②『どんくさみのむし』と『てんさいかまきり』─2
早速、ブックマークと評価をして頂きました。
誠に感謝です。
楽しめるような作品にしていきたいと思います。
サフルとアレナの2人は、地下へと下りていきました。
階段はカビの匂いが漂い、湿気でわずかに濡れています。
更に言えば真っ暗で、灯りはランタンしかないものですから、サフルが降りるときは、いつもおっかなびっくりです。
ただ、今日に限っては、チカチカと光るアレナの魔法衣があるおかげで、まだマシでした。
とはいえ、サフルが早く降りられる訳でも、安心できる訳でもないですし、ちっとも気は休まらないのですが。
おまけにアレナはサフルを先に行かせたので、二人の歩みはとてもゆっくりしたものでした。
「あっ……、あの……」
「ん、なぁに?」
「遅くて……すみません」
サフルは壁に手を付けながら振り向いて、頭を下げました。
「あぁ、気にしてないわ」
「……そうですか」
「良ければ、ランタン持つわよ」
「じ、自分で持ちます……っ」
「そう……。遠慮しないでいいのに」
慌てて前を向き直したサフルに、アレナは少しだけ眉をひそめました。
(ああっ……この調子じゃ、あのことも知ってるだろうし……、ど、どうすれば……っ)
先程からサフルが考えているのは、そのことばかり。
強引に追い出そうとしても、先程みたいに“泥人形”を操られては勝ち目がありません。
「……も、もし良かったら……その……、先に行って頂いても」
「大丈夫よ。私が案内をお願いした訳だし、貴方が先で良いのよ」
「……す、すみません」
「それに、後ろに立ってた方が、貴方のことが見えるでしょ」
「ぅぅっ……」
と、アレナも気を抜く様子が一切ありませんので、手の打ちようがありません。
今、ここでサフルが出来るのは、運良く彼女と交渉出来ることを祈るくらい──。
(それも駄目なら……仕方ない……)
──では、ないかもしれませんね。
サフルは息を静かに吐いて、右手で左腕をギュッと抱きしめました。震えは続いていても、三白眼の瞳の奥は、確かに光っています。
こっ……つん、こっ……つん──
カツンッ、カツンッ──
間延びした足音一つに、
せっかちな足音一つ。
誰と合わせるでもなく、不思議な旋律を奏でていました。
やがて、古ぼけた木の扉が視界の先にボンヤリと見え始めたとき──、
2人の静寂が、ふいに崩されます。
「………うるさい………」
「……へっ」
思わず口から漏れてしまったような、小さな小さな声。けれどもサフルの耳にはゾクリと残りました。
それこそアレナには、今までずっと余裕がありました。自分をどこか、揶揄っているとさえ思えてしまうほどです。
……はたから見ても、そうでしたね。
けれど、その一言には酷く不機嫌で、うんざりという思いが滲み出ていたのです。
(い、いやっ……まだ何も……)
それでも、自分の狙いに気づかれたのかもしれない。
そんな思いと共に、サフルは恐る恐る、後の様子を伺いました。
(……っ!?)
何度も塗りつぶしたかのような、暗い琥珀色の瞳。その中で小さな光の粒が舞い散ります。そして光は時折渦巻くように浮かんでは、ふわりと降り積もっていました。
(……まるで、時計の砂のような……)
見とれてしまうような、それでいて空恐ろしい光景。当のアレナはどこか浮かないもので、微かに俯いていました。
「……ねぇ」
「はっ! はいっ!?」
「前、危ないわよ」
「えっ、なっ……あだっ!?」
“がつんっ”──響いた音と共に、サフルの額に衝撃が走りました。
──「どんくさみのむし」、本領発揮。
背後にばかり気を向けていたせいで、木の扉にぶつかってしまったようです。
「……もう、貴方の方が歩き慣れてるでしょうに。ちょっと見せてみなさい」
目を白黒させながら頭を押さえるサフルに、アレナが近づきます。
サフルがそれとなくアレナの目を見ると、最初と同じ水色。先ほど見た光景は、気のせいだったのでしょうか?
「大丈夫そうね」
「はっ……はい……。お騒がせしました」
「良いのよ、別に。それじゃ、お願い」
「へっ……あっ!?」
アレナが手で示したのは木の扉。
──そうです。サフルのピンチは終わっていません。
むしろ、これからです。
「………っ」
サフルは扉の前で、動けずにいました。アレナは何も言いませんでしたが、背後で桃色の細長い光がちらついていて、確かな視線が注がれているのが解りました。
(僕は……。そう、僕は………)
そっと目をつむり、小さく一息。自分の両手を静かに撫でて。
それから、サフルは目を開いて扉に触れます。
「……解錠魔法」
赤く太い線がにじみ出るように扉へ浮かび、無機質な解錠音が階段中に響きました。
そして、その音が止むと同時に、厚めの扉がゆっくりと開いくと、階段よりも更に暗い空間が広がっていました。
「……さて、どんなものかしら」
──と、期待を隠せない様子で、アレナは足早に部屋へと入ります。
手のひらに、小さな光の玉を作ると、パッと手を振って打ち上げます。光がゆっくりと広がると部屋の中があらわになってきました。
部屋の大きさは地上の工房と同じくらいで、周囲を土人形が囲っているのも同じです。
ただ、棚や紙、実験器具は一切置いてありません。
代わりに置いてあるのは、2mくらいの大きな魔法陣。
多種多様な魔法陣が所狭しと詰め込まれており、一つ一つは小さいのに、どこか果てしない──。そんな印象を受けてしまいます。
「『転星』の魔法陣……。まだ途中だけれど、確かに──」
上ずった声と共に、水色の瞳が微かに揺れました。
「……“分解”、“再構成”、“空間転移”は予想通り……。“対術防御”……もある。“温湿度操作”……!? 『転星』に関わってくるの……!?」
アレナは魔法陣の上でしゃがみこむと、書かれた模様をなぞる様に指を沿わせました。
まるでプレゼントを貰った子供のように目を輝かせます。
「それで、ミノ君。こんなもの、一体何に使おうと……」
そう言って、アレナが振り返ろうとした瞬間でした。
──「みのむし」相手とは言え、目を離すべきではなかったかもしれませんね。
「ゴオオオォォッ!!!」
彼女の足元から凄まじい雄叫びが聞こえ、黒茶色の太い腕が迫りました。
「──っ」
間一髪、巨腕が彼女の華奢な身体をかすめました。
そのまま拳が床のタイルごと地面を砕きます。
襲ってきたのは、彼女の倍くらいの大きさの土人形。
身をひるがえして、素早く距離を取るアレナでしたが、周囲の土人形に次々と魔法陣が浮かび上がります。
後ろにいたはずのサフルの姿は、すでにありません。
「……やってくれるわ」
その呟きを皮切りに、周囲のゴーレム達が一斉にアレナへと迫りました。
泥や木の根、鉱物に加え、中には氷や炎さえも。
様々な物質で形成された土人形が、次から次へと襲い掛かります。
(もやは”土”じゃないですね……)
「光弾魔法っ」
捕まらないよう素早く駆け抜けながら、光の銃弾で土人形の身体を破壊していきます。
「ゴオッ!!」「グルッ!!」
ようやく包囲を抜けたと思えば、再び土人形。
2体が地面から這い出て、前へと立ちはだかります。
「ガォォッ」
後ろからは最初の大泥人形が、倒れた仲間の身体を踏みつぶしながら迫り、挟み撃ちの格好です。
「刃脚魔法」
凄まじい勢いで足に風がまとわります。アレナが踊るように足を振るうと、土人形達の身体が切り刻まれました。
周囲の土人形も全て光弾で撃ち抜かれ、全滅。
地下室に束の間の静寂が訪れます。
「ふぅ、こんなものかしら」
僅かに微笑みながら、肩の土を手で払うアレナ。
あれだけの攻撃を捌いたというのに、息一つ乱れていません。
「さて、次は何? 打ち止めだったら、今度はこっちから……」
アレナがそう言って、サフルを探そうとしたとき──
”ぐにゅん! ずぉんっ!”
バラバラになったはずの土人形の身体が、まるで“水粘精”のようにうねります。
そして、アレナの手足を押さえ込むようにへばりつきました。
「……これは、砂てっ……んんぅっ!!」
眼を見開くアレナ。土は言葉を遮るように彼女の口へ入り込みます。
「っ……磁操魔法っ!!」
勇ましさと弱弱しさが半分ずつ混ざったような声が響くと、三度地面が盛り上がり、その中から魔術師サフルが飛び出します。
”だぼだぼ”の魔法衣に覆われ、”のそのそ”歩いていた姿はどこへやら、金具で出来た手足から黄緑色の閃光を瞬かせ、一気にアレナの頭上へと舞いあがりました。
「……っはあっ!!」
激しい動きに慣れていないのか、サフルの額からは大粒の汗が滴り落ちています。それでも必死に両手をかざすと、一際閃光が強くなり、倒れた土人形の身体から、大量の土が集まって圧縮され、大きな大きな”塊”へと姿を変えます。
「あっ、後で治すので、今だけは許してくださぁぃっ!!」
そう言って、サフルが両手を振り下ろそうとした、
まさにそのとき──。
「継繋魔法」
”──キン……ッ”
静かな、それでいて断ち切るような冷たい声と共に。
桃色の光が部屋中に線を走らせます。
それと同時に押しつぶすような膨大な魔力が、空間を包み込みました。
次の瞬間、サフルの頭上に集まっていた砂鉄の塊が、ざわりと波打ったかと思えば、手の形に変わり、サフルを捕まえます。
「──なっ……!?」
自分が発動したはずの魔法に突然襲われ、青ざめた顔で絶句するサフル。何とか操作を取り戻そうともがきますが、こうも振り回されては集中するどころではありません。
「うわあああっ!!?」
”──ずしぃんっっ!!”
重々しい音と共に大量の土が降り注ぎ、部屋を大きく揺らしました。天井からパラパラと砂がこぼれ落ち、地下室でこんなに暴れて大丈夫なのかと、心配になってしまいます。
───そして、部屋中を土煙が覆い。
少しの静寂が続きました。
「……ぅ、うぅう……」
土の山から”ボロ雑巾”になった「みのむし」君が、桃色の糸に引きずり出されていきます。
金具で出来た手足は熱で若干の赤みを帯びて、煙が立ち昇っています。そして、左の手首が”ピキリ”という音を立てて壊れてしまうと、左手が地面へと落ちてしまいました。
……「どんくさ」が「てんさい」に勝てる道理なんて、そもそも無かったはずです。こんな目にあうくらいなら、戦わなきゃよかったのに。
「……仕掛けてくるのは知ってたけど、ここまでとはね。人は見かけによらないってこと、久しく思い出したわ」
靴と小石が擦れる音と共に、「てんさい」が現れます。土の塊に捕まっていたはずなのに、何一つ汚れていませんでした。
地面に落ちたサフルの左手を光の糸で拾い上げながら、アレナはしゃがんで微笑みました。
「さて、こっちの決着は付いたことですし、次はちゃんと話し合いましょ、ミノ君」
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