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24.伊達の忍・黒脛巾組

「──阿南姫殿、御覚悟」


 地面に倒れ伏した鬼波姫に向けて声が投げかけられる。鬼波姫が顔を上げると、黒脛巾組の忍び衆がずらりと立ちはだかっていた。

 首飾り、腕飾り、耳飾り──そして彼らを頭とする忍び衆30人が鬼波姫を素早く取り囲むと、それぞれの得物を構えた。


「──仏刀を持たぬ我ら忍びでも、鬼の四肢を切断し、動きを封じることは可能」


 鎖鎌を手にした腕飾りが低い声で告げると、匕首を構えた耳飾り、忍者刀を構えた首飾りが黒布で口元まで覆い隠した状態で鬼波姫ににじり寄った。


「……ううっ」


 その光景を見やった鬼波姫は突如として嗚咽を発すると、滂沱の涙を流しながら顔面を両手で抑えた。


「それが、政宗のおばに対する仕打ちですか!」


 鬼波姫は涙声で叫んだ。


「あなた方、それでも政宗仕えの忍び衆なのですか! 恥を知りなさい!」


 鬼波姫のまさかの発言に困惑した黒脛巾組は、にじり寄る足を止めた。


「私がなぜこのような行動を起こしたのか、若く愚かないろはには理解出来ずとも……長年政宗に仕えたあなた方ならばわかるでしょう……!? 耳飾り、答えなさいッ! どうなのですか!?」


 鬼波姫は細身の女忍び耳飾りに向けて声を発すると、耳飾りは戸惑いながらも黒布の下の口を開いた。


「あなた様が伊達をお憎みになられるそのお気持ちは痛いほどにわかります……ですが、あなたはついぞ仙台城にお戻りになられなかった──幾度も"蘆名は滅んだ、伊達に戻るように"と政宗公が書状を送っても、あなたは私の眼前で書状を破り捨て、突き返したではございませぬか」


 耳飾りの言葉を受けた鬼波姫は顔を両手で覆い隠したまま、さめざめと泣きながら言って返した。


「耳飾り、あなたも忍びである前にひとりの女であるならばわかるでしょう……人生をかけた"女の戦い"というものは、書状ごときで済ませられるものではないのです」

「だとしても! いつまでも伊達を憎み続けるわけにはいかないはずです! 阿南姫様、今からでも遅くはありません。どうか仙台城にお戻りくださいませ!」


 耳飾りは身を乗り出し、懇願するように訴えた。顔を伏せた鬼波姫は静かに口を開いた。


「そうですか……では、耳飾りの熱意に免じて帰らせていただきましょう……政宗の死に顔に向けて、話したいこともあります」


 両手で顔を覆いながら、その下で鬼波姫の口角がわずかに上がった。壮齢の忍者である首飾りは、忍者刀を構えたまま眼光を鋭くした。


「さりとて、貴殿は"鬼"となることを選び、須賀川城の侍を惨殺して回り申した──そのような"悪鬼"を仙台城に連れ帰ることは危険極まりない……ゆえに四肢をこの場で切断させていただく」

「……首飾り、主君のおばに対して、よくもそのようなことが言えますね……いったいどちらが"悪鬼"でしょう」


 鬼波姫が恨めしそうな声で告げると、首飾りは毅然とした態度で答えた。


「我らの今の主君は、五郎八姫様にございます」

「……生意気な」


 鬼波姫は忌々しげに声に漏らすと、耳飾りが駆け出して鬼波姫の前に立ち、首飾りと腕飾りに向けて振り返る。


「私は阿南姫様を信じたい! 四肢を切断し、くつわを噛ませた状態で連れ帰るなんて、そんな非道な真似を政宗様はお許ししたでしょうか!? 今の主君が五郎八姫様だとしてもです!」

「耳飾りよ。我らは忍び、要らぬ感情にほだされるでないぞ」


 懸命に訴える耳飾りに腕飾りが告げるが、それでも耳飾りは引かなかった。 


「要らぬ感情などではありません! 私は阿南姫様を"鬼の道"から救いたいだけです!」

「もういいですよ、耳飾り──十分に時間は稼げました」


 鬼波姫はそう言って立ち上がると、右手に作り出した"涙滴の刃"を振るって耳飾りのうなじを素早く斬りつけた。


「え──」


 目を見開き、声を漏らした耳飾りのうなじから真っ赤な鮮血が噴き出し、不敵な笑みを浮かべる鬼波姫の顔を赤く染めた。

 耳飾りが泥まじりの地面に崩れ落ちると、鬼波姫は青い"鬼"の文字が光り輝く黄色い瞳でざわめく黒脛巾組を見回した。


「──政宗に使えた忍び衆なんて……"死滅"する以外に許されると思って?」

「ッ……かかれェッ!」


 鬼波姫を睨みつけた首飾りがかけ声を発すると、30人の忍びが一斉に鬼波姫に跳躍して斬りかかった。

 その瞬間、くすりと笑った鬼波姫は舞うようにその場で一回転しながら詠唱した。


「──八天鬼術・雨水天昇──」


 両眼を青光させた鬼波姫が唱えると、地面に含まれた大量の水分が高速で撃ち上がり、無数の弾丸と化して忍びたちを襲った。


「──死滅なさい──」

「──ッ!?」


 まさか下からの攻撃が来るとは想定していなかった忍びたち。

 地面から射出された"水弾"に体を撃ち抜かれ、鬼波姫に一太刀も与えることなく次々と地面に倒れ込んでいった。


「……ぐ、ぐっ」


 全身から血を流し、苦悶の表情を浮かべながら地面に倒れ伏した首飾り。鬼波姫は歩み寄ると、顔についた耳飾りの鮮血を指先で拭った。

 そして、青い爪が伸びる人差し指を虫の息となっている首飾りに向けながら陰惨なほほ笑みに顔を歪めた。


「──地獄で政宗に伝えなさい……伊達は滅んだとね」

「……ッ」


 耳飾りの血で作られた弾丸が鬼波姫の指先から発射されると、歯噛みした首飾りの額を貫通してその命を奪い去った。


「──さて……"国流し"を始めましょう」


 鬼波姫は呟きながら歩き出し、須賀川城を出ていった。

 それからしばらく後、浮き木綿に乗った桃姫と五郎八姫が30人の忍びが倒れている現場を発見して降り立った。


「黒脛巾組……!?」

「どうして、こんな……!」


 五郎八姫が戦慄すると、桃姫は悲痛な面持ちで声に漏らした。そのとき、ひとりの大柄な忍びがかすかなうめき声をこぼした。


「いろはちゃん! まだ息のある人がいたよ!」

「腕飾り……!」


 桃姫が五郎八姫に声をかけると、五郎八姫は"腕衆"の頭である腕飾りの前にしゃがみ込んだ。


「……御当主様」


 腕飾りは吐血しながら、五郎八姫の顔を見上げた。


「……阿南姫様が……鬼の術にて、一網打尽に……」

「しっかりするでござる!」


 腕飾りは悔しそうに歯噛みすると、五郎八姫は腕飾りの上体を抱き起こした。


「大おば様がどこへ行ったかわかるでござるか?」

「……"国流し"と言い残して、湖のほうへ……いやな予感がいたします……」


 腕飾りは低い声でそう告げると、五郎八姫の腕の中で息を引き取った。


「もも、猪苗代湖でござる!」

「うん……!」


 桃姫と五郎八姫は浮き木綿に飛び乗ると、鬼波姫が向かった先、磐梯山のふもとに広がる猪苗代湖へと飛び立つのであった。

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