⑧また、結びたくて
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まだプライベートがバタバタしているので、投稿ペースはゆっくりとなりますが、今後ともご愛顧頂きますよう、宜しくお願い致します。
『抗星協会』が存在する一帯は、遠くからだと大きな螺旋状に見えます。
実際には大小幾つもの工房とそれらを繋ぐ廊下や階段が、渦を巻くように繋がっているのです。
そして、中心に白くて太い、円柱状の建物があって、これが協会本部となっています。
随分と歪な姿をしていますが、どうしてそうなったのでしょうか?
答えは簡単──「元々あった」から。
前回の『転星』が終わり、今の『砂天楼』が始まった時、この“ごちゃごちゃした螺旋姿の建物”が現在の場所に、存在していたのです。まるで当然のように。
一応、大きさは今より二回りほど小さかったのですが、近くに住んでいた人々は気味悪がって誰も近寄りません。
そこへやって来たのが、まだ出来たばかりだった『抗星協会』のメンバー達。
当時お金が無かった彼らにとって、それなりの大きさがあって、各々が工房を持てるような構造をしているこの建物は好都合でした。なんせ無料ですから。
それで、晴れて協会の拠点となったのですが、有名になって、魔術師やお金が凄まじい早さで集まって来たのが運の尽き。
勢いのまま、工房をあちこちに増改築していった結果、今のような捻れた塔が出来上がってしまったのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは協会本部にいくつも設置された執務室の一つ。
広い長方形の部屋の奥に長机が2つ、直角に並べられています。
側面の机には、オレンジ色のペンと、“土人形”のキャラクター「ゴレちゃん」が描かれた手帳が置いてあります。そして、少し背丈の小さな椅子には、同じく「ゴレちゃん」のクッションが置かれていました。
正面の机と椅子は側面のよりも二回りほど大きいしっかりしたもので、代わりに飾りっ気の一切ないシンプルなものです。
代わりに机の上に小さな写真立てが一つ、置いてありました。
そして、部屋の反対側。
そこには本来、来客用のテーブルとソファーが置かれているはずですが……。
「どうだ、ロザヴィー! 今日のは自信作なんだ」
なぜだか今日は、大量のお菓子の山に埋もれていました。
したり顔で微笑むのは、眼鏡を掛けた茶髪の男性。
彼の名前はティクス。──そう、アレナが言っていた『箱舟』工房の若き工房長です。
……ですが、今の彼を見て、そう信じる人がどれ程いるでしょうか?
確かに熊にも負けないくらい大柄で、捲ったシャツから見える腕は岩のようです。
けれども、「ゴレちゃん」のエプロンと頭巾が、その印象とはあまりにかけ離れています。一言で言えばアンバランス極まりません。
「……ティク兄ぃ。何、これ?」
ソファーの上に胡座をかいて座りながら、桃色の髪の少女──ロザヴィーは、眉をひそめました。
協会の会合から物凄い形相で帰って来ると、すぐにキッチンに引きこもったので、何か作ってくるとは思っていました。
いつもの事ですし。
……え? それがおかしい?
──まぁ、彼らには、いつものことなんです。
けれどもこんな量は完全に想定外。ショートケーキやシュークリーム、タルトにマカロン。雑多に積み上がった“お菓子の塔”は、いつ崩れてもおかしくありません。
おまけに目の前で笑うこの男も、無理をしているのは明らか。目は笑っていないですし、口の端っこがヒクついて、笑顔が歪んでいます。
「……何があったの?」
「いっ、いや、特にっ……! いつものことじゃないか」
「いつも……、ねぇ」
ロザヴィーは、“お菓子の塔”へと手を伸ばすと、灰色のカップに入ったプリンをそっと助け出しました。
そして、そのまま銀色のスプーンですくうと、口へ運びます。
そして、そのままポツリと一言。
「……ティク兄ぃ」
「ん? どうした?」
「これ、塩と砂糖を間違えてない?」
「……なっ!? 馬鹿な」
慌ててプリンを手に取ろうとするティクス。
そんなの彼の口に、“がぽっ!”とスプーンが突っ込まれます。
「むぐっ……!?」
「うん、嘘」
青く透き通る瞳が、ティクスを見つめました。
「でもそれ、ティク兄ぃもでしょ?」
「……」
「……お願いだから、隠さないで」
ティクスは少しの間、目を細めていましたが、やがて口からスプーンを抜いて、しぶしぶ話し始めました。
「……昨晩、『旋虹』工房の魔術師が『杖を裁く弾痕』に襲われて殺された」
「また“魔術師狩り”……!? 今月3件目じゃ……」
「ああ。死体の状況から集団に囲まれて、銃で撃ち殺されたのは間違いない。──奴らのいつもの手口だ」
「そんな……酷い……」
「だが、それ以上に問題なのは、すぐ側に『箱舟』の“3級魔術師”が付ける記章が落ちていたことだ」
「なっ!? どういうこと!!?」
サイドアップに束ねられた桃色の髪がピクリと跳ねて、あどけなさの残る頬が、わずかに引きつりました。
『箱舟』工房の職員達は、実力や工房への貢献度に応じて、1から9の“等級”に分けられています。
下の等級でも十分な報酬は得られるのですが、いわゆる“上級”となる、3級からは勝手が違います。
「『箱舟』の乗船権を捨ててまで、人殺しをしたっていうの!?」
そう、『転星』から逃れる数少ない手段。それが“3級”以上の職員には与えられるのです。
そして、それを手に入れるため工房内では、熾烈な競争が続いている状況でした。
「……解らない。ただ、防御術に長ける『旋虹』の魔術師を銃だけで殺せるとも考えづらい。魔術師の協力者が必ず居たはずだ」
そこまで話すと、ティクスは頭巾を外して、握りしめました。ため息と共に、ゆっくりと視線を下ろします。
「無論、誰かが私達を陥れようとした可能性もある。だから、『錠の番人』も今はまだ、『箱舟』の人間が協力したと断定していない」
「そうだったんだ……」
両手を胸の前でギュッと合わせると、ロザヴィーは目を伏せました。
ティクスは手を頭の後ろへと回すと、誤魔化すように笑います。
「まぁ、あまり君に聞かせるような話じゃないと思ってな」
「それでも、一人で抱えないでよ……。『箱舟』は、私の夢でもあるんだよ」
「……すまん」
「お姉ちゃんやアイツに比べたら、頼りにならないかもしれないけど……。その分、ちゃんと頑張るから」
小さな手がエプロンの端っこを、強く握りしめます。
「……今度は、置いてかないでよ」
「……」
ティクスはロザヴィーを黙って見ていました。そして、ゆっくりと両手を差し出すと、彼女の肩へ置きました。
「解った。これからは、気を付けるよ」
ティクスの真っ直ぐな視線に、ロザヴィーの頬がほのかに色付きます。慌ててティクスから離れると、素っ気なく言い放ちます。
「わ……、解ったなら。良いし……」
「あ、ああ」
さっきまで側に居たのに、突然サッと離れてしまう。猫のように気ままな言動に、ティクスは少しついていけないご様子。
苦笑いと共に「昔は素直だったのに、最近よく解らんなぁ……」と、内心首を傾げていました。
──私から見れば、あまり変わっていないように見えますけど、ね。
“コンコンっ!”
そんなとき、タイミングを見計らったかのように、執務室の扉を叩く音が聞こえました。
「アンネスさんが入りますよー、っと」
ゆらりと部屋へ入ってきたのは、水色の髪の女性。
革製の手袋に平たい帽子。黒いタンクトップにファー付きのジャケットを羽織っています。
透き通るような白い肌をしていますが、鎖骨付近にタトゥーが入れられているのが、ジャケットの隙間からチラリと見えました。
「終わりました? ロザヴィーちゃん」
「きっ、聞いてたんですかっ!?」
「扉越しですもん。何言ってたかまでは解りませんって。安心して下さいな」
「だからって、盗み聞きなんてしないで下さいっ!」
「あ、チーズケーキ頂きますよん」
顔を真っ赤にしながら、目くじらを立てる少女を尻目に、アンネスは手袋を外して、手づかみで食べ始めました。
「……アンネス、何の用で来た?」
「ん〜? 何となくですね〜。ここに来たら、甘いものが食べれそうだって、思ったんですよ〜。それよりー」
「ん……?」
「このケーキ、しょっぱいです……」
「っ!?」
ポツリと呟いた一言に、ティクスはハッと目を開きましたが、すぐに表情を戻します。
「流石に引っかからんぞ……アンネス」
「ちゃっ、ちゃんと聞こえてたじゃないですかっ……!」
渋い顔をする2人に対して、アンネスはピアスの付いた舌をペロリと出して笑いました。
「心配しないでも、人に言ったりはしません。アンネスさんツマラナイ話は嫌いなのですよ」
「……頼むぞ、本当に」
アンネスは適当に相槌を打ちながら、残っていたケーキを口へと放り込みました。
もぐもぐと口を動かしながら、後ろの腰に付けたポーチから箱を取り出しました。
「ほうぞ」
「ついでのように渡してくれますね……。元々こっちが目的だったんじゃないんですか?」
「ん〜? ほうでひょう?」
「絶対そうだ……」
ロザヴィーはぶつくさ言いながらも受け取ると、自分の机の上で箱の中身を取り出していきます。
今居る執務室は『箱舟』工房の本拠地から離れた場所にあるため、こうして誰かが定期的に書類を運んでくるのです。
「見積もりに契約書……。これは……ただのチラシか……」
中身を素早く見分けて、ロザヴィーは机の上で仕分けていきます。
そして、紙の束が小さな山を作り始めた、そのときでした。
「……何だろ、この手紙?」
ロザヴィーの手が、ピタリと止まります。
それは白い小さな封筒でした。差出人や住所等は一切書かれておらず、真っ白です。
「アンネスさん、ちゃんと検査してますよね?」
「勿論やりましたよ。グルーグさんが」
「……いい加減な」
「ご安心下さい。アンネスさんも嫌な感じはしないのです」
「それが心配なんですよ……っ!」
頬杖を付いて手紙を睨むロザヴィー。普段ならこれ以上気にすることも無いのですが、工房内部に“裏切り者”が居る可能性を聞いたばかり。
検査をすり抜けて、罠が仕掛けてある可能性を疑ってしまいます。
「俺が見よう」
そう言ってティクスが椅子から立ち上がると、ロザヴィーから手紙を受け取りました。
「これは……」
「何か解る?」
「……いや……まさか」
手紙をじっと見つめるティクスを、ロザヴィーが覗き込みます。
「どうしたの、 ティク兄ぃ」
「……手紙に施錠がされていてな。解く方法を考えていたんだ」
「施錠……? やっぱり、危険なんじゃ……」
「いや、そういう類いのものでは無いようだが……。これから解除するから、念のため、少し離れていてくれ」
「う、うん」
手紙に手をかざすティクスを、距離を置いてロザヴィーとアンネスが見守ります。
『断錠魔法』
魔法を唱えると、ティクスの手のひらに赤い光が灯ります。
そして、その光に炙り出されるように、手紙の上に青い魔法陣が浮かびました。
赤い光が魔法陣の線をなぞるように走り、魔法陣全体が赤色になると同時に、“パキン”と音を立てて割れます。
そのままティクスが何かを解くように左手を動かすと、手紙が開きました。
「……な、何が書いてあった?」
「おー、アンネスさんも見たいですね」
「……残念ながら、期待外れだ」
ティクスがくるりと手紙を見せると、中身は白紙。何も書かれていません。
「い、悪戯……?」
「かもしれんな。他に魔法を仕込んでいる訳でも無さそうだ。後で捨てておこう」
「危ないものじゃなくてよかった」
ホッと肩を撫でおろすロザヴィーに、ティクスが引き出しから封筒を取り出して差し出します。
「ロザヴィー。悪いがこれを造船所に届けて貰ってもいいか?」
「えっ、今……!? っていうか、アンネスさんじゃ駄目なの!?」
「重要な書類だ。君に頼みたい」
「……ねぇ、ティク兄ぃ」
「……何だ」
「また、何か隠してない?」
「…………」
じとりとした視線で射抜いてくるロザヴィーに、ティクスが視線をわずかに逸らします。
「あっ! 目ぇ逸らしたっ! その手紙が原因なの!? ティク兄ぃっ!!」
「……アンネス、ロザヴィーを連れて行ってくれ」
「えー、アンネスさん、来たばかり……」
「すぐやってくれれば、ここにある菓子、好きなだけ持っていっていい」
「おー、それはイエスですねぇ」
「ちょっ、ちょっと! アンネスさんっ。離っ! 離してって! 離せっ!!」
お尻から持ち上げられて、肩に担がれたロザヴィーが、部屋の外へと運ばれていきます。
その様子を見送りながら、ティクスは握っていた左の手のひらをゆっくりと開きます。
その中で、桃色の糸が淡く光っていました。
「……今更、何の用だと言うんだ、アレナ」
ティクスはポツリと呟きながら、机の上に置かれた写真立てを手に取りました。
──そこに写っていたのは、まだ学生とも言える年齢のティクスと、2人抱き合いながらピースをする、桃色と白色の髪をした少女達。
3人の後ろには、傷だらけになった小さな船が、たたずんでいました。
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