4人目の同居人
習慣とは恐ろしいものだ、日々の反復習慣行為により
”いつも通り今まで通り”という、”馴染んだ普通の感覚”
という人間の行動形式や日常生活常識を規定してしまう。
勿論、同じ事の繰り返しによる慣れで
”色んな日常生活に必要な家事などを効率良く消化する”
などといった便利な部分もあるが
それは思考判断の放棄にも繋がる。
環境が変化した場合、今までとは変わっているのに
今まで通りだと勘違いしてしまう事もある。
それは時として取り返しのつかない事態を招くこともありうるのだ。
その歯止めのつもりだったのだろうか
親父はノマド時代の知り合いの内、一番若いのを家に居候させた。
今まで通りの部分で残っている部分を
その同居人のせいにするというか
少しずつ譲渡して自分からは無くしていくのが目的だったのだろう
新婚生活だから遠慮するとか無かったのだろうかとも思うが
親父が日本全国に散らばる外資企業で当たり前な
単年度契約の専門職契約で仕事していたのを
少し長いスパン。次の不景気が来る頃までは
契約が継続する形式での仕事にしたのと同時に
自分が今までやっていた。
”何年も同じ事を繰り返すと仕事に必要な事が見えなくなるから
単年度契約で働くのが同業者団体内では常識”
な仕事を誰にやらせるかという問題にぶち当たり
”そうだ、奴に、やってもらおう。奴なら出来るはず”
と仕事を仲介して、会社から仕事仲介奨励金も
結婚祝い代わりに貰えたらしい。
ひょっとすると、毎年、ノマド生活をしていた頃の仲間から
”昔の自分がやっていた仕事”をする人間を探して
やらせるつもりなのかもしれない。
なので今まで乗っていたというか
生活していたキャンピングカーは家の庭に駐車されていて
居候さんが、そこで生活している。
来年になったら、居候さんに売るのだろうか?
それとも同じような別の居候さんが来て生活するんだろうか?
というより、今、たまたま定住できる仕事があるが
また、全国各地を飛び回る仕事をする事になったら
今度は、どうするのだろう。キャンピングカーを運転して
各地のキャンピングカーOKな駐車場を探して
そこで生活する日常に戻るのだろうか? 単身赴任で?
まあ親父の人生だし、親父の職務経歴だし
親父が所属する同業者団体で
何故こんなノマドワーカーなんて形式で働く人が多いのかは知らないが
”自分は親父と同じ同業者団体に所属したくないなあ”
少なくとも、そう思っている。
学校に通う学費や、日々の生活費を
親父の稼ぎで賄わせて貰っているのだから
大々的に、その同業者団体を否定するワケには、いかないのだが
いや、理屈で自分で自分に言い訳を言って
自分に言い聞かせるのは止めにしよう。
やってしまった。なんて大失敗だ。
つい昨日まで、そうするのが当たり前だったからとはいえ
今まで通りの習慣で、キャンピングカーに乗ってしまったのが間違いだった。
”後悔 先に立たず、今を生きるために昔を捨てるべきだ”
今回の教訓はそれに尽きる。
それはつい先程、学校から帰宅した時に起こった。
いつものようにキャンピングカーのドアを開けると見慣れた車内に見慣れない光景。
目に映ったのは、何故か下着姿の、大きな目を丸くして硬直している女性の姿。
昨日初めて会った彼女は、どうやら着替えの最中だったらしい。
色んな意味で見慣れない若い身体。この上なく目に毒だといえる。
――冷静に観察しているってことは、ちゃんとした対応ができずに混乱してる、
ってことを表しているわけで。
「ちょっと? ボク? 何を寝ぼけてんのぉ!
あんたの部屋じゃ無いんだからね! 出てってっ!!」
彼女の方が正気に返るのが早かったようだ。叫ぶ。それに対して、
「ごめんなさいっ! 失礼しましたっ!」
とっさに一言だけ言ってドアを閉める。
これが最も適切な行動のはずだった。
しばらくすると、眼鏡をかけたオッサン女な格好で出てくる
同じ人間とは思えない。性別を感じさせない服装で
顔に”業務用”というスタンプが押されたような雰囲気だ。
「今まで、この車の中で過ごすのが当たり前だったから
つい同じように・・・ってのも、わからないでは無いけどね
徹夜作業明けで、昼間いる時も、あるんで
一応、ノックくらいしてくれるかな?」
「すいませんでしたぁー」
「では、5千円。」
「は?」
「無料なワケ無いだろ? 金を払いな。罰金だよ。」
「そんな・・・」
呆然としていると、ふきだして笑いながら言う
「冗談だよ。ただ気をつけてね。もし、またやったら本当に金とるよ」
そう言い残すと、彼女は無言のまま車内へと去っていった。
「ありゃ~ 嫌われたな~、何した?」
落ち込んでいると、仕事はどうしたのか
まだ夕方だというのに、いるはずのない男が不意に話しかけてきた。
「関係ないだろ、それより仕事は?」
にやにや笑いながら近付いてくる親父。
会話を聞いていたようだ。顔が全てを物語っている。
「金を払いな。罰金だよ。
あーひゃっひゃっ。んげーっへっへっへぇー」
殴りたくなったのは久しぶりだった。
「忘れてたかもしれないけど
奴もLGBTの内、Lの世界の住人とは言え
一応、性別は女性だからな気を使えよ。
てか、自分の部屋が出来たのに
キャンピングカーに入ろうとしたんだ?
何かノスタルジーでも感じたのか? まだ若いのに。」
「そんなんじゃない。色々と疲れて勘違いしただけだっ!」