新しい朝
「おはよ~……」
「おはようございます」
「ん~……」
夏の朝、ジメジメした空気と共に朝日が昇った。
伊柳家は一階がお店と台所、そして食事をする部屋と客間。二階に優芽さんの部屋、ケイさんの部屋、そして物置がある、ショウテンガイに面した家だ。
アテュー曰く、(築何十年だろうね~。結構年期入ってるよ~)ということらしい。
昨日はいろんなことがあって疲れたし、慣れない場所だった。でもフトンやらフロというものでスッカリ癒された。死んだように眠った。
客間をあてがわれた俺は窓から差し込む光と共に目覚め、顔を洗うためにセンメンジョに向かって顔を洗う。
この蛇口をひねると、綺麗な水が出てくるのも、凄い。スキルなしでこんなことが出来るなんて、この世界の人たちは天才ばかりかと思う。
そこへやってきたのは、眠そうな目を擦る優芽さん。長いまつげは朝日に当たってキラキラと輝いている。ボサボサの茶色い髪は、光の加減で黄金色だ。
ダボッとした可愛らしい寝間着が少し崩れて際どい。なんとも無防備な姿に、美しい姿に思わず息をのんだ。
「……あ、どうぞ。僕は今終わったとこなので」
丁度顔を洗い終えたので順番をゆずる。
「ん……ありがとう……ん?」
優芽さんはまだ眠たいらしい。意識がはっきりしていないようだ。
「ん?」
「え?」
「え?」
「ヒッ……」
優芽さんはペタペタと自分の服と顔、頭を触ってチェックし、顔がみるみる赤くなっていく。
「ぎゃああああああああああ!」
「えっ! えっ!?」
バタバタと悲鳴を上げながら逃げていった。
「な、なんで……」
ショックだ……。そんなに酷い顔をしてただろうか……。昨日教わった鏡というもので自分の顔をチェックする。
そこにはなんの変哲もない俺がいる。黒髪、赤みがかった黒い瞳、日に焼けた肌、ちょっとこけた頬。
き、嫌われてしまったか……?
「やぁ、よく眠れたみたいだね」
「あ、ケイさんおはようございます」
ボケっとしているとケイさんも起きてきた。ケイさんは寝間着まで和風?の服を羽織っている。
「うん。おはよう。二人とも、朝から元気そうで何よりだよ」
「元気……悲鳴を上げて逃げられてしまいました……」
「うん。まぁ、優芽も年頃の女の子だからね。さっ、顔洗い終わったならこっちにおいで」
言われるがままに、別の部屋へと連れていかれて……。
「じゃ、朝ご飯が出来るまでここで待っててね」
ピシャリとフスマを閉められた。
「優芽ー! もう大丈夫だから降りておいでー!」
いいのだろうか……こんな調子で、俺がここに住み続けても……。
―――――
(まったく羨ましいな! JKの寝起きを拝めるなんてなかなか無いことなんだぞ!)
「なんだアテュー。からかいに来たのか?」
昨日食事をした部屋でおとなしく座っているとアテューが話しかけてきた。丁度部屋に二人はいない。こやつと話せる機会も少ないことだし、小声でこっそり会話してみる。
(だって暇なんだもん~。 僕ちゃん寝ること出来ないから夜はずーっと一人なんだぞ!)
「それは大変だな……。寂しかったのか?」
(むっ。寂しくない。暇なだけだもん)
「そうか。大変だな」
(そんな他人事みたいに……。ねぇ! 早くスマホってやつを買おうよ!)
「スマホ?」
(そう! フートが寝てる間暇だから、アニメでも見たいな~なんて!)
「アニメ……? よく分からないけど、買うにしてもお金が無いから今は無理だな」
(もう~フートってばそればっかり! この甲斐性なし!)
「仕方ないだろ……」
アテューは強欲だな。アルバイトでどのくらい稼ぎが入るのか分からないが、油断してると全部持っていかれそうだ。気をつけよう。
(ね、ね、それより初めてのバイト楽しみだねぇ! 僕バイトするのが夢だったの!)
「そうか……僕は不安でいっぱいだよ……そもそもバイトが何をすることなのかも分からないし……。てかバイトするのは俺だ」
もし失敗なんてしたら、ここに置いてもらえなくなるかもしれない。共同生活になじむことも、バイトもまともに出来なかったら、行き場をなくしてしまうかもしれない。
これは試練だ。
俺は俺の為に生きる……。ここまではイレギュラーが重なったけど、これは忘れちゃいけない原点。自分の幸せをつかむために、俺は頑張らなきゃいけないんだ。
「頑張るぞ……。アルバイト」
(オー!)
……独り言のつもりだったんだけど。でも、応援してもらってる気がする。悪くない気分だ。
―――――
「「頂きます!」」
「……きます!」
朝食が始まった。
食事前の詠唱?のようなものはまだ分からないけど、なんとなくで合わせておく。
制服というものに着替え、髪も化粧も整えて現れた優芽さんは、さっきのことなんか無かったかのようにケロッとしていて、手際よくテーブルに三人分のご飯を並べてくれた。
メニューはお米とシシャモという魚を焼いたもの。そして、昨日のお味噌汁だ。
こんな豪華なご飯を朝から……。凄い……。凄いし、やっぱり美味しい。
流石に昨日のように泣いたりはしないが、今日も美味しいご飯が食べられて幸せだ。それら噛みしめてゆっくりと味わう。
この美味しさを表現できるセンスが無いのが悔しいところだ。
優芽さんは凄い勢いで食べていく。お米には謎の白いトロトロと茶色の液体をかけて思い切り掻き込んでいく。魚も、味噌汁も、あっという間になくなった。
ケイさんはそれを笑顔で見守りながら、ゆっくりしっかり咀嚼しながら食事を進めていく。
真逆の二人のスタイル。でも、不思議と絵になる光景だ。幸せな家族のワンシーン。いい。
「ご馳走様! じゃ、私学校あるから!」
「うん。気をつけるんだよ」
「わかった! もう近道しない!」
「気をつけてください」
「ん! ありがと!」
優芽さんはあっという間に食べ終わり、自分の使った食器を台所へ持っていった。
「朝は慌ただしくてすまないね。私の体が弱いせいで優芽には負担をかけているんだ。なのに文句の一つも言わない。自慢の娘だよ」
ケイさんは自慢げだ。
本当に、いい人だと思う。二人とも優しい。ケイさんが優芽さんを自慢に思うのも頷ける。ご飯は美味しいし、笑顔は素敵だし、手際も良くて、完璧な人だ。凄い。優芽さんからしても、きっと自慢のお父さんなんじゃないだろうか。
「なにー!? なんか言った!?」
「何も言ってないよー!」
台所から、シュコシュコという音と一緒に、もごもごした声が飛ぶ。歯を磨いているみたいだ。
俺はケイさんとゆっくりご飯を味わって、二言三言会話を交えながら食事を済ませた。
――――
「行ってきまーーーー!」
「いってらっしゃーい!」
「い、いってらっしゃい……!」
玄関の方から聞こえた声に、見よう見まねで返事をした。
変じゃないよな……大丈夫かな……?
すると優芽さんがバタバタと玄関から戻ってきて、俺の方を見て言った。
「アルバイト、頑張ってね!」
「……が、頑張ります!!!」
「うい! じゃ!」
優芽さんは今度こそ凄い速さで玄関から出ていった。
嵐のような朝が過ぎた。
「よし、じゃあ僕らもお店の準備を始めようか」
「は、はい!」
いよいよ始まる。新しい世界での暮らしが――。
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