訳アリ
私の娘を助けてくれた少年は、なんとも奇妙な装いをしていた。
まるで戦国時代からやってきたかのような、しかも武将や武士ではなく、当時の農民のような出で立ちだった。
虎刈りの黒髪に、日に焼けた肌、こけた頬。着ている服もとても現代のものとは思えない。何も知らず街で見かけたら、まず浮浪者かと疑うだろう。
そんな少年がどういうわけかウチの娘のピンチに駆けつけ、警官が来るまでの時間稼ぎをしてくれたという。観光地も近いこの辺りは大通りからちょっと外れると少々治安が悪く、ヤンキー校として有名な高校も近いだけあって不良がたむろすることが多い。
そんなことを知ってか知らずか、このひ弱そうな少年はわざわざ薄暗い路地に立ち入り、そこで五人の不良と絡まれる娘を見つけ……。そして絶対に勝てそうにないのに、それでも体を張って助けてくれたというのだ。
にわかには信じられない。大人でも出来ない芸当だ。
ともかく、この子は娘の恩人であり、それはつまり私と亡き妻にとっても恩人だということだ。
丁重に扱わねばいけないだろう。
というわけで、ひとまず店の奥で傷の手当てをして寝かせておいた。
――――
娘は張り切って食事を用意した。
怖い体験をしたばかりだというのに、タフな子だ。病弱な私よりも、きっと妻に似たのだ。
いや。今はまだアドレナリンが出て興奮しているのかもしれない。
明日になれば疲れもドッと出る可能性もある。注意しておこう。
さて、ようやく少年と食卓を囲み、娘の恩人はどんな人だろうかと探りを入れようと思っていたのだが……。
驚いた。
とても礼儀正しく、姿勢の低い好青年だった。いや、好少年というべきか。どうやら彼は自分がしたことの凄さをよくわかっていないようで、私たちが繰り返し感謝すると顔を赤くして戸惑っていた。
不良たちに果敢に立ち向かったというのだから、もしや血の気が多い子かと警戒もしたが……、杞憂だったようだ。
そして驚いたことはこれだけではない。
流暢に日本語を話す割に箸が使えないらしい。スプーンの握り方も小さな子供と同じようで、この礼儀正しい好少年の印象とはかけ離れている。
和食をよく知らないようで、一口食べるたびに美味しそうに眼を見開いて驚く。
あげくの果てには、ご飯が美味しすぎて涙を流し始めた……。
どう考えても訳アリだ。
高校生になったかならないかくらいの子供が、箸の持ち方も知らず、ごく普通の家庭料理を食べて涙を流す。
少し踏み入った質問をすれば帰る場所も無く、学校に通ったことも無いという。
いよいよ怪しい。そして心配だ。
ここで見過ごすことは簡単だ。自分たちの保身のために、厄介ごとから目を背ければいい。食事が終わったあと、それじゃあと見送ればそれでしまいだ。
しかし。
それでいいのか。
この子は身体を張って厄介ごとに首を突っ込んで娘を助けてくれた。聞けば、もう少しで足を折られるところだったという。
そんな相手に対して、私達が返すものが一食の料理でいいのだろうか。
答えは当然決まっている。
私達は、彼が1人で暮らせるようになるまでの手助けをしよう。
一人娘が住むこの家に、見ず知らずの男を泊めるのには確かに抵抗があるが、別で部屋を借りれるほどの金も我が家には無い。
優芽にも食事前に聞いた。
「もし彼が訳アリなら、しばらくウチに滞在してもらおうと思うけれど、どうだい?」
優芽は特に躊躇うことも無くいいよと答えてくれた。
一応、同年代の男の子と同じ屋根の下で暮らすことになるんだが……。もうちょっと考えなくてもいいのか……?
と思ったが、優しい子に育ってくれたことも同時に嬉しく思う。
そういうわけで、フート君。ようこそ伊柳家へ。
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