日本紹介編
「見てフート! あれが車だよ!」
「くるま?」
「人が乗って操縦するの! ブゥーン!」
――――
「横断歩道は手を挙げて渡るんだよ! 赤のときは渡っちゃダメだからね!」
「赤のときはダメ。なるほど」
――――
「あ! コンビニのスイーツは病みつきになっちゃうから気をつけて!」
「麻薬の類ってこと?」
「ちーがーう! 美味しいの! 甘いの! あーあー。今実体が無いのがざんねんー」
「甘いものが手軽に手に入るのか……」
――――
「これはビル! 人間がスキルを使わずに建ててる! すごいでしょ!」
「これを人が……。人の可能性はすごいんだな……」
「車みたいな機械は使うけどね!」
「でっかい魔道具って感じか」
「そう! そんな感じ!」
「なるほど……」
――――
「服はとりあえずここらへんで揃えるのがいいよ!」
「すごい……高級品ばかりじゃないか……」
「ブー! ここはね……日本ではお手頃価格で有名なのだ! お金が手に入ったらここにこよう! ね! ね!?」
「アテューのぶんは買わないぞ」
「えー! 頼むよ~!」
「そもそも俺の中から出てこないと」
「むぐぐ……それは難しいのだ……」
「そもそも着替えとかトイレに行くときはどうするんだ?」
「フートが行くときはこっそり外に出るよ~! そして! 僕ちゃんアイドルだからトイレには行かないの!」
「そうか」
――――
「ここは美容院! その変な髪型は早くなんとかしないとね!」
「伸びたらバッサリ切るだけだからな……。でも、別にこれで構わないんだけど」
「ダメダメ! 髪の毛整えるだけで全然違うの! 特に前髪は命!」
「そうか……」
――――
その後もアテューに引っ張りまわされ、あっちこっちに連れていかれた。日本ってのはすごいところだ。なんかもう、とにかくすごい。凄すぎる。
故郷じゃ超が付くほどの高級品だったものが、簡単に手に入るらしい。しかも、誰でも。
生まれつきの身分ってのが無いのが未だによくわからないが、とにかく貴族のような理不尽な人たちはいないらしい。
アテューは本当に楽しそうに案内してくれた。あぁして見ると妹が出来たみたいだ。常識が違いすぎて理解しづらいことも根気強く教えてくれたし、お金が手に入ったら一緒に行きたいところを沢山紹介してくれた。
もっとも、お金をどうやって稼げばいいのかはアテューも良く分かっていないみたいで、
「えーっと……バイト! バイトがいいよ!」
とのことだ。バイトが何なのかもよく分かってないけど。
「そういえばアテュー」
「ん~? なに~?」
ちょっと疲れたみたいで眠そうだ。
「この後の食事で何か気を付けたほうがいいことって」
「ああぁっ!」
「ん? どうしたんだ?」
「どうしたじゃないよ! すっかり忘れてた! フート! お箸は使える!?」
「オハシ? 使えないけど……?」
「しまった……。ええっと、まさか手づかみで食べるつもりだったりしないよね?」
「え、ダメなのか……?」
「ぜーーったいやっちゃダメ! スプーンは使える!?」
「い、いちおう……」
スプーンなら、父さんがナイフで木を削って作ってくれていた。
「どう握ってた!?」
握り方? 握り方なんて一つしかないだろう。
「こうだけど」
「まじかい……」
アテューは一人で勝手に唖然としている。なにが可笑しいんだろうか? 普通に柄を握っているだけなのに……。
「やばい、もう時間が無い……」
「な、なぁアテュー」
「くそー! どうして僕のスキルは身体を乗っ取ったり出来ないんだー!」
「アテュー!?」
随分と物騒なことを言っているが……。
「もう仕方ない……。いいかいフート。見よう見まねでその場で習得するんだ! 君の今後の生活はスプーンの握り方にかかっている!」
「ええええっ! スプーンに!?」
「スプーンにだ! もう説明している時間はない! あの子もご飯の支度を終えたみたいだ! 帰るぞー!」
「え!? 帰るってどうやっ」
「おりゃー!」
――――
俺は控え目なノックの音で目を覚ました。
「起きてますか? ご飯の支度が出来たのでよびに来ましたー」
ヤバい……スプーンに今後がかかっている……。
どうやらここが、天国と地獄の分かれ道だ……!