表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/170

23.波羅の力・鬼波姫

「あれが須賀川城でござる」


 五郎八姫は、小高い丘陵の上に建つ城を視界に入れると声を発した。


「……大おば様があの城に」


 眉を曇らせた五郎八姫が呟くと、あぐらをかいたぬらりひょんが黒杖を手に持ちながら口を開いた。


「伊達のむすめよ。〈氷炎〉で鬼を斬り伏せ、桃姫を護るのじゃ……よいな」

「言われなくてもそうするでござる」


 五郎八姫は胸を張りながら応えて返すと、桃姫とともに"大浮き木綿"の端に立った。


「よく聞け。浮き木綿は、おぬしらの思考を読み取って動く──もしも落ちた場合は"助けてくれ"と強く想え、浮き木綿の機嫌がよければ助けてくれるじゃろう」

「はい」


 ぬらりひょんの言葉を受けて桃姫は頷いて返した。ぬらりひょんは黒杖を掲げると円を描くように一振した。


「──では、行って参れ」


 ぬらりひょんが告げると、桃姫と五郎八姫が乗っていた部分の浮き木綿が"大浮き木綿"から剥がれ、二枚が連結した浮き木綿となる。

 ふたりを乗せた浮き木綿は、須賀川城の天守閣へ向けてふわふわと漂っていった。


「よし。いろはちゃん、入ろう」

「あい」


 声をかけ合いながら、天守閣の大窓に寄せた浮き木綿から跳躍して、大広間に突入した桃姫と五郎八姫。

 白と黒の軽鎧を揺らしながら畳の上に着地すると、周囲に倒れ伏す侍たちの亡骸に目を見張った。


「この傷跡。間違いない……これは、鬼の力だ」

「それも鬼蝶とは異なる力のようでござるな──大おば様……あなたの身に、いったいなにが起きたでござるか」


 桃姫と五郎八姫は、胴体に大きな裂傷を受けた傷口、そして喉に穴の空いた亡骸を見ながら言葉を交わした。

 その傷跡から察するに鬼蝶の操る炎の力とは、何か異なる鬼の力であることは明確であった。


「……血とは別に畳が濡れているでござる」


 しゃがんだ五郎八姫が湿った畳に指で触れると、それは何の変哲もない"水"であることがわかった。

 そのとき、桃姫は薄暗いふすまの向こうから、じっと見つめる気配を感じ取った。


「いろはちゃんッ!」

「うおッ!?」


 叫んだ桃姫がしゃがんでいる五郎八姫の両肩を掴んで後ろに引き倒した──次の瞬間、五つの水滴が弾丸のような速さで五郎八姫の眼前を過ぎると居た場所にぶち当たって畳に五つの穴を穿った。


「……ッ!?」


 驚愕したふたりは"水弾"が飛んできた先、ふすまの奥を見やった。


「まさか、あなたの方からきてくれるとは思いませんでしたよ──久しぶりですね、いろは」


 ふすまの向こうから冷たい声が響くと、青い爪が伸びる右手から水滴を滴らせた鬼波姫が姿を現した。


「……大おば様」


 五郎八姫は立ち上がって悲しげに目を細めた。その隣に立つ桃姫は〈桃源郷〉と〈桃月〉を左腰の白鞘から抜き取って構えると、臨戦態勢を取った。


「なにゆえ、こんなことをするのでござるか……あなたは伊達の人間! 伊達の城を襲う理由なんてないはずでござろう!?」

「……政宗は、あなたになにも話さずに死んだのですね。最後まで身勝手な男です」


 鬼波姫は顔を引きつらせると唾棄するようにそう言った。そして両手を合掌するように組み合わせると、瞳に浮かぶ青い"鬼"の文字を光らせながら五郎八姫を睨みつけた。


「いいでしょう、いろは。なにも知らぬまま、愚かな政宗の血を引く者として死んでいきなさい……それにその眼帯──見ているだけで殺意が止まらなくなりますッ!」


 鬼の形相を浮かべた鬼波姫は、組み合わせた両手に膨大な量の水を集合させて"水塊"を練り上げる。


「いろはちゃん、戦って!」

「……くッ!」


 桃姫はいまだ刀を抜かない五郎八姫に叫んだ。五郎八姫は歯噛みしながら右手に〈氷炎〉、左手に〈燭台切〉を黒鞘から抜いて構えた。


「──八天鬼術・洪流瀑塊──」


 瞳に宿る青い"鬼"の文字を青光させ、鬼術を詠唱した鬼波姫。両手を開いて"水塊"をふたり目掛けて撃ち放った。


「デリャァアアッ!」

「ヤェエエエエッ!」


 声を張り上げた五郎八姫と桃姫が両手の刀を同時に振り下ろして迫ってきた"水塊"を斬り裂いた。

 その瞬間、"水塊"は水風船が破裂したように炸裂し、内部に溜め込んでいた莫大な量の水を四方八方に放出し始めた。


「うぉおおっ!」

「うぁああっ!」


 五郎八姫と桃姫は激流に飲み込まれ、天守閣はまたたく間に水の中に沈んでいった。


「──ごぼっ! ごぼ、ごぼっ!」


 息を漏らした五郎八姫が水中で独眼を見開くと、青い爪を鋭く伸ばした鬼波姫が水中を優雅に舞うように移動していた。

 鬼波姫は五郎八姫に狙いをつけると、水を蹴って跳躍する。

 咄嗟に右手に握った〈氷炎〉を水中で振るった五郎八姫。鬼波姫は軽くかわすと、左手の鬼の爪を振りかざし、五郎八姫の顔面を引き裂こうと迫った。


「──ンンッ!!」


 五郎八姫はこれ以上息を漏らすまいと固く口を閉じると、水中で右脚を突き伸ばして急接近する鬼波姫の顔面を蹴りつけた。

 予期せぬ反撃を受けた鬼波姫の体が水底に弾き飛ばされると、五郎八姫はその反動を利用して水面に顔を出した。


「──ぶはぁッ!! がはぁッ!!」


 水面から顔を出した五郎八姫は大きな呼吸を繰り返して懸命に肺に酸素を取り込んだ。

 そしてよく見ると天井が眼前まで迫っており、天守閣が完全に水没していることに愕然とした。


「ももッ!! どこでござるかッ!?」


 見回しながら叫んだ五郎八姫。しかし、桃姫の姿が見当たらないことから水面に視線を移すと、黄色い瞳に浮かんだ"鬼"の文字を青光させた鬼波姫が陰惨な笑みを浮かべているのを目撃した。


「まずい──!」


 五郎八姫は水面を必死にかいた。しかし軽鎧が足枷となり、思うように泳げない。

 水面下にいる鬼波姫は、両手に練り出した渦を高速回転させ、拝むように重ねると一つの大渦へと変化させた。


「──死滅なさい──」


 頭上で泳ぐ五郎八姫を睨みつけた鬼波姫。両腕にまとった大渦を撃ち放とうとしたその瞬間──桃銀色をした刃の輝きを視界の端に捉えた。

 天守閣の外、浮き木綿の上に桃姫がいた。二振りの仏刀を重ね、姿勢を低く構え、瞳に浮かぶ白銀色の波紋を拡大させていく。


「──烈風・桃心牙ァアアッ!!」


 二枚の浮き木綿を両足の雪駄で跨ぐように踏みしめながら、全力の一撃を撃ち放った桃姫。


「──ッ!?」


 焦った鬼波姫は、両手を桃姫に向けて大渦を撃ち放った。巨大な水槽のようになった天守閣の水を巻き込みながら突き進んでいく青光する大渦は、大窓から入ってきた桃銀色の烈風と激しくぶつかり合う。


「──行っけぇええッ!!」


 桃姫の叫びが天守閣の中にまで響きわたった。


「もも!?」


 天井付近を泳いでいた五郎八姫が水面下で桃姫と鬼波姫の戦いが起きているのだと気づくと同時に、うねる大波が生じてその体が翻弄された。


「──私が、押し負けているッ!?」


 怒涛の勢いで押し寄せてくる桃銀色の烈風に瞠目した鬼波姫。青い大渦が引き裂かれる。桃銀色の烈風が水壁を突き破り、鬼波姫へと迫った。


「嗚呼ッ──!」


 鬼波姫は悲鳴を上げると、水中を素早く泳いで逃げようとした。後ろから迫ってくる激しく渦を巻いた桃銀色の烈風が背中に激突すると、鬼波姫は声にならない声を上げた。

 天守閣の大窓から放たれた桃銀色の烈風は、その裏側に位置する階段の踊り場まで到達すると、鬼波姫の体を巻き込みながら壁面を破壊して、大穴を穿った。


「ぐあッ──!」


 目をひん剥いた鬼波姫が大穴の縁に両手でしがみついた。天守閣に溜まっていた膨大な水は、大穴を目指す激流と化して鬼波姫の体に容赦なく襲いかかった。


「いやぁ──!」


 鬼波姫の指が滑る。激流に呑まれ、天守閣から放り出された。


「うわぁッ!」


 五郎八姫もまた、大穴が開いたことによって生じた渦を巻く水の奔流によって天守閣の大窓から外に排出されようとしていた。


「いろはちゃん!」

「もも……!」


 桃姫が乗った浮き木綿が大窓に近づくと、五郎八姫を乗せて浮き上がる。


「大おば様は、どこに!?」

「わからない……!」


 浮き木綿の上で互いの無事を確認しあった五郎八姫と桃姫は、姿が見えなくなった鬼波姫の行方を探した。

 一方その頃──須賀川城の裏手では、天守閣から落下した鬼波姫が濡れた地面の上に倒れ伏してうめいていた。


「ぐ、うう……私の力……"波羅の力"がッ、敗れた──!?」


 怨嗟にまみれた鬼の形相を浮かべた鬼波姫。全身に激痛を味わいながらも何とか両手を突いて立ち上がろうとする。

 しかし思うように力が入らず、再び水びたしの地面に倒れ込むのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ