした──」


 体の透けている雉猿狗の幻影が後ろから桃姫の体を優しく抱きしめ、合わせている両手に自らの両手を重ね合わせる。

 桃姫の涙は止まらず、次々とこぼれ落ちた涙が、雉猿狗の手をすり抜けて桃姫の手を濡らしていく。


「──だから、もう泣かないでくださいませね──私の大切な、桃姫様──」


 重ねていた雉猿狗の手が、左手で桃姫の頭を撫で、右手で桃姫の両眼をスッと撫でた。


「……雉猿狗ぉっ!!」


 桃姫が大声でその名を呼んだ瞬間、突如として膨大な量の光の波が桃姫の見開かれた瞳に飛び込んできた。


「ああッ!!」


 暗闇に包まれていた視界が一転して明光に包まれると、光は段々と収まっていき、桃姫はゆっくりと視力を取り戻していった。

 そして、三獣の祠と隣で大人しく待つ白桜の姿を視界に捉える。


 耳に聞こえるのは、木々の葉を揺らす風の音と鼻にむせかえるような秋の花咲山の匂い。

 背中には既に雉猿狗の熱はなかった。桃姫は腕で目元をこするが、既に涙は流れていなかった。


「……雉猿狗」


 その名を呼び、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ14歳の頃の顔つきを見せた桃姫。だが、すぐにその面影は消えた。


「……私、もう泣かないよ」


 18歳になった桃姫は透き通るような秋の青空を見上げて、雉猿狗のような慈悲深くも力強いほほ笑みを浮かべながら言った。


「──私、強くなれたよ」


 桃姫は4年前と変わらぬ花咲山の秋風をその身に受けながら、しかし、4年前とは明らかに異なる凛とした顔つきと声で天界に向けて報告するように、そう告げるのであった。


 天照の桃姫様 第三幕 覚心 -完-

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