ゴールデン・ウイーク・シャッフル 日曜朝
4人で生活する日常となってから2回目のゴールデン・ウイーク
普段、学校へ行って夕方から翌朝までしかいないと
学校生活が日常の中心になっているのだが
家にいるのが長く、休日にまで練習をするような部活とかもやっていないので
家で過ごす時間が長いと以前とは少しだけ変わった日常となっているのを
自覚するように感じるものなのだ。
遅い新婚旅行というやつなのだろうか、両親がゴールデンウイークの
最初から最後まで少し休みとかもとって10日間ほどの旅行に出かけた。
これで男女2人ずつの4人では無く、男女2人きりという
近所の結婚したばかりの若夫婦のような空間が発生することを意味するわけで、
どうにも、変な感覚が拭えない。はっきり言って、これは非常に変だ。
今まで同年代の人間と二人きりで夜を過ごすというような事すら経験皆無だったのに
相手は、たぶんクラス内で綺麗な御嬢様グループに所属してるっぽい人種だ。
何を話したらいいのかとか、どう接すればいいのかが頭の中に無い
美人でも接触していれば馴染んで3日で新鮮さが無くなって
刺激を感じなくなってしまうというが
距離感を置かれているせいか、今だに日常会話をして
近い距離で二人きりになると動揺してしまう。
男女2人きりという空間で過ごす最初の日曜の朝。
これ以上なく違和感を感じるエプロン姿。
制服と、学校内輪の御嬢様仲間内で流行しているらしい服を
着ている姿しか見ていなかったので違和感を感じるのは当然なのだが
単に見慣れないだけかもしれないが、
これほど似合わないと感じるのも珍しいと思う。
「今日は私が作るから」
料理を作っている所なんて見たことないけれど、ちゃんと作れるんだろうか。なんか心配だ。
リビングでTVを見ながらダラダラ過ごしながら待っていると
目の端に、台所で悪戦苦闘している様子が見える。
共通の話題として料理話とかも、いいかもしれないと思いついて、問いかけてみる。
「……大丈夫? 大変なら何か手伝おうか?
去年の春まで料理とかなら、やってきていた事だし」
「話しかけないで」
真剣な顔で答えるが、野菜を切る手元が危なっかしい。
この手付きは包丁を握って野菜を切るのすら初めてなのだろう。不安が増す。
「なんなら、ジューサーをフードプロセッサー代わりにして
細かくしても、いいんじゃないのかな。
細かく手で切るの面倒なら」
「いいの、それだと野菜って感じが無くなるでしょ」
何か言っても反論される。
”私には私のやり方がある。それに母は、こうしてた”
と自分ではやっていなかったが、脳内に母親が調理していた
ルールが、それなりにあるようだ。
その料理する母親のイメージを真似しているようにも見える。
とんでもなく、ヨタヨタ、モタモタと擬音が聞こえるような
動作が視界にチラついて40分余りが経過して、数品の朝食が完成した。
あんまり盛り付けが美しくない料理は、初々しい感じがしないでもない。
材料の組み合わせを間違えないで、
定番の味付けをすれば出来る料理なのだから
定番の逆で砂糖と塩を間違えるなど
有り得ないミスが無ければ普通に食べられるはずだ。
などと思いながら、しみじみと見ていると
「何? 何か言いたそうだね?
嫌なら無理して食べなくたっていいからね。私一人で食べるから」
不安が顔に出てしまったのだろう、不機嫌を露にしたお言葉。
本日の少し遅い朝食の中に、場にそぐわない麻婆豆腐。豆腐が崩れてる。
それを見て、ふと思い出したのは先日のやり取り。
「ねぇ。好きな食べ物ってある?」
「麻婆豆腐だけど。どうして?」
「……別に」
大して気に留めていなかったけれど、覚えていたのだろうか。
―― どういったものが好きなのかを気にとめていたんだ
”同居しているだけの他人になんか無関心なんだからね
あれこれ干渉してこないでよね”
といった態度に感じられていたので意外だった。
「それでは。ありがたく頂きます」
「はい、どうぞ。ありがたく召し上がって」
ふいっと顔を逸らし、なかなか機嫌を直さない彼女。
だからというわけではないが、その苦労して作っただろう作品に箸をつけた。
――食後。
「ごちそうさま。おいしかった」
お世辞じゃない。盛り付けが下手だったので見た目は今一つだったけれど
味は普通に無難な味付けだった。
昔、親父がたまにやってくれたような
思いつきで、”こうしてみると、どうなるかな”と
冒険的な実験をした結果、悲惨な結果になったシロモノでは無かった。
「……そう」
興味ないような素振りをしているが、満更でもなさそうな様子だ。
「作るのは好きだけど、後片付けは面倒で嫌いなんだ。よろしくね」
にこやかに告げられる。――短い二人きりの共同生活はまだ初日で始まったばかり。
ちょっとした相手が当たり前に抱えている情緒感情的なモノに対する配慮は
人間関係を円滑に形作る上で最も重要な事の一つであると思う。
自分にとって当たり前な生活ルールだったり、生活習慣ポリシーだったが
他人にとっても当たり前とは限らない。
些細な誤解や無配慮、勘違いやすれ違いが、亀裂を作り出すことだってある。
前書きが長くなったけれど、これは全然関係ない、なんてことない10日間。
日曜の午前中。 洗濯物を干そうと、洗濯機の中に手を突っ込んでいた時
背後に緊張感と重みを持った空気が流れ、いけない子供を叱る母親のような声が聞こえた。
「ねえ? ちょっと! 何 を や っ て る の?」
どうして、そんな声で話しかけられたのか、正直心当たりがない。
「何をって、洗濯しているだけだけど……」
恐る恐る答える仕草は、まるで怒っている母親の顔色を窺う子供のようだと我ながら思う。
三つ子の魂百まで。――違うか。
くだらないことに意識を割いていると、怒りを更に上乗せした激しい情念をこめた声がした。
「洗濯は私がやるから、やらないで、いいって言ったじゃない!」
「でも、手が空いたから、やっておこうと……」
そのあまりの剣幕に、しどろもどろになってしまう。
「……本当に何故そう言ったのか理解できないの?」
その様子を見た彼女は、溜息をつくように言う。呆れられたようだ。
「ねぇ、どうして、色んな事に大雑把で雑で鈍感なの?」
洗濯機の中に見える下着を睨みながら言う彼女の様子に、ようやく合点がいく。
「そうだね、悪かった! 後よろしく」
一息つき、首を縦に動かす彼女。
――洗濯の仕方から干し方まで色んなポリシーがあるのと
自分の下着を見られるのが嫌なようだ。
同居の家族になったんだから、いいんじゃないのか?
別に下着くらい見られたって
とか
”干し方なんて、別に、どうでも いいんじゃないの乾けば”
という自分の雑な感覚からは遥か彼方な感覚なようだ
洗う服の種類を分けて別々に2回に分けて洗濯機を回し
干すのにも色んなルールや拘りがあるのか、えらい時間をかけている。
親父と二人で雑で大雑把な日常を過ごしてきたので
もう同居生活を始めて1年も経過するのに
色んな細かい拘りというのは新鮮というか斬新にすら感じる。




