第一話 やってきました王城、ところが
「私のせいで婚約破棄されたそうでお城を解雇されました。」の続編です。
ちょっとだけ長くなりそうなので短編ではなく連載にしました。前作を読んでいてもらえると話が分かりやすいと思います。
光あれ、と神様は言いました。
世界が明るくなったのはそれからあとのことで、魔法によって光を生み出せる人のことを——神様の祝福を得ているだとか、巫女や聖女だと持て囃された時期もあったと聞いています。
ただ、今現在となっては、少なくともリュクレース王国ではそんな風潮は忘れ去られていたようです。一の大国である以上、光魔法の使い手なんて全土を探せば実はそこそこいるのかもしれません。でも、とある事件によりその認識は誤りだと知れ渡り、王様はとても恥をかいてしまったそうです。
それが私の生まれる前、ざっと十五年前のことです。
申し遅れました。私、エスター・ド・モラクスと申します。
父はド・モラクス公爵モルガン、公爵夫人である母は光魔法の使い手オーレリアです。母はちょっとした有名人で、昔は王城中の明かりを灯していたほど魔力も技量もある魔法使いなのです。えへん。
まあ、私は母譲りのブラウンの髪と目の色と同じく、一応光魔法を使えるのですが、母には及びません。せいぜいが悪戯に使えるくらいです。生まれつき外に出られない父を驚かせようと、兄と散々遊びに光魔法を使ったので無駄に技術はあるのですが、それだけです。兄は剣術に光魔法を取り入れて目眩しをして怒られたりしています。
さて、私は今、リュクレース王国王城に来ています。実は初めて来ました。ド・モラクス公爵領は遠いので、王都に来たことも実は初めてなのです。ド・モラクス公爵家は舞踏会に参加する側ではなく、主催する側なので、それもやむなし。そもそも大型の国際港があって外国との交流も活発なうちの領地のほうが都市としては栄えている、とは言わない約束です。
母が柔らかな光を灯しているうちの屋敷とは違い、たくさん大きな特注の蝋燭が灯った王城の廊下を侍従に先導され、私がやってきたのは、宰相閣下の執務室でした。
ウォールドネーズ宰相閣下は、もう何十年もリュクレース王国の宰相を務めておられる方です。この方のおかげで今のリュクレース王国が存在していると言っても過言ではない、名宰相として名高く、そして母が色々とお世話になったらしい人物なのです。
私は初めてお会いしますが、どんな方でしょうか。怖い方でなければいいのですが。
執務室の扉が開かれ、奥には壁一面の採光窓、そして山ほどの書類と本に囲まれたご老人が一人、いらっしゃいました。
ご老人は立ち上がって、機敏にやってきます。
「ごきげんよう。君がエスター・ド・モラクスか」
「はい、初めまして、ウォールドネーズ宰相閣下」
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。椅子にかけたまえ」
私はそう勧められて、植物模様の彫られた存外かわいい椅子に座ります。四人用のテーブルを挟み、ウォールドネーズ宰相閣下も席に着きました。
なんだか、怖い人ではなさそうです。どうすればいいのか、世間話でもすればいいのか、と私がまごまごしていると、ウォールドネーズ宰相閣下から声をかけてくれました。
「実はな、初めましてではないのだよ」
「え? そうなのですか?」
「ああ、一度だけ、ド・モラクス公爵主催の晩餐会に出たことがあってな。君がこんなに小さかったころのことだ」
こんなに、とウォールドネーズ宰相閣下は机の高さほどに手を示します。
「そのときに、君と君の兄が持っている真っ白な紙に、驚かされたのだよ」
晩餐会、真っ白な紙、兄。
私はふと、思い出しました。あれは六、七年は前のことです、屋敷での晩餐会前に悪戯が完成したので、父に見せに行こうと兄と一緒に晩餐会へ乱入してしまったことがありました。子供って無邪気ですからね、そういう無礼なことをしてしまったのです。
その悪戯は——白紙へ、ちょっと工夫した光魔法を当てると見える文字、というものでした。それを晩餐会の客たちの前で見せびらかして驚かせた、確かそんな話です。
私はそんな些細な出来事を憶えているウォールドネーズ宰相閣下に、驚きを隠せません。
「ああ、あれのことですか! あれは……子供の悪戯で、あぶり出し文字のように光を当てれば見える文字を作ろうと思って」
「それができるのは、光魔法の使い手だけだよ。少なくとも、我が国の技術ではできぬ」
「そんな、大袈裟な」
私は謙遜、というよりも割合本気で大したことではない、と思っていました。だって、見えない文字に光を当てて、浮かばせるだけですよ? そんなの、子供の悪戯以外何に使うというのでしょうか。
そう思っていたら、ウォールドネーズ宰相閣下は一枚の白紙を私の前に出してきました。
「この紙を、読んでみてくれるかね」
白紙を受け取り、私は不思議に思いましたが、すぐに話の流れからピンと来ました。
「ああ、これは、同じような仕組みですね。えい」
テーブルに置いた白紙の上に、右手をかざし、私は光魔法を使います。ほの暗い光です、ともすれば暗闇が光っているかのようにすら見える光を、紙へと照らします。
「んー……微調整して、こうかな」
少しずつ強さや角度を調整すると、白紙にははっきりと、光る文字が浮かび上がりました。若干黄緑色と紫色に光る文字、それを目にしたウォールドネーズ宰相閣下は大層喜ばれます。
「素晴らしい。それほど繊細な技術を持っているとは」
「あはは、大したことじゃありません。えっと、内容は」
私は褒められて、ちょっと浮かれていたのだと思います。文字じゃないですが、浮わついていました。
馬鹿正直に、文字を読んでしまったのです。
「プレツキと接触、籠絡せよ」
読んだあとで、私は、ん? と内容に引っかかるものを覚え、ウォールドネーズ宰相閣下へ尋ねます。
「あの、これは一体?」
ウォールドネーズ宰相閣下の顔は、孫を前にしているように微笑みながらも、目が笑っていませんでした。
「プレツキとは、おそらくプレツキ公爵令嬢アマンダのことだろう。そして、彼女は現国王の一人息子であり王位継承順位一位、第一王子イヴリース殿下の婚約者だ」
プレツキを籠絡せよ。
ウォールドネーズ宰相閣下の言葉と合わせれば、つまりはプレツキ公爵令嬢アマンダという女性を手中に収めろ、味方につけろ、という話です。そして彼女はこの国の第一王子イヴリース殿下の婚約者。
私からすれば、はあ、そんな人もいるのですね、くらいのことです。なんと言ってもド・モラクス公爵家はリュクレース王国の他の貴族とあまり積極的な交流はしていません。というよりも、勝手に色々言ってくるので、ほとんど事務的な対応しかしていないのです。それは王家に睨まれないためでもあり、ド・モラクス公爵家の莫大な財力目当てに近付く貴族とは仲良くなるのをお断りしているわけです。関係があるのはもっぱら信用の置ける国内商人や外国の貴族以外の顔を持つ実業家や学者など、政治的な立場は基本的に中立で、たまにやる晩餐会なども親族関係が中心です。そこに入ろうとあの手この手を使ってくる人がいて困る、と父が漏らしているのを聞いたことがあります。
「とはいえ、イヴリース王子殿下はまだ十三歳。対して、アマンダは十九歳。政略結婚であり、アマンダはそれに不満を持っている、とこの老いぼれの耳にも入ってきていてな」
ふむふむ。アマンダは結婚に不満。
そのアマンダを、籠絡。
ようやく、私の中で言葉の意味が繋がり、その重大さが分かってきました。
「まさか、籠絡って……不満を持った将来の王妃を、ですか?」
私の顔はちょっと引きつっていたと思います。とても俗に、簡単に言えばそう、『すっごくヤバそうな話』、です。それが事実であれば、王城を揺るがすスキャンダル一直線です。何せ、将来の王妃へ不貞を促せ、と言ってきているようなものですから。
私の答えに満足したのか、ウォールドネーズ宰相閣下はやはりシワの深い笑顔です。
「聡いな。さすが賢才と名高いド・モラクス公爵の娘だ。そう、これは北方の商業都市ニュクサブルクの密偵、テネブラエに対しての指令だ」
「テネブラエ、ですか」
「やつが好んで使う偽名だ。私の配下にもいくらか密偵やそれに類する者たちがいる、彼らでさえもテネブラエと接触はおろか、その痕跡を滅多に見つけることはできぬ。だが、やつもやっと尻尾を見せた。王都にある、とあるニュクサブルクの息のかかった商館で、これを押収したのだ。やつを捕まえるつもりで踏み込んだものの、あと一歩のところで逃げられてしまった」
これ、すなわち見えない文字で指示の書かれた紙です。他国の密偵のものでしたか。それは確かに『ヤバい』ですね。私も屋敷に来たばかりの年若い侍女たちのような言葉遣いになってしまいます。
なんだか現実味がなく、しかし緊急事態であることはウォールドネーズ宰相閣下の口ぶりから伝わってきます。王国宰相ともあろう方が、嘘でこんなことは言わないでしょう。
「あ、ひょっとして、私が呼び出されたのは」
私は咄嗟に右手の光を消しました。嫌な予感がやっとしましたが、時すでに遅し。
「聡い子だ。分かってしまったかな」
ウォールドネーズ宰相閣下、私へ圧をかけてきました。これは逃げようがありません。気付いたことを正直に答える以外、方法はありませんでした。
「この光魔法を使って、テネブラエの捕獲に協力しろ、ってことですよね?」
「うむ。何、危ないことはない。公爵令嬢を危険に晒す真似はせぬ、そこは安心したまえ」
「は、はい」
「このテネブラエ宛の指示書は、特殊なインクで書かれており、インク跡さえも肉眼では確認できない。テネブラエの残したものがただの白紙のはずはない、何かが書かれているはずだ、と私が見抜けたのは、ひとえに君と君の兄が遊んでいた光景を見ていたからだ」
なるほど、年の功、というか経験がなせる業で、おそらく見えない文字があるのだろう、とウォールドネーズ宰相閣下は気付いた、と。それはそれですごい気がします。普通なら確かに、なんだただの白紙か、書く前だったのだろう、と見逃すでしょう。
まあそれは私と兄が悪戯をしたからウォールドネーズ宰相閣下は気付いたわけで、巡り巡って私は自分の首を絞めているような気がします。密偵の捕獲、それって警察官がやることでは、と私の頭には疑問が浮かび、言っても詮ないことだと沈んでいきました。私の母方の祖父と伯父は確かに警察官ですが、私はただの貴族令嬢です。ちょっと光魔法が使えるだけです。それを活かして協力してくれ、とウォールドネーズ宰相閣下直々に頼まれたのなら協力はやぶさかではありませんが、これで話が終わるとも思えないのです。
案の定、ウォールドネーズ宰相閣下はこう続けました。
「ただ、な?」
「ただ、何でしょう?」
ごくり、と固唾を呑み、私はウォールドネーズ宰相閣下の次の言葉を待ちます。
重々しく、ウォールドネーズ宰相閣下の口が開かれました。
「君にはイヴリース王子殿下の話し相手になってもらいたい」
どうして?
ド・モラクス公爵領の方言がうっかり出そうになりました。私はこほん、と咳払いをして、まだ混乱しているので部分的に問います。
「ちょっと待ってください。嫁入り前の淑女が? 婚約者のいる王子と会う?」
「君こそ、少し立ち止まって考えてみたまえよ。王城に来たことのなかったド・モラクス公爵令嬢が、なぜ今の時期、舞踏会もなく公的な儀式もないのにやってきたのか? まさか馬鹿正直にテネブラエ逮捕に協力するため、だとは言えぬだろう?」
「ア、ハイ、ソウデスネ」
ウォールドネーズ宰相閣下の言うことは、いちいちもっともです。普段は貴族と接触もそれほどなく、王城にだって初めて来たような公爵令嬢の存在を、不思議に思わない人など少なくとも王城にはいません。
でもその方便は、割と私の体面にとっては重要な気がするのですが、ウォールドネーズ宰相閣下もそれは当然把握しており、さらにそれを利用する手立ても考えておられました。
「国王陛下にはすでに話を通してある。プレツキ公爵令嬢アマンダに少々不審な点があるゆえ、イヴリース王子殿下を守るためにカマをかける、と」
「そのカマって、まさか表向きは私を王子様の婚約者候補にすること、とか言いませんよね? まーさかー」
私の軽いジョークを、ウォールドネーズ宰相閣下は至極真面目に肯定します。
「それ以外、何だと思うのだ」
「まさかー!」
衝撃は激しく、私は天を仰ぎました。淑女としてそれは外聞的にどうなのですかね、と私が口に出す前に、ウォールドネーズ宰相閣下は弁明します。
「分かっている。歴史ある名門ド・モラクス公爵家にとっては、一族から王妃を出すことなど大した意味もなく、むしろ王家からの無理な要請を断れなくなる原因となりかねない。だから、決して私や国王陛下は君をイヴリース王子殿下と結婚させようとしているわけではない、と念書を書いておこう。あくまで、テネブラエを捕まえるためだ。君がイヴリース王子殿下と親しくなっているように見せかけて、プレツキ公爵令嬢アマンダを揺さぶる。そこにテネブラエは必ずつけ込んでくるはずだ。あとは、私と私の部下たちの出番だ。このことはイヴリース王子殿下にもよく伝えておく、問題あるまい」
もう一度言います。ウォールドネーズ宰相閣下の言うことは、いちいちもっともです。それでも私は最後の抵抗をします。
「きょ、拒否権の行使は」
「できると思うか?」
「デキナイデスヨネ……ハイ」
これが現状、最速、最善の方策である、と示されてしまっては、もうこれ以上私は抵抗などできるはずもありません。
ウォールドネーズ宰相閣下はにっこり、満面の笑みです。
「決まりだな。王都での生活はブレナンテ伯爵夫人のミセス・グリズルに頼んである。事情も知っているし、何より伯爵夫人は元密偵だ。護衛としては申し分ないし、色々面白い話を聞かせてもらえるかもしれぬぞ、よかったな」
ウォールドネーズ宰相閣下は立ち上がってやってきて、私の肩を叩きました。私は愛想笑いをするだけでいっぱいいっぱいです。そんな気軽に重大任務をただの貴族令嬢に押し付けないでほしい、と思いましたが、後の祭りです。
こうして、私の王都での短い生活が始まりました。
頑張って書きますので応援よろしくお願いしますゴリラ
 




