夢
――――気が付くと不思議な場所にいた。
水色の空間。床も壁も無い。遠く、遠く、ずっと向こうまで水色が続く空間。
前もここに来たような気がする。辺りを見渡そうとするが、どうやら首が無い。視点は動かせないようだ。
頭にもやがかかったようで、さっきまで何をしていたのか思い出せない。
ひとまずすることも無いので、水色の空間をじっと見つめることにした。暫く見つめるうちに、段々と向こう側に何か浮かんできた。
更に目を凝らす。と、気づいたら自分がその何か達に囲まれている。見知った顔ばかりだ。
父さんと母さん、ブッツォ、奴隷の少女、そして高貴な女性。
(父さん……母さん……無事だったんだ! 良かった!)
そう伝えようとしたが口が無かった。
父さんと母さんは晴れない顔をしている。どうしたんだろう。
「フート……どうして死んでしまった……」
「自分から炎に突っ込むなんて……私たちは、あなたが元気なだけで幸せだったのに……」
二人は俯きながらつぶやいた。
ブッツォはいつも通りだ。
「ハハハハハ! 凄い威力だったな俺の〈煌炎〉は! ハハハハハ!」
奴隷の少女は相変わらず力なく俯いている。
「どうして死なせてくれないの……?」
高貴な女性は微笑みを浮かべている。
「あなたは何がしたかったの? 一つも役に立ってなかったわ」
五人は思い思いに呟くと、俺の周りを囲んで回り始めた。小さいころにやった、カゴメカゴメのように。
「どうして死んでしまった……」
「あなたが元気なだけで幸せだった……」
「ハハハハハ!」
「どうして死なせてくれないの?」
「あなたは何がしたかったの?」
まわる。
「どうして死んでしまった……」
「あなたが元気なだけで幸せだった……」
「ハハハハハ!」
「どうして死なせてくれないの?」
「あなたは何がしたかったの?」
まわるまわる。
「どうして死んでしまった……」
「あなたが元気なだけで幸せだった……」
「ハハハハハ!」
「どうして死なせてくれないの?」
「あなたは何がしたかったの?」
「どうして死んでしまった……」
「あなたが元気なだけで幸せだった……」
「ハハハハハ!」
「どうして死なせてくれないの?」
「あなたは何がしたかったの?」
やめろ……やめてくれ……何がいけないんだ……何がダメなんだ……。
「どうして死んでしまった……」
「あなたが元気なだけで幸せだった……」
「ハハハハハ!」
「どうして死なせてくれないの?」
「あなたは何がしたかったの?」
「どうして死んでしまった……」
「あなたが元気なだけで幸せだった……」
「ハハハハハ!」
「どうして死なせてくれないの?」
「あなたは何がしたかったの?」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
――飛び起きた。
「キャッ!」
勢いよく体を起こすと、可愛らしい悲鳴が聞こえた。そちらに目を向けると、高貴な女性が驚いた顔をしてこちらを凝視している。
「ハァ……ハァ……」
その顔を見て、先ほどの光景がフラッシュバックする。五人が自分を取り囲み、何度も何度も同じことを呟いていた。
「夢か……?」
「あの……大丈夫ですか……?」
高貴な女性が心配そうにのぞき込んでくる。夢の中ではこの人にキツイことを言われた。思わずのけぞる。
「うわっ……と、えと、大丈夫……です」
「あ、ごめんなさい……。あんなことがあったのに大丈夫ですかって変ですよね。……ひとまず父を呼んでくるので、そのまま待っていてください」
高貴な女性はそう言い残してそそくさと部屋から出ていった。
あんなこと……。そうだ。俺は女性を助けるために黒服の集団に突っ込んで、何も出来ずやられた。
喧嘩にもならなかった。唯一出来たことは頬をペチと触るくらい。青い服を着た男の人が来なければ、両の足も折られるところだった……。女性を助けることも出来なかった。
自分にかけられた白いフワフワしたものの中で、自分の足が動くかチェックする。痛みはない。
「ッ、と……」
痛むのは腹と頬、あとは口の中だ。触ると、謎の布や包帯が巻いてあった。
それにしてもこの白いフワフワは凄い……。家族と使っていた、藁を編んだだけの布団とは天と地ほどの差がある。こんな高級品使ってしまってもいいのだろうか……。俺なんかが……。
それに、ここはどこだろう。
板張りの天井に、白い壁、緑の藁のようなものが敷き詰められた床。扉は木の格子と白い紙のようなもので作られている。こげ茶色の箱やテーブルの上には紙束や細長い筆のようなもの、装飾品のようなものが置いてある。
知らない文化、見たことも聞いたこともないような部屋だ。
紙は高級品だ。白いものは白いってだけで高級品。これだけが俺の知識で分かること。ということはきっと、この部屋自体俺の想像もつかないくらい高貴な場所だろう。こんな場所に一人取り残されるなんて眩暈がしそうだ。
(やぁ! やっと起きたみたいだね!)
不意に頭の中で水色少女アテューの声が響いた。
「うあっ! ……なんだアテューさんか。びっくりしました」
(むむっ! なんだとはなんだ! 僕は可愛い可愛いアテューちゃんだぞ!)
「そうですか……」
(そんなことよりフート君! キミ、そろそろその堅苦しい喋り方やめない? 僕敬語苦手だからやめて欲しいんだけど……)
確かに俺もアテュー相手に律義に丁寧に話すのは疲れる。得体のしれない相手だと思っていたが、本人が構わないというならいいだろう。
「……アテュー?」
(はい! 僕ちゃんみんなのアイドル! アテューちゃんだよっ!)
「面白いものが見れるって言ってたけど……楽しんでもらえたかな?」
(あ……)
この水色少女は、面白いものが見れるぞ、と俺をあの暗がりに連れていき、首を突っ込むか悩む俺をわざわざ焚きつけたのだ。
「アテューが焚きつけたせいで、俺の体ボロボロなんだけど?」
(いや、それは、あの、言葉のあやって言いますかその……フートも乗り気だったし、その……ね?)
まぁ、首を突っ込む決断をしたのは俺だ。お仕置きをしようにも手が出せないし、あんまりいじめるのも趣味じゃない。このくらいにしといてやろう。
「……」
(……あれ!? 無言!? 怒ってる!?)
丁度壁の向こうから足音も聞こえてきた。ひとまずアテューのことは無視して姿勢を正す。
「やぁ、目を覚ましたみたいだね」
高貴な女性と共に入ってきたのは、緩い服をふわりと羽織った、白髪交じりの壮年の男だった。
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