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現代日本

(ここは……?)


気が付くと知らない場所にいた。

水色の空間だ。


上も下も、すべてが水色に染まっている。壁も床もない。上下左右すべて、ずっとずぅーっと水色。底が知れない。分からない。


不思議な場所だ。


「ようやく目覚めたかい?」


どこからともなく聞こえる声。誰だろう。


「君が招いたのさ。死の間際、最後の力を振り絞ってね。だから届いた。君の願いは僕の元へ届いたよ。おめでとう」


どれだけ探しても姿は見えない。声だけが聞こえてくる。


「それじゃ。いってらっしゃい」


直後、急な浮遊感に襲われる。


床なんて無かったはずなのに、急にそれがなくなったようだ。


段々と周りの景色が変わってゆく。水色から深い深い闇へと。落ちてゆく自分。いや、堕ちているのかもしれない。何がどうなっているのか分からないが。


ブッツォはどうなったのだろう。父さんと母さんは無事だろうか。奴隷の女の子は助かったろうか。


朦朧とする意識の中でたった一つ分かった。


(そうか。俺は死んだのか)




――――


「キャッ!」


まどろむ意識を現実へと引っ張りあげたのは、知らない女性の声だった。ブッツォと自分たちを取り巻く雰囲気からはあまりにかけ離れた悲鳴。気の抜けたような悲鳴だった。


「大丈夫ですか……?」


目を開けると、自分の顔を覗き込む大きな瞳と目が合った。

女性は茶色のウェーブがかった髪を後ろで1つに結び、見たことのない凝った高そうな服装をまとっている。白地に紺の意匠が施され、胸元には大きなリボン。

顔もかなり整っていて、一目で高貴な生まれの方だと分かる。


「ここは……?」


「え……っと、横断歩道の真ん中ですけど……」


聞きなれない言葉。オウダンホ……なんだって?


「あ! とにかく早く起きて起きて! もうすぐ赤になっちゃうよ!」


「え? 赤?」


「いいから! それとも死ぬつもりなの?」


死にたい? 死にたいはずがない。 ここにいたら死んでしまうのか? 何かが赤になったら死ぬのか?

赤と聞いて頭に蘇るのは先ほどの記憶。 赤く煌めく小さな太陽。 殺意に満ちた、魂を一瞬で灰と化す炎。 絶望の赤色。


もう一度あれをくらうなんで死んでも嫌だ。


思わず飛び起きた。


「早く早く!」


言われるがままに、その高貴な女性の方へと導かれる。ようやく安全圏と思われる場所にたどり着いて一息つく。


その瞬間、背後でブロロロロロと魔獣の嘶きとも、魔術の轟とも思える音が鳴り響いた。思わず頭を抱えてしゃがみ込む。


「なっ! なんだ!?」


しゃがみながら後ろをチラリとみると、大型の魔獣のような何かが何十頭も、見たこともないような速さで走り抜けている。とんでもない速さなのに統制された動き。異様な状況だ。唖然とした。


「お兄さん、ホントに大丈夫―?」


驚きで固まっている俺に、高貴な女性が話しかけてくる。随分とフランクな方のようだ。俺のような農奴に話しかけるだけでなく、手を差し伸べてくれた。ブッツォとは大違いだ。


「高貴な方、助けてくれてありがとうございます。 おかげで命を拾いました。この御恩は忘れません」


「ええっ! 高貴!? ……んーっと、もしかして酔ってます? 成人してるようには見えないけど……」


「お酒は飲んでいませんが、一応成人はしています」


「ん~、ええっと、それじゃあ私、学校遅刻しちゃうんで行きますね! まだ寝ぼけてるみたいだから、気を付けてくださいねー!」


女性はそう残して去っていった。俺はそれを、頭を下げたまま見送った。どんなに気のいい貴族でも、下の身分の人間が自分と対等に話すことを許すわけではない。


父さんの教えだ。かつて、相手が優しいからと調子に乗った村長会のメンバーが、それで私刑にあったらしい。


優しいほほえみを浮かべながら無残な私刑を実行する貴族を見て、絶対に調子に乗ってはいけないと学んだそうだ。


だから、村長クラスならまだしも、高貴な人と接するときは目を合わさない。とにかく腰を低く、頭を下げて、丁寧に。自分はあなたより下ですよと態度で伝える。


高貴な女性が見えなくなるまで頭を下げ続け、角を曲がったところでようやく頭をあげた。


「それにしても……」


そのまま周りを見回す。


「ここはどこなんだ……?」


人の手で作ったとは思えない、精工な四角形や円形を使った建物が、これでもかと並んでいる。それも、ありえない高さのものばかりだ。


領主様の館もすごかったが、それよりも遥かにすごい。どんなスキルをどう使えばこうなるのか、想像もつかない。それこそ創造主様が作った、と言われても納得してしまうだろう。


「死後の世界……天国か地獄……? 俺の想像とはずいぶん違うけど……」


それに、父さんと母さんはどうなったのだろう。 もし、本当に自分が死んでしまったのなら二人は相当悲しむはずだ。


万が一ここが死後の世界じゃなく、現実なのだとしたら帰る方法を探さなくちゃいけない。


そう思案を始めたときだった。


「くくく……天国か地獄ね……言い得て妙じゃないか」


背後から声がした。振り向くとそこには、水色の髪と水色の瞳をもった少女……。どこか神秘的で、神々しい雰囲気をまとった、けれど、どこかあどけない不思議な少女がそこにいた。


「あなたは?」


「おや? もう忘れてしまったのかい? さっき会ったばかりじゃないか」

さっき? 何を言っているんだろうか?


「ん? 記憶が曖昧なのかな? それとも正気に戻りきってないのか?」


要領をえない俺の表情を、この水色少女は不思議そうな顔して覗き込んでくる。


「まぁいいや。 私はアテュー。 君が死の間際に招いた者だよ。 ほら、アテュー!アテュ―!って具合にね!」


「そんな記憶は無いですけど……。 それよりも……え?」


ケタケタと笑うアテュ―。 どこか人を小馬鹿にした笑い方だ。 少しだけ神経を逆なで

される。だが、そんなことよりも大事なことがある。

アテュ―と名乗るこの不思議少女のセリフに、到底聞き逃せない単語があった。


「……やっぱり俺は死んだんですか?」


「あぁ。死んだよ。当然じゃん! あんな火の玉受けて生きてる方が不思議だね!」


「そんな……じゃあここは本当に……?」


ここは本当に死後の世界ってことになる。 天国か地獄か知らないが、俺は死後の世界に来たわけだ。

確かにそれなら説明がつく。見たことも無い意匠の服に、人が作ったとは思えない建物の群れ。轟音をあげて走る謎のモノ。創造主や神様の類が関わっていてもおかしくはない。



「いや。 死後の世界なんかじゃないよ。 ここは日本。現代日本だ。君は一度死んだが、どういうわけかここへ転移してきたんだ!」


水色の少女アテュ―は年相応に見える好奇心に満ちた笑みを浮かべて両腕を広げた。 


「くくく……。 さぁ天国も地獄も君次第! ここをどんな世界と感じるかは君のこれからにかかっている! 『情けは人の為ならず』だ! どうかな? ワクワクしてきたかい?」


そして輝く水色の瞳をグイッと顔に近づけてくる。

だが。


「悪いですけど、その『情けは人の為ならず』……俺はもう信じてないです。 どうせ一度死んだのなら、俺は自分のため。自分のためだけに生きてみたい……」


どれだけ理不尽に耐えて、村の為、家族の為に頑張っても、ついぞ報われることは無かった。少女を助けたって、自分が死んでしまったら意味がない。だったらいっそのこと、ずっと自分のために生きたほうが利口ではないか。誰が悪いわけではなかった。ただただ世界が理不尽なだけだった。だから次は、自分のために生きるのだ。


「ほほーう。 ま、それもいいんじゃない。 あんまりドライに考えられる人には見えないけど……。 ま、僕もせっかくここに来れたんだ。 君の中で色々見させてもらうよ!」


次の瞬間、アテュ―の体がふわりと浮き上がり……。

そして一気に僕の胸の中へと吸い込まれていった。アテュ―の姿形は跡形もなく消えた。


「ちょっと! 僕の中ってどういうことですか!」


(気にしないでおくれ。 僕は自分で飛んだり歩いたりは嫌いなんだ。 それよりほら? 皆きみのこと見てるよ。 僕の存在は今のところ君しか感知できない。 一人で叫ぶ不審者がいるって通報される前に逃げたほうが得策じゃない?)


頭の中でアテュ―の声が響いた。なんだこれ。


「そういうことは早く言ってください……!」


俺は慌ててその場を後にした。


それにしても、アテュ―って何者なんだろう……。他の人に感知されないとか、独特な色の髪と瞳とか……。急に俺の胸に入り込んで来て、なにが目的なんだろうか。

それにさっきの口ぶりじゃあ、この子が俺を転移させたわけじゃなさそうだ。


それとやっぱり、どうしても気になる。

「アテュ―さん。 父さんと母さんと、あの女の子はどうなったか分かりますか?」


(さあね。 そんなことよりほら。 そこの角を右に曲がると面白いものが見れるぞ)


俺にとっては「そんなこと」では無いのだが、知らないならば問い詰めても仕方が無い。隠しているのかも知れないが、それを吐かせる手段も今は無い。俺の胸の中から出したいのはやまやまだが、どういう仕組みで入っているんだろう。こんなスキル聞いたことがない。


いくつか考えているうちに曲がり角まで来た。


(ほぅら来た。女の子のピンチだぞ! バッタバッタとなぎ倒せ―!)


さっきの高貴な女性が、黒い服を来た厳つい男数人に囲まれていた。



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