⑥追憶は黒に染まりて
”カンっ、カンカンッ!! コッ……!!”
ここは地下にあるサフルの実験室。
金属の響く小気味の良い音と共に、細長い管から何かが転がり落ちてきました。
“ぴょいん!!”
飛び出てきたのは小石サイズの土人形。
そう、先程の彼。
『転星学派』の工房から、無事、帰還したところです。
今回も『転星魔法陣』の情報を持ち帰ってきた様子。
大きく腕を振って、ひょこひょこ歩く姿は、堂々たるものです。
「……?」
……ところが、おやおや。
ご主人様の姿が見当たらず、困っているようですね。
口元に手を当てて、周囲をキョロキョロ。
「あれれ、おかしいな。いつもなら、出迎えてくれるのに……」
……と、そんな声が聞こえて来そうです。
よくよく見れば、研究室もいつもと違う様子。自分が任務に行っていた5日間で、一体何が……。
「あら、お帰りなさい」
と、突然聞こえた知らない女性の声。
ビクリと跳ねた小さな身体を桃色の糸がしゅるしゅると縛り上げていきます。
逃げる間も無く捕まって、あっという間に逆さ吊りです。
「……やっぱり忍び込んで直接見てたのね。魔力もモンの鎧人形とそっくり。確かにこれなら、探知魔法をくぐり抜けられる」
ゆらゆらと宙を舞う土人形を水色の瞳が楽しそうに追いかけます。
「うん、やっぱり面白い。どうやってここまで真似たのかしら」
「……お、教えますから、下ろしてくださぁぁ……ぃ」
情けない声を上げたのは、これまた逆さ吊りにされたサフル。土人形と並んで、仲良く「みのむし」状態です。
「もう、そんなに慌てない。せっかく帰ってきたんだから、まずは情報共有よ」
アレナがそう言うと、桃色の糸が3,4本ほど触手のように伸び出ます。そして、サフルと土人形の額に狙いをつけると、そのままブスリ。
「えっ……!?」
「継繋魔法」
目を丸くして、口を開けるサフルを尻目に、糸から桃色の魔力が流れ込んできます。
ほわほわと温かさを感じながら、次第に頭がぼんやりと、微睡む感覚に襲われていきます。
そのまま眠って……。
眠って……。
眠………。
「ヂューッ!!」
(わあああっ!!)
バン! と目の前に現れたのはネズミの顔。慌てて身体を動かそうとしても、微動だにしません。
何が起きたか解らないまま、やがて引っ張られるかのように視界が勝手に動いて、ネズミから離れていきました。
(ちゃんと情報共有って言ったのに。ここまで慌てなくても良いじゃない)
(あ、アレナさん……!?)
ぼんやりと聞こえてきたのは、アレナの声。サフルにも段々、状況が掴めてきました。
(……じゃ、じゃあ。これ、あの子の記憶ですか)
(そうよ。私達3人の記憶を“繋いだ”の。あの子自身は、さっきからだんまりだけど)
(あー……。まぁ、感情無いですからね)
(えっ……!? そうなの!? あんなに可愛く動くのに)
(そうですよ。………アレナさんの驚くところ、初めて見ました)
(もう……わざわざ言わなくて良いの)
(…………驚いた顔も……ちょっと、見たかった……)
(…………)
そんな2人をよそに、土人形が動いていきます。
暗くて狭くて、ホコリまみれの隙間を抜けると、幾つもの机や棚がそびえ立っていました。
あちこちで動く大きな白い塊は、魔法衣を着た魔術師達です。
小石サイズの土人形ですから、そういう光景になるのも納得ですが、どれも圧倒的な迫力です。
(おぉ……)
土人形の記憶を眺めながら、サフルは感嘆の声を漏らしました。
普段の“調査結果”の確認は、特別な魔法薬に土人形を溶かし、その液に紙を浸すという方法でした。
そうすることで、記憶が写真のように映し出されるのですが、当然動きや音はありません。
ですからこうして、リアルな『転星学派』を知るのは、今回が初めてでした。
(いつもこんな風に見えてたんだ……)
(面白いでしょ?)
(えっ!? 何も言ってないのに!)
(繰り返すけど、今は“情報共有”中……よ)
(へっ……?)
(考えてることはお互い筒抜けなのよ。……さっきからずっと)
(さっき………? ……あっ!? いや……でも……。 ああっ……!!)
(貴方の驚いた顔は……もう見慣れちゃったわね。でも、また下手なことを考えるなら、そのまま一晩ぶら下げちゃうわよ)
(ききっ……! 気を付けますっ!)
──まったく、貴方達の物語とはいえ、脱線し過ぎです。
流石に戻りますよ。
……やがて視界は部屋から移り、大きくジャンプをして、鎧人形へと飛びつきます。
ゆさゆさと揺れる鉄の板を少しずつ登って、視界は奥へと滑り込みます。
次の瞬間、黒く染めたかのように一気に暗くなりました。暗闇の中で、淡い緑色の光が浮かび上がります。
土に刻まれた線が、絡み合いながら集まって、一際濃い緑の魔力核が脈動のように点滅していました。
(へぇ、随分と作り込んでいるのね。どうやってやるか、解る?)
(………)
(……ミノ君?)
サフルは黙ったまま、何も言いませんでした。まるで、魔力核をじっと見つめているかのように。
ガチャガチャと金属の揺れる音だけが、鎧全体に響いていました。
それがしばらく続くと、やがて鎧人形は立ち止まります。
そして、
“ギィィイ……”
という、大きな扉が開く音が聞こえてきました。
続けてガツン、と階段を降りる衝撃。同時に鎧の中の土人形も動き始めて、視界がガクガクと揺れていきます。
そして、外から差し込む光りが次第に大きくなり、パッと視界が開くと──。
そこには巨大な『転星魔法陣』がありました。
そう──、天井を貫き、周囲を砂へと還したあの魔法陣が。
(なっ……!?)
(この様子、事故でも起きたのかしら……)
絶句するサフルに、淡々としたアレナの声が重なります。
(……た、確かに前回送った土人形は帰って来なかったんです。で、でも……、隙間に落ちて出れなくなったり、動物に壊されたりはあったので、同じだろうと思ったんです)
(前回って、いつぐらい?)
(えっと……20日くらい前……でかすね)
(私が調べて大きな反応があったのは、2週間前ね。調査中に巻き込まれたとすれば、辻褄は合う……か)
(……で、でも! こんな話、新聞にも載ってませんでしたよ……!)
(隠蔽したんでしょ。……どこでもあるわよ、こういうの)
そんな2人の会話をよそに、鎧人形は巨大な実験室の中を歩き始めます。
土人形が外に出てきたおかげで、周囲の様子もよく見えるようになっていました。
「魔力調節は終わりそうか?」
「ああ、もうすぐ」
「そしたら次は……触媒の調合と魔力導線の形成か」
「……あー、クソッ! 山積みじゃねぇか……」
若い男の魔術師達。片方はゴーグルをかけて、机の上に置かれた何かの器具を操作しており、太った男の方は、薬の入った瓶を整理しています。
「しかし、3ヶ月で直せって、“錠の番人”も無茶を言ってくれる」
「即刻、研究の永久凍結を言い渡されなかっただけでも、温情だとは思うがな」
「どうだか。……責任は取らせたいが、かといって研究を止めた時の代案も無い。だから、全部こっちで何とかしろってことだろ?」
「だとして、俺達みたいな一工房員に出来るのは、言われた通りにするだけだ」
太った男が薬瓶が入った木箱を持ち上げ、近くに居た鎧人形へと渡しました。
鎧人形は木箱を受け取ると、そのまま歩き始め、サフル達の乗った鎧人形とすれ違いました。
「……止めたきゃ止めていいんだぞ。『転星』の研究」
ガチャリ……と、ゴーグルの男の手が止まります。
「まさか。砂になるなんて、まっぴらごめんさ。俺はまだ俺で居たい」
「俺も同感だ」
「ハハッ、お前さんは少し細くしてもらえよ」
「……いいアイデアだ。お前の減らず口は、砂になったところで、治りそうもないが」
ゴーグルの男が再び手を動かし始める音が、鎧人形の歩みと共に離れていきました。
やがて、鎧人形が『転星魔法陣』へと近づいていくと、琥珀色の明かりが、2つの人影を映し出します。
一人は赤髪で背の高い魔術師。
そして、もう一人。
青い髪の女魔術師が疲れ切った表情で髪をかきあげた瞬間、翡翠色の瞳が2人の視界に瞬きました。
(……モン……先生……っ)
絞り出すようなサフルの声。
次の瞬間、視界がグシャリと音を立てて歪み始めました。
そして、そのままクレヨンで塗り潰されるように、周囲が灰色へと染まっていきます。
(み、ミノ君……!? まさか……『継繋魔法』に干渉して──)
アレナの問いかけに、サフルは何も答えません。やがて視界は灰色へと染まりきって、そのまま沈んでいくのでした。
少し会話劇が続いていますが、もう少しだけお付き合い下さい
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