①『どんくさみのむし』と『てんさいかまきり』
はい、恥ずかしながら戻ってきました。しばらく投稿しておりませんでしたが、AI様のお力を借りて、執筆速度と精度を上げてきましたので、前よりマシになったと思います。
お楽しみ頂ければ幸いです。
あるところに『砂天楼』という星がありました。
この星は、少し……いえ、だいぶ変わっておりまして、まず、形がまん丸ではありません。上下を平らに切り落とした、巨大な瓢箪──それが、この星の姿です。
けれど、それだけではありません。
更に奇妙なことに、この星では一定の周期であらゆるものが、砂へと還ってしまうのです。
その、『転星』と呼ばれる現象が始まると、ノートや携帯電話、車や学校、果ては山や海でさえ、ボロボロと崩れ落ち、砂へと変わっていくのです。
そして、全てが砂になると、星全体がゆっくりと回り、中央のくびれを通って、砂は"星の反対側"に落ちていくのです。
星一つ分の途方もない量の砂が、滝のように流れ落ちて、“反対側”へ降り注ぎます。やがて砂の雨が止む頃には、積もった砂の中から、森や川、動物や人間が姿を現します。
そうして星は、何事も無かったかのように、また始まるのです。
ただ、静かに──
けれども、確かに──
次の『転星』を待ちながら。
それが『砂天楼』の理。
『砂の魔女』が定めた、唯一絶対のルールでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パタリと本を開くとき、この物語は始まります。
「……ねえ、この砂時計って、随分と悪趣味じゃない?」
そして、その突拍子もない質問が、サフルとアレナの出会いでした。
「いっ、いきなり何ですかっ……?」
魔術師サフルは身体を大きく震わせました。
ボサボサの髪と眼鏡越しに、ギョロリと覗く三白眼。着ている魔法衣はサイズが合わずにダボダボ。
身体全体を覆って、なおすそが余っていました。
今いる魔法工房も実験器具や本が散らかって、あちこちクモの巣が張っています。おまけにずんぐりむっくりな、泥臭い土人形がずらりと並ぶので、気味悪がって誰も近寄りません。
『どんくさみのむし』──誰が言い始めたのでしょうね? ひとり籠って研究する彼を、皆はそんな風に呼んでいるのです。
そんな彼の向かい側、実験器具に囲まれた机にアレナは座っていました。
整った顔立ちにパッチリと大きな瞳。桜色のメッシュが入った白く長い髪を、青い水晶で出来た蝶の髪飾りで留めて。
透き通るような魔法衣は、彼女の魔力に反応して、ゆらゆらと揺れては、時折小さな光を放っていました。
そんな美人さんが目の前に居るのに、サフルは恥ずかしそうにするわけでも、鼻の下を伸ばして見とれる訳でもありません。
むしろ身体をこわばらせ、額に冷や汗を沢山浮かべています。まるで目の前に「かまきり」が居るようです。
確かに彼が目を見て話せる相手なんて、自分の魔法で作った土人形くらい。
……ええと、それはそれで問題ですけれど、サフルが怯える理由はもっと別。
というのも、このアレナという魔術師、サフルとは別の意味で有名なのです。
千を超える魔法を操り、“協会”でも並ぶ者がいない実力を持つ一方、突拍子もない実験を繰り返しては、周囲に大迷惑を掛けまくっているのです。
『火焔魔法』の暴発で部屋を3つ吹き飛ばした……とか。
川で“水粘精”を異常繁殖させて塞き止めた……とかとか。
彼女の奇行を語る陰口には、困ることがありません。
そんな「天才」で「天災」な「かまきり」さんが押しかけて来たのです。静かに座っているだけで、「みのむし」君が縮こまってしまっても、致し方のないことでしょう。
(なっ……なんでアレナ・ステリアが、僕の“工房”にぃ……!?)
おまけにこの「みのむし」君、こんな風に怯えていながら、ちゃーんとばっちり、「かまきり」さんが寄ってくる“心当たり”があったのです。
(だ、駄目だっ……! あの部屋だけはっ……、見られちゃ駄目だっ!!)
サフルは自分の両腕を抱きしめて、身体を大きく震わせました。
そんな彼とは対照的に、アレナは落ち着いています。
さほど広くもない机の上に、スラリと長い右足を曲げて、器用に座っていました。
そして、膝の上に顎を乗せ、上から下へと落ちていく時計の砂を一粒一粒見送りながら呟くのです。
「突然ひっくり返って、全部バラバラになって落ちていく。まさしくこの星の姿そのもの。 ……誰が作ったのかは解らないけど、私達の終わりを見せびらかしてるみたいで──ほんと、悪趣味」
……突然他人の工房に押しかけて、いきなり砂時計を見始める変人が、よくまぁ悪趣味とか言えるものですね。
とはいえ、相手は大「てんさい」。下手打って機嫌を損ねれば、工房ごと吹き飛ばされても不思議ではありません。
かと言って、このまま放っておいては、秘密がバレるのも時間の問題。
とにかく上手く誤魔化して、穏便に帰ってもらわないといけません。
サフルは口をギュッと結ぶと、覚悟を決めました。部屋を囲む土人形達も、つぶらな瞳で「頑張れ!」と、エールを送っているようです!
みしり、みし、と年季の入った木製の床を鳴らしながら、心意気では意気揚々と、実際にはのそのそと、アレナに近づきます。
そうして口を大きく開いて、一発かまして……。
「ぁ……のゅぅっ……「それで、貴方はどう思う?」
やれません。潰れたカエルのような声が聞こえなかったのは、幸か不幸か。
そのまま、“ずい”と突き出されたのは砂時計。
中で白い砂が落ち続け、緩やかに曲がるガラスに、真っ赤な顔で口を押さえる少年が映っています。
「さっきの質問。ミノ君はどう思う?」
(み、ミノっ……!?)
サラリと出てきた「みのむし」に、わずかに眉をひそめましたが、何とか取り繕うと、サフルは答えます。
「……えっ……と、『砂天楼』と似ているとか、あ、悪趣味とかって話です……か?」
「そうよ」
「ど、どうって……。確かに……そう思いますけど……」
「でしょ、でしょ!」
「わっ!!?」
「勝手に全部ぶっ壊してハイやり直し、なんて、『砂天楼』の“理”も、『砂の魔女』も、やっぱり、気に入らない!」
突然アレナが立ち上がるものですから、サフルは驚いてひっくり返ります。
その勢いにつられて顔からメガネが落ちると、部屋の右端に立つ土人形の足元まで転がりました。
「じっ、自分でやるからっ!」
ご主人さまの必死な静止に、土人形は首を傾げて立つばかり。寂しそうな目がうるるんでます。
眼鏡を拾い、ため息をつくサフルでしたが、誤魔化すように話し始めました。
「で、でも、それは、仕方ないじゃないですか。だ、誰も『転星』を防ぐ方法なんて、解らないんですから」
「それとこれとは話が別。貴方だって、砂に戻りたい訳じゃないでしょ?」
「っ……!」
「……違うの? もしかして『転星教』の信者だったりする? だとしたら、ちょっと考えなきゃだけど」
「ち、違いますっ! 僕だって“協会”の魔術師なんですよ!」
「そう、良かったわ」
微笑むアレナに対して、ふぅふぅと肩で息をしていたサフルでしたが、元の目的を思い出すと、手を合わせて、ぎこちなく笑います。
「な、なら、ここで時間を潰してちゃ、駄目じゃないかなぁ……って、僕思うんですよ、貴方ほどの魔術師であれば、なおさら」
「そんなに大したものじゃないわ、私」
「な、何言ってるんですか! “協会”で一二を争う魔術師だっていうのに」
「それは『砂の魔女』と比べても?」
「う……、流石にそれは……」
「……やっぱり、そうよね」
薄い水色の瞳がサフルを射抜きます。どこか掴みどころの無かったアレナの表情が、とても冷たいもののように見えました。
「だっ、だとしても、ここに居るのは僕と土人形だけで……」
「……もう、いいかしら」
張り詰めた空気を誤魔化すように、話し始めたサフルを、アレナがぴしゃりと断ち切ります。
そして──、
“パチン”
と、小気味良く指を鳴らす音が響くと、先程の土人形の周囲に薄い桃色に光る糸が現れました。
アレナが指先を動かすと、糸が土人形の手足に巻き付きました。
そのまま少しの間、身体をぐねぐねとくねらせたかと思えば、やがて弾かれたように歩き出します。
まるで、操り人形のように。
そして、数歩ほど動いた時点で糸が消えると、土人形は膝をついてうなだれ、また動かなくなってしまいました。
そうして残されたのは、彼の背後に隠れていた薄暗い階段だけでした。
「んきっ!?」
それを見ていたサフルが悲鳴を上げると、細く滑らかな指が、首筋に触れました。
「動かないで」
「……ぁぅぅ……」
「土人形で隠すアイデアは面白いけど、自分以外が動かせちゃ駄目ね」
膨大な魔力が指先で鼓動して、その熱がサフルに伝わってきます。だというのに、彼の震えは止まりません。
彼女の気まぐれ一つで頭が吹き飛ぶ、そんな状況ですから。
(きっ、気づかれてたぁっ!! わ、解ってだけど、解ってだけどぉおー!! どうするどうする!!?)
……まぁ、もう手遅れかもしれませんが。
「さて、私一人でも良いけれど、一応貴方の物だから。……案内、してくれる?」
そう言って、アレナは微笑みました。
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