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婚約者についてのあれこれ

婚約者が浮気性だと言うのは随分前から知っていた。

幼い頃から女の子にチヤホヤされるのを好んだ婚約者を、遠目でよく眺めていたからだ。

齢6歳にして綾乃は面倒くさがりな子供だったので、それを遠くから眺めてはバイタリティ溢れるその姿に感心していた。


『おまえなんか、いえがらだけでえらばれたブスなんだから、ちょうしにのるなよ!』

絵に描いたような美少年は、初対面から綾乃を気に入らないようだった。


失礼な、美人とは言えないまでも、一般基準くらいはいっているはずだ。


心の中で反論しつつ、綾乃は『しょうちいたしました』とあっさり頷いた。

それに余計に腹が立ったのか、婚約者は綾乃を噴水の中に突き飛ばした。

『綾乃さま…!』

使用人の佐伯が駆け寄ってきて綾乃を介抱した。

綾乃もこれ幸いと『ごふかいにさせてしまったようですので、今日はおいとまさせていただきますね』と婚約者の邸から帰らせてもらった。


だが、突き飛ばされたのは一度きりではない。

月に決められた日に会いに行くたびに、婚約者の横暴は繰り返された。

綾乃の両親はそれを知って婚約解消を考えたようだが、祖父がそれを許さなかった。

有馬家を取り込めば、梅園家はより強力になる。

幼い綾乃は面倒くさがりで、そしてそこそこ賢い子供だったので、婚約解消は早々に諦めていたのだった。


一見して、綾乃の人生は悲惨なものかもしれない。

けれど綾乃はまあいいんじゃないかな、と達観していた。

それは16歳になった今も変わっていない。


なにしろ婚約者は綾乃を嫌っている。

本来綾乃に費やすべき時間を、見目の良い少女達に全て費やしている。

これでただの遊び人ならば有馬の両親が黙っていないのだろうが、幸いなのかなんなのか、婚約者は優秀だった。

徹夜なぞしてなくてもテストは毎回学年で5番以内だし、運動神経も抜群だ。顔もいいのでまさに非の打ち所が無しである。性格以外は。いや、綾乃以外には如才なくやってるわけだから、一般的には完璧なのかもしれない。


そんな婚約者が綾乃を嫌っているのは学園ではよく知られた話なので、少女達は遠慮なく婚約者に群がった。

彼女らは綾乃を嘲笑し、時には嫌がらせもあった。

それでも綾乃は、まあ別にいいかな、と思っていた。


綾乃は早い段階で、自分が人に対して淡白な人間だと気付いていた。

人間関係は狭く、そこそこに深く、ほとんどを浅く。

これが綾乃のモットーだ。


綾乃の家の都合上、政略結婚は避けられないため、一人で生きて行くという選択肢は無かった。


そこであの婚約者だ。

婚約者のあの社交性は天性のものだ。

人といる事を好み、綾乃以外にはマメな男だ。

もし婚約者が綾乃に対して好意を持って、こまめに連絡をしてきたら、と思うとゾッとする。

だが幸いにも婚約者は綾乃を放置して堂々と他の少女と遊んでいた。

彼の興味は微塵も綾乃には無い。

だから綾乃は好きな事を好きな時間で費やすことができた。


「ほんと、良かった」


今日も綾乃は変わらぬ婚約者を見て安心した。

これからも健やかに存分に浮気をしてほしいものである。

そんな綾乃の隣で、同い年の従姉妹、久我公香が呆れた溜息を漏らした。


「綾乃ってほんとどうしようもないわよね」

「失礼ね。いたいけな乙女に向かって」

「いたいけな乙女は婚約者が他の女とアレコレしてるのに満足しないしわよ」

「婚約者様にはいつまでも自由であってほしいと思うのは、一種の愛だと思うの」


公香は数少ない綾乃の理解者だ。

幼い頃から仲の良かった公香は、最初は婚約者の態度に憤慨していた。

しかし綾乃があまりにも気にしないので、今ではすっかり慣れてしまっている。


「それでもあの下半身節操無し男は気にくわないけどね」

フン、と公香は眉を怒らせた。

「でも綾乃、気をつけなさいね。最近、またお気に入りが出来たみたい。その女もかなり調子に乗ってるし、何かしかけてくるかもよ」

「それは面倒くさいわね。その時はどうしようかしら」

綾乃は公香の忠告に首を傾げた。婚約者には定期的にお気に入りができるのだが、そうすると何故か綾乃に絡んでくるという謎行為が始まるのだが、迷惑極まりない。好きにしたらいいのにと思う。しかしまあ、今に始まった事ではないと綾乃はあまり気にしなかった。

「綾乃、あなた少しは危機感を持ったらどうなの」

「だって、婚約は滅多なことではひっくり返らないわ。仮にひっくり返っても別にどうでもいいわけで、そうなると焦る意味がないわね」

綾乃は紅茶を飲み干すと、心からの笑みを浮かべた。

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