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プロローグ 「カンソコジッキ」

「情けは人の為ならず」という言葉がある。幻想的な言葉だと思う。もう一度言おう。幻想的。人に親切にしていれば、巡り巡って自分に返ってくる、という意味のことわざだ。良い言葉。素敵な言葉だ。きっと座右の銘にしている人は多い。


だが、ただの理想論でしか無いことを知っている。俺は知っている。人のためよりまず自分。いくら人の為に頑張ったって、搾取されて終わることの方が多い。だからやり直すんだ。

この、現代社会で……。


――――


ナーロッパ地方の小さな村「カンソコジッキ」は、1年に1度の大仕事にてんやわんやしていた。

「オオオイ!まだ設営終わってねぇのかガキ!」

「す、すみません!」


会場のセッティング中、突然の怒号と共に後ろから蹴り飛ばされた。


「すみませんじゃねぇ、手を動かすんだよクソモヤシが!」

「すみません!」

「チッ。この調子じゃ俺が領主様にどやされちまうだろうが……」



いま、この村は3日後の祭りに向けて、村人全員で準備にあたっている。祭りといっても、ローカルな小さなものではない。成人の儀。15歳になった国中の子供が、創造主様から祝福、つまりスキルをもらうための、とても大事な祭典だ。

更に今年はウチの領が主体で開催するので、領主様方も、村長会の面々も相当気合が入っている。


俺も今年ついに15歳。成人の儀のいわば主役だ。スキルを1つ授かるこの日を、もう何年も前から心待ちにしてきた。だというのに……


「あぁ?何見てんだよ」


この男だ。

俺をこき使う村長の長男。名前はブッツォ。傲慢で高圧的で、ぶくぶく太った猪のような男だ。


(本当なら俺は何もしなくていいはずなんだぞ……!)


「何か言ったかモヤシィ!」


「い、いってません!」


会話のたびに殴られる。蹴られる。最悪の幼馴染だ。今年この村の15歳は、俺とコイツだけ。


「俺だって領主様のために汗水流してるんだ。お前だけ休めると思ったら大間違いだぞ」


巨体からあふれる汗を拭きながら、ブッツォは威圧してくる。

ただの村人の俺は黙って従うしかない。


(威張ってるだけのクセに……。発破かけてることにすらなってないぞ豚野郎……)


殴られ、罵倒されながら重い木材を運んでいく。

運んで運んで、いい加減運び疲れて、飽きて、それでも運んで、ようやく日が沈むころようやく仕事は終わった。



会場の端に座り込んで、一息つく。


「ようやく終わった……」

「おう、しごかれてたなフート」

「すみまッ……って、なんだ父さんか……」


背後から声をかけられて驚いた。振り向くとブッツォではなく、泥だらけ汗まみれの父がたっていた。


「大変そうだな」

「大変なんてもんじゃないよ……。あいつ、威張るだけ威張りやがって……。父さんはどうも思わないの?」


「そりゃ思うところはあるぞ。だがな、世の中どうにもならないこともある!諦めて飄々としてた方が楽だぞぉ」


「なんか嫌な人生観だね……」


「それが大人ってもんさ」


そういうもんなのだろうか……。本当にどうにもならないのだろうか……。


「ま、儀式でとんでもないスキルを貰えれば何か変わるかもな! 勇者様の言葉『情けは人の為ならず』だ。村の為に頑張っているんだ。きっといいスキルを貰えるさ」


気休めだってことは分かっている。でも、希望をもたずにはいられない。


不意に、頭をガシガシ撫でられた。


「もう。そんな年じゃないって」

「おぉ!そうかそうか、3日後には成人だもんな」


そう。3日後だ。スキル次第じゃ一攫千金も夢じゃない。80年前に世界を救った勇者様も、はじめは浮浪の乞食だったそうだ。

それが成人の儀を受けて、ものの数年で魔王を倒し世界に平和を取り戻した。今や英雄。勇者様を称えた歌や民謡がいくつも作られ今も親しまれている。


勇者様とまでは行かなくても、俺だって……。



「うし!じゃあ明日も早いし帰るとするか!」


明日は夜明けとともに仕事再開だ。きっとあの豚は昼過ぎにやってきて威張るのだろう。


(はぁ……)


早くスキル欲しいなぁ……。




――――





「あなたのスキルは『招き猫』です」


「え?なんですって?」


顎が外れるというのはこういうことを言うのだろう。ようやく待ち望んだ運命の日。地獄のような準備期間を経て、家族が用意してくれた晴着を着て、ようやく臨んだ成人の儀。


もう1週間も自分たちの村には帰ってない。領主様の館の近くで朝から晩まで働きどおし、会場の設営を終えて、ようやく臨んだ成人の儀。


そこで神官に告げられた俺のスキルは……。


「『招き猫』です」


聞き返してもよく分からない。招き猫ってなんだ?


「招き猫ってなんですか?」


「わかりません」


「どういう効果なんですか?」


「さぁ……」


「はぁ……そうですか……」


終わった。

俺の人生は終わった。なんだこれ。招き猫?

招くのか?猫が?それとも猫を?

わからない……。


ただ一つ分かるのは、使いどころのない「ゴミスキル」だということ。


スキルカーストこそ絶対のこの世界で、こんなゴミスキルを授かってしまった。


家族にどう説明すればいいだろう……。


そう悩む暇もなく、スキル授与の間から出てきた俺に家族が駆け寄ってきた。

「どうだったフート!?」

「いいスキルは頂けたの!?」


父さんと母さんは期待してくれている。

俺が生まれたときからずっとそうだった。2人のスキルはカーストの下位も下位。父は日向ぼっこをすると体力が回復するスキル「太陽の恵み」で、母はお味噌汁が美味しく作れる「母の味」というスキル。


「太陽の恵み」は農奴に最適なスキルだ。だが、日向ぼっこをするとサボっていると村長たちにどやされる。「母の味」は使いどころが全くない。味噌汁とは勇者様の故郷ではありふれた料理らしい。だが、自分たちの村では一度も見かけたことは無い。味噌という高級品が必要らしいが、そんなものを取り寄せる方法も金も、我が家には無いのだ。


どうにか、一人息子の自分が生活を変えてくれるのではないかと、そう期待してしまうのは仕方ないことだ。


「それが……。ごめん……父さん、母さん」

「そうか……」


俺が暗い顔を見せると、父さんも母さんもあからさまにガッカリした顔を見せた。

胸の奥がきゅっと痛んだ。2人は昨日の晩も、俺のために豪華な食事を用意してくれた。鶏のもも肉を食べたのなんて、人生で初めてのことだ。

貯金をはたいて、晴着も買ってくれた。農奴の自分たちには過ぎたものだ。嬉しかった。


それだけ期待してくれていたのに。期待に応えられなかった。それが悔しい。苦しい。身分が低く虐げられてばかりの家族を、自分のスキルで助ける……そんな幻想妄想は木端微塵。

ただただ、これからの人生が暗いものな気がして……。黒い霧がずっと自分の人生の道に佇んで、行く手を阻んでいるようだ。




「どけフート! 次は俺様の番だぜ!」


村長の長男、ブッツォが来た。

またどつかれた。俺を突き飛ばして、じゃらじゃらと装飾品を鳴らしながら、意気揚々と授与の間へと入っていった。

どうしてこの男は、毎回俺に暴力を振るわなければ気が済まないんだろう。



「だ、大丈夫よフート。私達は、あなたが元気なだけで幸せなんだから……」


母さんが優しく抱きしめてくれる。


ただ優しく包み込んでくれるそれが、ただただ痛かった。


そうしてどれくらい経っただろう。


「おっしゃああああああああああ!!!」


いたたまれない空気の中で、授与の間から雄たけびが響いた。


まさか。


ブッツォが歓喜の雄たけびをあげたのだ。

数秒の間をおいて授与の間から出てきた。

悪魔のように笑みを浮かべながら意気揚々と。


俺たち家族は悟った。


終わりだ、と。


俺は悟った。

そうか。世の中は理不尽なんだ。どうしようもないのだ。どうあっても覆せない程に人生は平等じゃない。虐げられる側は一生そちら側で生きていくしかない。

父が言っていたのはそういうことだ。

諦めて、家族との小さな幸せを大切に暮らす。そうする以外に幸せを感じる術はないのだ。


「見ろよフートォ! これが俺様が授かったスキルだぜぇ!」


ブッツォが手のひらを空へ掲げると、煌めく炎の玉が浮き上がった。

炎の玉はものの数秒でぐんぐんと大きくなり、大人の男と同じくらいの大きさにまで成長した。


「炎の精霊術『煌炎』だ! ハハハハハ! 騎士団入りも夢じゃねぇ! ハハハハハ! 笑いが止まらねぇよぉ!」


「う、嘘だろ……」


精霊術と言えば、スキルの中でも上位も上位。騎士団の中でも花形職の魔法騎士がよく使うものだ。そんな強力なスキルがどうしてこの男に……。


「嘘じゃないのさフートォ……! やっぱり創造主様とやらは分かってるぜ。誰にどういうスキルを与えるべきなのかよぉ」


自慢げに話すブッツォは周りを見回す。


「ちょっと試し打ちしてみてぇ……」


「え?」


「試し打ちしてみてぇな。せっかくこんないいスキルを貰ったんだ。試さなきゃ損だろ?」


「ちょ、ちょっとまてそれって……」


「お、あそこらへんがいいな。 行くぜぇっ! 『煌炎』!」


ブッツォが掲げていた手を勢いよく下すと同時、2mもの火炎の玉、小さな太陽にも見えるそれが勢いよく射出される。


周りの空気を喰いながら、轟々と音を鳴らしながら小さな太陽は進み……いくつかの家と畑の向こう側。祭り会場の外れ、森の方へと吸い込まれ……。


ゴウウウウウウウン……。


地鳴りをあげて火柱が立った。


恐ろしい威力。恐ろしい破壊力。あれがもし。もしも人間に向けられたら。気まぐれに自分に向けられるとしたら……。


周りの人々も何事かとそれに視線を送り、その威力に、狂気的な行為に言葉を失っている。今ここには、多くの若者とその家族が集まっている。


「ひ、人がいたらどうするんだ……」


声が震えるのを抑えられなかった。恐怖と怒り。だがそれらを上回る更なる恐怖。


圧倒的恐怖で声が震えた。


「いたら森の中のこのこ歩いてる奴が悪いのさ! 俺の精霊術を浴びれるんだ。光栄に思ってほしいねぇ! ハハハハハ! よし、次は生き物に撃ってみようか! 火力調節の練習だ! 昨日用意してもらったのを早速使うぞ!」


どうしても自分のスキルを見せびらかしたいようだ。特別に強い、圧倒的な技を披露したくて仕方ないようだ。

血の気が引いた。どうしてそう恐ろしい行為をたやすくできるんだ。だがなにも出来ない。今、この男の機嫌を損ねれば次の練習台は自分だ。


俺は周りの人たちと一緒に、固唾をのんでみることしか出来ない。豚や牛、家畜の一匹仕方が無い。たとえ自分の家畜をよこせと言われても、言われるままに「献上」するしかないだろう。


だが、ブッツォが連れてきた「生き物」は俺の予想をはるかに超えた。


奴隷だ。奴隷の少女。年は10才にも満たない。ガリガリに痩せた、生気のない少女。黒い髪は伸びに伸びガサガサ。肌のいたるところに痣や病気の跡が見える。


「死なねぇよう加減するから動くなよ! お前に外したら次はお前の家族だからな!」


少女は動かない。こくりと頷きもしない。生きる気力を失っている。死を受け入れようとしている。


ダメだ。そんなのはダメだ。人の命をなんだと……。


「オラァァァ! 『煌炎』んん!」

小さな太陽が再び射出された。奴隷の少女へと真っすぐ。加減なんて無かった。ハナから殺す気満々の一撃。命をなんとも思ってない一撃だ。


「危ないッ!」


反射的に動いた。動いてしまった。駆けだしてしまった。


「フート!待てフートぉ!」

「いやっ、いやぁぁぁぁ!」


父さんと母さんの悲鳴が後ろで聞こえる。


でも。

でもダメだ!見過ごすことが出来ない!幼い少女。10才にもならない少女が自分の死を受け入れている! そんなことあってはならない!


思い切り駆けて、駆けて駆けて少女のもとへ。


思い切り突き飛ばす。

力なく佇む少女は、あっさりと宙にまう。


(よし!)


うまくいった。よかった!後は自分が駆け抜けるだけ。それでいい。あとは駆け抜けるだけだ。


が。

身体は前に進まない。おかしい。思い切り走っているはずなのに。


「フートォォォォォ!」

「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


そうだ。数日前から重い木材を何度も何度も運ばされた。碌な休みも食事も無く、こき使われてきた。


疲労は溜まっていたんだ。


脚が。脚が動かなくなったんだ。


小さな太陽が迫ってくる。唸りをあげて。死の合図だと言わんばかりに。迫りくる。

死ぬつもりじゃなかった。助かる勝算はあった。少女を助けたあとのことは考えてなかったけれど……。でも、自分が犠牲になろうなんてこれっぽっちも……。


「があああああああああああああああああああああ!」


熱い。熱い。あつい。アツイ……。


「があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


アツいアツいアツいアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ…


遠くで何か聞こえる。父の声か。母の悲鳴か……。


朦朧と沈みゆく意識の中で、かすかに聞こえるその声は……。


「……して」


音を聞く余裕なんてない。そんな余裕は無かったが。それでも。確かな意志を持った言葉。虚ろな目をした少女の、魂のこもった一言だけは明確に、鮮明に俺の耳に届いた。


「どうして死なせてくれないの……」





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